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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
21/75

暗雲立ち込めるアヅマ

 

 木々が茂る道を飯母呂(いぼろ)の者達に護衛され、ひたすらに駆ける。

 風により葉が揺蕩(たゆた)う合間に、蒼穹(そうきゅう)(こぼ)れるのを仰ぎ見ながら、馬上で平将門(たいらのまさかど)は考え事をしている。


将門(まさかど)様、前を見ながら馬に乗らねば、危のうございますぞ。落ちて死ぬなぞすれば……我らは良文(よしふみ)様に顔向け出来ませぬ。それに、末代まで語り草に」


 横を馬なしで走り付いてくる黒衣の一人より諫言(かんげん)将門(まさかど)に飛ぶ。

 それに対して将門は、にこりと微笑(ほほえ)み返す。


「何、飯母呂(いぼろ)に変わる新たな名を何が良いかと思案しておったのよ。ふうま(・・・)とか、はちや(・・・)はどうだ? 当てる字はおいおい考えるとして……名を変え、新しく生まれ変わるのも良いものだぞ」


 大きく快活に笑いながら、返事も聞かずに速度を上げ駆ける。

 黒衣が走りながら震える、それは悲しみによるものか、喜びによるものかは当人達が知るのみであった。




 ――相模国(さがみこく)鎌倉郡村岡――


 日が(かたむ)きはじめた頃、平良文(たいらのよしふみ)が本拠を置いている地。……村岡へと将門まさかどは到着する。

 途中で飯母呂(いぼろ)の者達は一足先に報告をする為に別れ、将門は一人であった。


 将門(まさかど)一際ひときわ目立つ屋敷。その門の前の綱木(つなき)に馬の手綱(たづな)をくくり置く。

 開けっぴろげの門を(くぐ)ると、畑において白い夕顔(ゆうがお)の花を、指で愛でる男が立っていた。


良文叔父上(よしふみおじうえ)! お久しぶりでございます!」


 大きな声で平良文(たいらのよしふみ)へと声をかける将門。

 呼ばれた男。――平良文は夕顔の花から指を離し将門(まさかど)の方へと向き、笑いながら将門(まさかど)へと近づき、軽い抱擁(ほうよう)をしながら将門(まさかど)の背中を叩く。


将門(まさかど)、久しいな! 息災(そくさい)のようで何よりだ、七年ぶりくらいか?」


 快活な笑い声と共に、良文は何度も背を叩く。


「ええ、醍醐天皇陛下(だいごてんのうへいか)より、相模国(さがみのくに)の盗賊退治の勅命(ちょくめい)良文(よしふみ)叔父上がお受けになって以来となります故……それくらいですか?」


 顔を付き合わせ、笑い合う二人。


「よし、将門(まさかど)よ……話の前に夕餉(ゆうげ)といこう、ここで採れた干瓢(かんぴょう)が美味いんだよ」


 自信満々に夕顔を指差す、良文。


「それでは、断る訳には行きませぬな! 御相伴(ごしょうばん)にあずかります!」


 将門は居間に通され、そこには既に二人前の料理が用意されていた。

 玄米(げんまい)椎茸(しいたけ)干瓢(かんぴょう)甘辛煮(あまからに)粒味噌つぶみそと……高級品が集まった夕餉(ゆうげ)であった。

 二人は向き合って、ゆっくりと座る。


「では、叔父上。感謝して頂きます!」


 手を合わせてから、箸を持ち、料理を食べじめる将門。


「おお、叔父上……これ程までの高級品を椎茸(しいたけ)など味がしっかりと染みて……噛めば噛むほど旨味が……干瓢(かんぴょう)も、いい歯ごたえと食べ応え。粒味噌(つぶみそ)など京では一部の貴族しか食せないのに……おお、素晴らしきかな」


 がつりがつりと用意された料理をかきこみ、瞬く間に(たい)らげていく将門(まさかど)


「将門よく食えよ、最後の夕餉(ゆうげ)になるかもしれんからな」


 その言葉にピクリと反応し、食べるのを止め、良文に問う。


「最後の夕餉ですか。それはまた剣呑(けんのん)な……この首が狙われた事と関係がありますな」


 将門(まさかど)は口元に付いた米粒を取り、まとめて口に放り込む。

 それを見ながら、少しだけ間を置いてゆっくりと良文は口を開く。


「そうだ、飯母呂(いぼろ)に頼んでな、分かったのは……常陸大掾(ひたちたいじょう)である、源護(みなもとまもる)の娘を(めと)った兄達。お前からすれば伯父達だな、全員が……お前の首を狙っている」


