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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
34/79

シュシ

 

 平良正(たいらのよしまさ)陰鬱(いんうつ)な空気を漂わせながら(ほう)けたように、将門(まさかど)が出て行った(ふすま)を眺め続ける。

 

 「おい、良正(よしまさ)! いつまで呆けておる、さっさとしゃんとせんか!」

 

 いつまでも立ち尽くしていた良正にたいして、(ごう)を煮やした平良兼(たいらのよしかね)が良正の尻を蹴り上げる。

 

 「良兼兄上……将門の……地獄の底から()い出て来たような、殺気を間近で浴びてないから悠々(ゆうゆう)と……心の臓が止まるかと」

 

 生気が奪われたように青白い顔をし、わなわなと将門に触れられた肩を震わしながら、膝から崩れ落ちた良正はぽつりぽつりと口を開く。

 

 「これは数日は役に立たんな……誰ぞ! 誰ぞおらんか!」

 

 手を打ち鳴らしながら人を呼びつける良兼。

 すぐに数人の男が部屋へと入り、戯言(たわごと)を口走り続ける良正を数人がかりで支えながら部屋を後にする。

 

 「ふう……先が思いやられるわ。して、國香(くにか)兄上、我が婿(むこ)殿に良将(よしもち)の遺領を返してしまっても良かったのか? 確かに婿殿が我が家に来ればそれで丸く収まるが……」

 

 苦労して切り取った平良将(たいらのよしもち)の遺領をあっさりと手放した國香へ、一抹の不安からの問いを口に出す。

 

 「よい、これで……暗殺等々の罪で京に我らの告状(こくじょう)を送ったりもせぬだろう。それよりも良兼よ、(しゅうと)として将門の手綱を固く握っておけ。そうすれば一族はこの先も安泰よ」

 

 鷹のように鋭き眼で良兼を見やる國香。

 その眼で見られると良兼は背筋が寒くなり身震いする。

 

 「國香兄上……分かっております……では、取り急ぎ祝言(しゅうげん)の話を取りまとめる為に婿殿の所へ行きます」

 

 良兼は汗を袖で拭いながら、そそくさと部屋を後にする。

 

 ただ一人、部屋に残った平國香は右の掌で額を押さえながら嘆息(たんそく)する。

 

 「ここまで――ものの見事に事が運ぶとはな。あの拝み屋の女……藻女(みくずめ)と言ったか、お抱えにするか?」

 

 考えを纏める為に独り()つ平國香。

 

 

 

 

 伯父らとの話し合いを終え、良乃が通された部屋へと(こう)(かお)りを頼りに足を進める将門。

 その足取りは軽く、ご機嫌の様子であった。

 

 「存外に広いな……ここか?」

 

 将門は獣のように鼻を軽く引くつかせながら(ふすま)の前に立つ。

 手掛けに指を掛け勢いよく開ける――

 そこにはいつもの狩衣(かりぬい)を纏っておらず、桃色鮮やかな唐衣裳装束(からぎぬもしょうぞく)を纏い、髪を垂髪(すいはつ)としていた。

 

 「――っ」

 

 良乃からの思わぬ不意打ちを食らい、驚き顔を隠せない将門、言葉にも詰まり襖を開けた格好のままで固まってしまう。

 

 「将門……私、変じゃないかい?」

 

 頬を朱に染め上げ良乃は恥じらいながら、耳にかかった髪を指で上げる。

 その所作が(つや)めかしく将門の目が釘付けとなる。

 

 「う……うむ、とても良い美しいぞ、どこもおかしなとこなぞ無い」

 

 その言葉で瞬間に良乃の顔が花ひらく。

 満開にひらく桃の花のような笑顔――

 

 「本当かい? 頑張って、おめかしした甲斐があったよ」

 

 見つめ合う二人……刻が止まったように。

 

 「ごほん……おっとすまぬな婿殿に娘よ、そろそろ良いかな?」

 

 わざとらしく咳ばらいをしながらやってくる平良兼。

 二人は慌てふためきながら、止まった刻を動かし、明後日の方向へと顔を向ける。

 

 「お恥ずかしいところを、お見せした舅殿。立ち話で決する話ではないので中でお話ししましょう」

 

 頭を掻きながら照れくさそうにする、将門と良乃に誘われながら部屋の中に入り、後ろ手で(ふすま)をゆっくりと閉める良兼。


 二人の様を見た平良兼の顔は権謀術数(けんぼうじゅっすう)を操りし者の顔ではなく、優しく娘の門出を祝う、一人の父親の顔であった。

 

 「さて、お似合いの二人がめでたく夫婦となるか……これで我らも反目しあわずにすむな」

 

 膝を打ちながら、上機嫌にかかと笑う。

 

 「して、いつがいい? 祝言(しゅうげん)の日取りから何まで、ささっと決めてしまうほうが良かろう? わしの家に婿として入るのであるから」

 

