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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
海賊吼ゆるサイゴク
15/79

タコと海賊と

 

 純友追討(すみともついとう)の為に編成された、(いく)つもの船。

 海を埋め尽くし、跳ねるように海上を進んでいく……それは(さなが)ら、飛魚(とびうお)の群れのように。


追捕使長官(ついぶしちょうかん)! 時化(しけ)てきやがりましたが……もうすぐ博多津ですぜ!」


 歯が欠け、間の抜けた顔の水夫に追捕使長官(ついぶしちょうかん)と呼ばれた男。

 海藻を顔につけているのかと、見間違うほどの髭。それを触りながら、何処か、やる気や熱意と言ったものが欠けた顔をした初老の男。

 ――小野好古(おのよしふる)は荒れ狂い始めた海を船首から(のぞ)んでいた。


「朝廷に(あだ)なす、不埒(ふらち)な男を捕まえるためという名目で西の果てまで来たが……これは貧乏籤(びんぼうくじ)だな」


 小野好古(おののよしふる)は嘆息しながら、竹で作られた短冊に何かを書き記す。


「うーむ? 良いのが、思い浮かばんな」


 書き記していた筆を止め、頭を掻きながら短冊を海に捨てる。荒れた海の藻屑となる短冊。


貧乏籤(びんぼうくじ)ってのは違いねぇですね。それに何たって……藤原純友様は切り捨てられて、食い詰めた舎人(とねり)たちの為に、立ち上がった男ですからね。――あっしも縁があれば、向こう側にいたかもしれませんぜ」


 下品な笑い声をあげる水夫。笑いのツボに入ったのか腹を抱えて笑う、小野好古(おののよしふる)


「博多津に入りますぜ! 追捕使長官、準備した方が――」


 水夫が船首近くに立ち、次の言葉を発しようとした――が、轟音に掻き消される。

 前を進む船が大きく宙に飛び、船が砕け、人と木っ端が宙から落ちていく。


「何が起こった! いや……それよりも博多津の封鎖を急げ! 海賊を逃すな!」


 先程まで腹を抱えて笑っていた、小野好古はその轟音で気を取り直し、やる気のなかった顔に覇気が戻り、即座に指示を全船に通達する。


「長官! 見えなかったんですかい? あの(たこ)の足が」


 水夫は始終を見たためか。――海のように青ざめた顔で、欠けた歯以外を、かちかちと打ち鳴らしながら、震えている。


(たこ)なんぞ切って食ろうてやるよ! いくらでも――なっ! おおっと」


 その時、ぐらりと船が大きく揺れ、好古(よしふる)の乗る船が宙に持ち上がる。

 船底には大きな(たこ)の足、ぬらつきながら吸盤を吸い付かせ持ち上げていた。


「これか! 化け(たこ)が、誰の船に――」


 あれだけ覇気のなかったのが嘘のように、好古(よしふる)は船に固く結びつけた縄を手に持ち、勢いよく外に飛び出す。


「触りやがってるんだ!」


 勢いづけて、身体もろともに刀を(たこ)の足へと突き立てる。


「足りんか! ならば」


 ぐらりと揺れたが(たこ)の足はまだ船を持ち上げたままであった。

 好古(よしふる)は刺さった刀を手放し、(つか)を蹴り、振り子のように飛び上がり。


「おおお! 倒れやがれ!」


 全力で(つか)を両足で蹴り、さらに深々と刺さり、(たこ)の足が倒れていく。

 大波を立てて船が着水し、好古(よしふる)も船の上に落ち、背中を(したた)かに打ち付ける。


「俺にかかれば、(たこ)足の一本や二本軽いものよ」


 のたうち回りそうになるのを我慢し、背中をさすりながら、何とか起き上がろうとする好古(よしふる)


