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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
27/79

ヘンリン

 

 平将門(たいらのまさかど)平國香(たいらのくにか)の私兵と激突した一刻の後。


 良乃(よしの)は民を逃し終え、十騎の武士を引き連れ将門(まさかど)の元へ駆ける。


良乃(よしの)義姉さん、将門(まさかど)兄いは無事だと思うか?」


 先頭を馬に乗り、駆ける良乃の右後方より声をかける男。


「勿論さね! ほら、将頼(まさより)! 速度を上げな! さっさとしないと本当に将門(まさかど)が死んじまうよ!」


 良乃(よしの)の背後より付いて来る、年若く将門(まさかど)とよく似た顔立ちの騎馬武者。――将門の弟である、平将頼(たいらのまさより)に発破を掛ける。

 良乃(よしの)は馬が潰れる手前まで速度を上げ、騎馬武者達を置き去りにし、駆ける。


「見えた! 将門(まさかど)! あんたの弟を援軍として連れてきたさね!」


 彼方(かなた)より、将門(まさかど)を捉え、思わず耳を(ふさ)ぎそうになる程の声を張り上げる良乃(よしの)

 将門(まさかど)の耳に良乃(よしの)の声は届かなかったのか、(かたむ)いた()に照らされて、大きな影法師(かげぼうし)がゆらゆらと揺れるのみであった。


将門(まさかど)! こっち向きな! ――っくな、馬の脚が……クソ」


 ――馬の脚が雨も降っていない地にて、泥濘(でいねい)()まり、(いなな)きを上げ、つんのめりながら馬が転ける。

 良乃(よしの)は前方に飛ばされ、顔から泥に滑り込む。


「チッ……口に泥が……なんだこれ? 赤いみ――」


 泥だらけになった顔をあげ、泥を吐き出しながら、地面を見る……良乃の顔は驚愕(きょうがく)に染まる。


「違う、血だ……将門(まさかど)、あんたどれだけの人を(ほふ)ったんだい」


 大地を染め、血河は(あふ)れる様に流れる。

 血河の流れに逆らう様に将門(まさかど)の元に行く為に、顔を拭いながら走る良乃。

 戦さ場の匂い、死臭が蔓延(まんえん)する地。――(おびただ)しい(しかばね)を踏み越え。


 将門(まさかど)まであと少し……あと七歩で手が届く距離まで近く良乃。


「まさかど――」


「我……魔人ナリ」


 ゆっくりと……動かしにくい石臼(いしうす)の様にゆっくり、良乃(よしの)に振り向く将門(まさかど)

 上半身の着物は何度も斬りつけられたのか、ボロ布となり、(たくま)しい肉体を(あら)わにしていた。


「マモルため」


 一歩……将門(まさかど)の肉体は返り血を浴びすぎたのか、赤黒く変色し、目には魔が宿っていた。


「幾百幾千を殺し尽くし」


 二歩……将門(まさかど)の体は限界が近いのか、今にも崩れ落ちそうなほどに揺れながら。


「魔人と成り果てヨウトモ、我は民を守護セン」


 三歩……将門(まさかど)は刀を抜き放つ。

 どれだけの人を斬ったのか、切っ先は欠け、刃こぼれが遠目に見ても分かるほどの刀。


将門(まさかど)……あんた、屍の怨念や言霊に飲まれかけているんだね!」


 歯噛みをする良乃、腰に挿した刀を抜く。

 四歩、五歩と近く将門に対して刀を向ける。


「おぉおお!!」


 魔人の咆哮(ほうこう)――

 将門の体は、とうに限界を迎えているのか、刀を振るう動きに精彩を欠き、鋭さ無く、ただ力任せに振り下ろす。


「はっ! そんな(はえ)が止まりそうなほどに遅いなんて――」


「義姉さん! 将門兄いの狙いは足元だ!」


 背後より、少し遅れて到着した将頼(まさより)より忠告が飛ぶ。


「なん」


 刀は地へと叩きつけられ、(まく)れ上がる大地。

 屍が天へと塵芥(ちりあくた)の如く舞い上がり、同じように良乃(よしの)も天高く飛ばされ、手足をばたつかせる。


「これは死んだかね……短い人生だったねぇ、将門(まさかど)……あんたの子が……」


 ばたつかせるのを諦め、頭から地面へと落下する良乃(よしの)