 良兼の言葉に、つい反応してしまい途端に座りが悪くなる将門。

 

 「実は……(しゅうと)殿、祝言はしっかりと上げ、舅と婿の関係も変わらないのですが……」

 

 今までとは違い、ばつの悪そうに言葉を発する将門。

 少しして意を決し、口を開き言葉を続ける。

 

 「婿として……平良兼殿の家に入らず、我らが領地にて一族をさらに盛り上げていこうと思う、所存でございます」

 

 平将門は切に頼み込むように平良兼へと頭を下げる。

 良兼は話が上手く飲み込めずに目を白黒させて、頭を下げている将門と座ってじっとしている良乃を交互に見る。

 

 「つまるところ、婿(むこ)として家に入らず、(よめ)として娘だけ持っていくと……」

 

 言い切り言葉を咀嚼し飲み込んだ、平良兼の顔は見る見るうちに怒り心頭となり般若のようになっていく。

 

 「ふざけるのも大概にしろよ将門! お前は奪っていくつもりか! 我の一人娘を!」

 

 良兼は足を踏み鳴らしながら立ち上がる。

 未だに顔を上げずにいる将門。

 

 「舅殿の怒りも重々承知しております……しかし、幾度も命を狙ってきた者たちの腹の中に居座る(・・・・・・・)のは堪えが効かなくなります故、そのうち喰い破り(・・・・)外にでてしまうかもしれませんな」

 

 痛いところを突かれ苦渋(くじゅう)に満ちた顔をしながらも口を開く。

 

 「将門! お前は! どこまでもわしを愚弄(ぐろう)しおって!」

 

 とうとう抑えが効かなくなり将門に掴みかからんとする――

 が、その瞬間に将門は顔を上げしっかりと、その眼で迫りくる良兼の両手を捉え、腕を伸ばし掌と掌で組み合う形になる。

 

 「ぐっ……ええい放せ、放さんか!」

 

 掴まれた手を何とか振りほどこうと押し引きする良兼。

 しかし、一寸も将門の腕は動かず、大木に絡めとられ固定されてしまったかの様であった。

 

 「舅殿……良乃も望んでおるのです」

 

 「何を言っておるのだ! 良乃はわしの娘だ、その娘がわしを捨てて男の元に奔るなど……断じて許さん」

 

 良兼の顔は怒りによりさらに赤くなる。

 今までじっと座り始終を見ていた良乃がゆっくりと動き、組み合ったままの二人に近づく。

 

 「父上……私は父上の意のままに動く、意思の無い、操り人形ではないのです」

 

 その声色には怒りも哀れみもなく澄んだ清流が流れるように発される。

 

 「父上の元で将門と一緒に平穏に暮らすという生活よりも……女として妻として将門の隣に並び立ち、苦難を分かち合い、将門という男を支えたいのです」

 

 良乃の決意は固く、その顔は希望に満ち溢れていた。

 そのまばゆいほどの顔に気おされ沈んだ顔で(うな)る良兼。

 

 「分かった……よい、許す」

 

 その言葉に喜び跳ねる良乃。

 ゆっくりと手を放す将門。

 

 「婿殿……じゃじゃ馬な娘のことをよろしくお頼み申す」

 

 ゆっくりと頭を下げる平良兼。

 しかし将門は良兼の肩を持ち途中まで下げていたのをゆっくりと上げる。

 

 「良兼殿……我儘(わがまま)を許していただきありがとうございます」

 

 顔を上げ腕を組みながら、鼻を鳴らす良兼。

 

 「我儘を通してやったのだ。早く孫の顔を見せに来い婿殿」

 

 顔が桃色を通り越し赤くなる良乃。

 男二人は笑い合う――

 

 

 

 

 話は纏まり、将門と良乃は良兼を残し部屋を後にする。

 部屋の中に独り虚空(こくう)を眺めながら良兼は座る。

 

 「望月三郎(もちづきさぶろう)の言っていたことは……このことか……」

 

 胸を押さえ(うずくま)る。

 

 「これでは惨め(みじ)じゃないか……あんな若造に娘を奪われ、わしと違って誰にも縛られず奔放(ほんぼう)に」

 

 汚泥のように(おぞ)ましい恨みつらみが積もってゆく。

 

 「平将門……将門。いつの日か――」

 

 拳を床に叩きつける。

 皮が剥け、血が辺りに飛ぶ。

 恨みを言葉にしながら、拳を叩きつける。

 闇が手を伸ばし始める。

唐衣裳装束(からぎぬもしょうぞく)=いわゆる十二単

垂髪=ストレート髪


この時代は現代のように嫁が夫の家に入るのではなく招婿婚が慣習、分かりにくい方はサザエさんのマスオさんをイメージして下さい。

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