「お見事ですぜ! 追捕使長官、小野好古(おののよしふる)様! よっ日ノ本一の武人殿!」


 水夫の心の篭っていない、持ち上げを言いながら、好古を抱え上げようとした、まさにその時。

 ――海より出でる(たこ)の足が水夫と好古を一緒くたに捕らえる。


「そら、(たこ)だから一本足って訳じゃないよな……あ、良い歌が思い浮かんだから詠もうか?」


 締め上げられ宙に浮かびながらも、好古(よしふる)暢気(のんき)に水夫へと話しかけ、有無を言わさずに、歌を詠み始める。


「何でそこまで暢気(のんき)にしていられるのか分かりませんぜ! 誰か助けてくれ! こんなとこで死ぬのは嫌だ!」


 ぎりぎりと蛸の足は手も足も出ない、二人を締め上げていく。

 (わら)き叫ぶ水夫と歌を詠む好古という、傍目に見れば、切羽詰まっているのか、詰まっていないのか分からない状況。


「その願い、聞き届けた」


 喚き散らす水夫の耳に、はっきりとしっかりと声が聞こえる。


「へあ?」


 水夫が間の抜けた声と顔を晒す。

 締め上げていた、蛸足が斬れ……諸共に海へと落ちていく。


「ふむ……好古(よしふる)様、大丈夫そうですね」


 海から顔だけを出している好古(よしふる)に話しかける男。

 その男は源満仲(みなもとのみつなか)の血縁……と、一目で分かるほどに顔立ちが似ているが、歳は満仲よりも古く。柔和な笑みを絶やさない男が、海上に立ちながら話かけていた。――その立っている海だけが、不思議な事に凪のように止まっている。


「遅かったじゃないか……今回も間に合わないかと思ったぞ、海賊の方はやるから化け蛸の相手してくれよ、経基(つねもと)


 その言葉を聞き、にこりと好古(よしふる)に微笑み、経基(つねもと)は小さい水柱をあげながら海上を駆けていく。


「これは夢ですかい? あの御方、海の上を飴坊(あめんぼ)みたいに……それに鎧を一つも纏っていませんぜ!」


 水夫は興奮のあまり、好古(よしふる)の肩を揺らす。


「あーあれはな、特別(・・)なんだよ。それにあの目が特にな」


 お茶を濁した返事しかしない、小野好古。その顔は一仕事を終えたと言わんがばかりに、覇気がなくなっていた。

 二人は船に引き()げられるまで、経基が駆けて行った方を見ていた。




 博多津の何処からでも見えるほどに、蒼く強く光る玉。――それを目印に、強く海上を蹴り、大きな水柱を上げながら海上を駆けていく源経基(みなもとのつねもと)