「諦めるな! 今助けに――ぐっ! 数人がかりでも兄いを止められんか!」


 将門(まさかど)の体を何度も刀で斬りつける武士達……しかし、鉄のように硬くなった将門(まさかど)の体には傷一つ付かず。

 ――逆に将門は鉄拳を用いて刀を折り砕いてゆく。

 天高くより、地に落ちる椿(つばき)の花――刻限が迫る。


「兄い! あんたの嫁が死んじまうぞ、早く正気を取り戻せ!」


 必死に将頼(まさより)は、将門(まさかど)へと呼びかけるが反応薄く、武士達を殴り飛ばしていく。

 その拳打は鎧を砕き四散させ、骨を折り曲げる。


「もう駄目か……義姉さん、兄い」


 将頼(まさより)は諦め、膝を地に落とし、目を(つむ)り、将門の鉄拳が顔目掛けて放たれる。

 風切り音が鳴り鉄拳が直撃――


良乃(よしの)様に将頼(まさより)様……諦めるのは早いですぞ」


 風に乗り、しゃがれた声が両名の耳に届くき、良乃は一瞬跳ね上がった感覚と共に足から着地する。


「あれ? 生きているね、儲けもんだねぇこれは」


 将頼(まさより)も、固く(つむ)った目を恐る恐る開けると……鼻先で止まっている将門(まさかど)の鉄拳。


「何故か知らないが……助かった」


 目を凝らすと将門(まさかど)の腕に絡みつくように、黒い髪の毛――

 一本や二本ではなく……束になった髪が幾本もが将門(まさかど)の手だけではなく、首に足にと絡みついている。

 黒衣の四人が髪の元を持ち将門を留めていた。


「我ら、飯母呂(いぼろ)……主のために此処(ここ)に参上」


 しゃがれた声の将門(まさかど)(おきな)と呼ばれた男が、良乃(よしの)の横から現れる。


「あんたらが将門の言っていた『ふうま』だね」


 良乃(よしの)の言葉に(おきな)は首を横に振る。


「その名は我らではなく……次の代の者に……我らはただの影……飯母呂(いぼろ)と呼んでいただければ」


「そうかい……なら飯母呂(いぼろ)の翁、将門を戻す手立てはあるのかい?」


「我らには怨念を操り、自身の力にする技法があります故……御安心召されよ」


 (おきな)は良乃へと軽く頭を下げ、髪に捕らえられ、吼える将門(まさかど)へと近づく。


「我が右腕は鬼の腕」


 翁の右腕が暴れるように動きだす――

 露わになった右腕は人ならざる腕、爪は長く黒く変色し、赤黒い肌に体とは不平衡(ふへいこう)なほどに長く(たくま)しい腕。


「此の世ならざる腕は、定命(じょみょう)の者に取り付きし悪鬼を捉えん」


 将門(まさかど)丹田(たんでん)へと腕が伸び……将門の体内へと腕が入っていく、血の一滴も流れず、何も無い穴へと腕を差し込んだように、抵抗も無く。


「捕まえた……ぬお!」


 鬼の腕が勢いよく引き抜かれ、その手には黒靄(くろもや)をしっかりと掴み、将門(まさかど)の体内から引き()り出す。


「さあ……(たん)となれ悪鬼よ」


 翁の言葉に反応し、鬼の掌で黒靄(くろもや)は集まり、掌を閉じ、開けば四つほどの黒い丹となる。


「終わりましたぞ」


 その言葉と共に将門(まさかど)を捉えていた髪の束の拘束は解かれる。

 将門(まさかど)の肌の色が元に戻り、気を失っているのか膝をついたまま動かない。

 良乃は将門(まさかど)へと走りより首筋に掴まる――その瞳から一筋の涙が流れ、気を失っている将門(まさかど)の首筋を濡らす。

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