内なる闘争
気の遠くなる程の刻を戦った。――未だに敵は減らず。
辺り一面は暗く、黒い沼で独り戦う平将門。
「ぐっ……幾ら斬っても数が減らん、いつの間に異界に繋がったのやら……なぁ!」
沼より出でる、人の形をした泥。――泥人形とでも言うべきモノを刀で斬り、突き、薙ぎ払う。
しかし、幾ら斬っても払っても数は減らず、徐々に円状に包囲され、追い詰められていく。
「おお! こんな訳の分からん所で死ねん! 生き延びて。……民を救わねばならんのだ!」
速く、鋭く、刀を振るう風圧のみでも泥は飛び散ってゆく。
「将門……怨めしい」
将門の耳に悍ましい怨念の声が、何処からか聞こえてくる。
足元の沼から幾つもの手が伸び、将門の足を掴まんとする。
「ぬおぉ! この程度で怯むと思うてか!」
足元に広がる沼に刀を叩きつける。――
刀は音を立て割れたが、沼は捲れ上がり、周囲を詰めていた泥人形も、沼から伸びた手も纏めて高く跳ね上がる。
「将門……お前は既に、我の術中に嵌っている……あの時に馬共々、殺して呑み込んで、腹でゆっくりと蕩かしてやろうと思ったのに」
何もない虚空から、染み出すように現れるは。――将門の命を狙い、蛇の如き動きを見せた、偽の良乃。
その体は他の泥人形のように、黒い泥で形成されていた。
「お前は……そうか死にきれなかったのだな、ならば今ここで冥府に落としてやろう!」
将門は両手を、固く握り構えながら、偽の良乃と相対する。
「きゃは……きゃははは! 見当違いも甚だしい! 肉体は滅びたが、魂が! 呪いがここにある! 将門が怨めし憎しの呪が!」
ちろりちろりと黒い舌を出しながら、ゆらりと揺れ動き、同じ形を模した泥人形が数体現れる。
「呪い殺すだけでは足らぬ……周りに災禍を及ぼす魔人に落とす! 必ず落とす……望月に誓って、その様を見届けてやる!」
幾多もの泥人形が、次々に将門に襲いかかる。
「望月――また大仰な……カハッ! 何であれ、打ち砕いやる」
将門の正面からやってくる一体の泥人形へと右一閃。将門の鉄拳により、吹き飛び砕け散る泥人形。
「我が拳は鉄――悪を砕く鉄槌」
将門はゆっくりと目を瞑り、口を窄めながら息を細く長く吐き出す……昂り荒ぶる精神を鎮めるように。
次々に現れる泥人形が手に持つ棒状の物を殴り、粉砕していく。
しかし、二本の腕だけでは足りず、四方八方から将門の身に泥が迫る。
「我が肉体は鉄――悪の鉄槌は届かず」
その肉体を盾に、泥人形から振り下ろされた泥の棒を受け――
が……棒では傷つけられず、跡形も無く砕ける。
何度も振り下ろされ、何度も横薙ぎに払うように振るわれた棒を全て耐え。
両腕で泥人形を次々と殴り、砕き、飛ばす。
それを見ながら、徐々に困惑の表情を浮かべはじめる。
「なんだ! お前の身体は! 何故あれだけの数の呪を! その身で受けて何とも無いのだ!」
長い黒髪を振り乱し、取り乱しながら絶叫する。
「知りたいか? 生まれた頃に全身を大蛇に舐められ、加護を受けた! 何かを成す為に……授けられた、この鉄身を容易く砕けると思うなよ!」
将門は泥人形を屠り、投げ飛ばしながらも笑みを浮かべ嬉々として語り出す。
「逆に問おう、お前は何処の何者だ!」
その問いに対し、ころころと変わる相貌……百面相を浮かべ、しまいにはケタケタと全身で笑いだす。
「いいだろう、我が名は望月千代」
瞳が蛇のように朱く染まり、泥人形と地に満たされた泥は形を変えはじめ、八百万の蛇が形作られる。
「八岐大蛇の呪を受け継ぐモノ!」
手の平を将門に向け、さも重たい物を押し出すように腕を伸ばすと、呼応する様に蛇は打ち寄せる荒波の如くうねりながら将門へと向かい、飲み込まんとする。
「呪にのまれて溺死してしまえぇ!」
「足らん! その倍は持ってこい!」
将門の上半身の衣が破れ、筋肉が部位ごとに青筋を立てながら隆起する。
将門は勢いよく足元の地面を両腕で叩く。
――できた割れ目に指を入れ、大地を剥がし、将門の数倍はある、土壁として荒波を防ぎきる。
「次はこちらから行くぞ! ぬおっせい!」
土壁を地面から無理やりに引き抜き、吹き荒ぶ蛇の嵐を防ぎながら、千代を目指し走る。
「足りない、もっともっともっともっと! 私の魂が! 子々孫々の魂が未来永劫、八岐大蛇に囚われようとも……必ず縊り殺す!」
八百万の蛇は千代を中心に、ひと塊りとなり……神話に語られる大蛇と成る。
「カハッ! 影法師とはいえども神代の化け物、相手にとって不足無しよ!」
思わぬ強敵の登場により、将門は怯えるどころか嬉々として喜び、獰猛な笑顔を見せる。
『マサカドコロス、コロス!』
手始めと言わんばかりに八岐の首一本が大口を開けながら将門へと向かってくる。
――土壁を持ちながらも向かってきた首を後ろに飛び退きかわしす。
首は勢い止まらずに、その顎で大地を喰らう。
「あと七つ! ぬあっ!」
気合とともに土壁を宙から投げ落とし、首の中程に落とし動きを止め、頭へと鉄拳を叩き込む。
大地を砕くほどの鉄拳により黒い泥を撒き散らしながら爆発四散する蛇の頭。
「千代よ! やはり、まだ足りぬぞ!」
腕に付着した泥を払いながら、更に獰猛な笑みを浮かべる将門。