 良文(よしふみ)の口より出される言葉を聞き、将門(まさかど)は大きく嘆息(たんそく)する。


「やはり、親父殿が民達と力を合わせて、開墾(かいこん)した土地が目当て、でしょうな……親戚と争うのは気が進まないものですな」


 がくりと、肩を落とし、憂鬱な表情となる将門。


「親戚は無視は出来ない。――が、やはり他人の様なもの……だからあまり、気に病む必要はない。それに、この良文は将門よ。お前の味方だからな、戦さ場で間違えて、斬らないでくれよ」


 剣呑(けんのん)な話題と重苦しい雰囲気は笑い声により吹き飛び、酒も入り、二人の陽気な唄声と共に夜が更けていく。




 丑三(うしみ)つ刻――草木も眠り、闇が勢いづく時間。

 とある居城にて。――男三人が囲炉裏(いろり)を囲み、顔を向き合わせて密かに語り合う。


将門(まさかど)に刺客を放ったが――戻って来ていないところを見ると、しくじりおったかもしれん」


 三人の中で一番歳古く、威厳もある男の言葉に、他の二人が動揺する。


國香(くにか)兄上、それは不味いのでは……なあ良正(よしまさ)


「そうですぞ、良兼(よしかね)の言う通り。朝廷に報告されれば、我らはお(たず)ね者になりかねないですぞ」


 口々に非難の声を上げると、國香と呼ばれた男は怒鳴り声を上げ始める。


「ならば! どうすれば良かったと言うのだ! 女々しく愚痴(ぐち)るばかりでなく、策案(さくあん)せんか!」


 その言葉に良兼(よしかね)良正(よしまさ)の二人も黙り込んで、頭を悩ませる。

 不意に何か、良案を思いついたのか、良兼(よしかね)が手を打ち鳴らす。


「良い考えが出ました! 我が娘を将門(まさかど)と婚姻させ、将門を婿としましょう!」


 良兼は自信満々の顔で答える。


「ほう、良い考えだ、将門(まさかど)も男よ。骨抜きに出来れば此方(こちら)のもの……もし骨抜きにできなくても、よもや義父(ぎふ)を討とうとは考えまい」


 その言葉を発した後に、腕を組みながら國香は更に策を練り始める。

 良兼は未だに腹に抱える案を、他の二人には全てを見せず、語らずに隠す。

 良正は鼻息荒く……三人にとって、鼻つまみ者の甥っ子をどう料理しようか考えを巡らせる。


 ――三者三様の考えと策を多くは語り合わず。

 三人の笑いがパチパチと囲炉裏(いろり)の薪が()ぜる音ともに消えていく。




 朝となり、(にわとり)がカケロと鳴く。

 将門(まさかど)は目を覚ますと、素早く身支度と旅支度を整えて、書き置きを残し門を潜り、馬に少し手をかけていると声がかかる。


下総国(しもうさのくに)に向かうのだな」


 将門は声に向き直り、礼をする。


「ええ、あまり長居をすれば良文叔父上(よしふみおじうえ)に迷惑となる故、今から立とうと思います」


 まだ陽は昇りきっておらず。山から顔を少しだけ出し始める。


「そうか……何かあれば、飯母呂(いぼろ)を通して報告してくれ。あとな飯母呂(いぼろ)の四人……次期頭領とその配下が、お前に正式に取り立てて欲しいと言って来たぞ、どうやって、たらし込んだ?」


 将門(まさかど)良文(よしふみ)の言葉を聞きながらニヤリと笑う。


「どれが決め手か分かりかねます……が、考えてやった、新しい名が気に入ったのかもしれませんな。――では、叔父上! 息災で!」


 将門は手早く、(あぶみ)に足をかけ馬に勢いよく乗る。


「気をつけて行けよ、将門(まさかど)よ!」


 将門(まさかど)相模国(さがみのくに)から下総国(しもうさのくに)へと向かって駆けていく。

 その様子を遠くから四つの黒衣が見やり、静かに――新たな主人についていく。

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