「お頭! あれを見てくだせい! 変なの(・・・)が海を走ってますぜ!」


 周囲を警戒していた海賊の一人に見つけられてしまう。――至極当然である。


「よし、よく見つけた! 何処の誰か知らんが……海を走るって事は、何か異なる力を持っているんだろうよ」


 さらに爛々(りんりん)と輝く蒼い玉と純友の瞳。――新たな獲物を狩れるという、喜びの為か……純友の口角が知らずのうちに釣り上がる。


「藤原純友の名で命ずる! 蛭子の玉に導かれし、海の眷属よ! 行けい!」


 純友の号を放つ。――行く手を阻もうと、何本もの蛸の足が経基(つねもと)に殺到する。


「操りが甘いですね、これくらいなら力を使うまでもないでしょう」


 正面から伸びてきた大きな(たこ)の足の上に乗り、刀を突き立てながら斬り走る……経基(つねもと)が駆けた蛸の足、半分に割れながら血を吹き出していく。


「小さいのも邪魔ですね」


 飛び上がりながら、人の腕ほどの足をもった蛸を斬り落としていく。


「全部、見えてますよ……今度は横からですか」


 海を駆けながら、おもむろに真横に一見もせずに刀を振るうと、蛸の足先から縦にパックリと割れ、青い血が舞う。


「馬鹿な! 何故、死角からの一撃が防がれる!」


 蒼く輝く玉を持ち、蛸を操っていた純友は目を疑うような光景にぶるりと震える。


「一撃で蛸を屠る好機をくれるわけですね」


 急に動きを止め、目を見開く経基(つねもと)。誰一人としていない海の真っ只中で独り()つ。


「これなら……これなら行ける! 大蛸で(おお)い潰してやる!」


 純友は玉を持ちながら両腕を天に上げる。

 それに合わせて海面より大蛸(おおだこ)が現れ……跳び上がる。


 経基(つねもと)は海の上で止まり目を(つむ)る。

 蛹から羽化する蝶のように、ゆっくりと刀を天に掲げ言葉を(つむ)ぐ。


「我は(すめらぎ)の血筋……我が命を(かて)八百万(やおよろず)の一柱……」


 きらきらとした光。――息子である源満仲(みなもとのみつなか)よりも、はっきりと見える光が経基(つねもと)の刀へと集まりだす。

 跳び上がった大蛸が中天(ちゅうてん)おおい、経基(つねもと)に影を落とす。


十握剣(とつかのつるぎ)より(したた)り落ちし神――天之尾羽張神(あまのおはばりのかみ)よ――我に魔を断ち切る力を貸し(たま)え」


「大蛸よ! 覆い包み、潰せ!」


 大きな轟音(ごうおん)とともに大きな水柱が上がる。


「これで死ん――」


 純友が喜びの声を上げる、同時に蒼く光る玉に(ひび)が入る。


「まさか! ありえんぞ!」


 純友が沖の方に顔を向けると柱が立っていた……神々しい光の柱。



「流石に……重い、押し潰されそうだ……」


 大蛸の下で光を(まと)った刀を突き立て、断ち斬ろうと経基(つねもと)は力を込め、汗を流していた。


「さらに我が命を力にし(たま)え!」


 光の刀を縦に振り切る――


「おおお! 大蛸よ、海に還れ!」


 ――咆哮と一閃。

 海が小さく裂け、青い雨と黒い墨の雨が経基(つねもと)へと降り注ぐ。

 大蛸は足を(うごめ)かせながら半分に割れ――裂けた海の底へと落ちていき、海が閉まる。


「ふむ、あとは宝玉の確保ですね」


 大蛸を(ほふ)り、汗を拭いながらも、いつもと然程(さほど)変わらない声色で蒼く光る宝玉を目印に海を駆ける。



 純友は沖の方を忌々(いまいま)しく睨みながら、停泊していた海賊船の面々に指示を飛ばす。


「よし、お前ら! 追討軍の奴らから逃げるぞ、準備万端にしておけ! 太宰府にいる奴らにも誰か伝えに行け!」


 そんな折に血を流しながら走ってくる、海賊の一員が息も絶え絶えに言葉を(ひね)り出す。


(かしら)! だ……駄目です、太宰府が防人の奴らに落とされました!」


 その報告を聞き、青筋を立てながら歯嚙(はが)みする純友(すみとも)……


「そうか……よし! お前ら! 悔しいところだが、能古島(のこのしま)の南を通って逃げるぞ!」


 右手に持った玉で西を指す――が、その玉を持った手が手首から跳ね飛ぶ。


「ぐあああ! 俺の手が……クソ」


(かしら)! 誰か、手当を!」


 怒号と鮮血とは裏腹に、ひゅるりと影が軽やかに飛び、玉を握ったままの手ごととり。陸地から伸びていた桟橋へと着地する。


「この蛭子(ひるこ)の宝玉は置いていってもらいますよ、藤原純友」


 脂汗を顔に(にじ)ませ、部下に手首を手当てされながら純友は口を開く。


「ただの蛸を操るだけの宝玉が目当てかよ。……次は俺の首かい?」


「いえ、私の仕事は蛭子(ひるこ)の宝玉の回収……貴方の首は追捕使長官のものですから」


 純友は忌々しそうな顔で、未だに涼しい顔を崩さない経基(つねもと)を睨む……が、顔を崩し笑う。


「俺の首には興味はないか! なら貴様はこのまま俺を逃がしてくれるのか?」


 こくりと頷く経基……それを見て号令をかける純友。


「よし! この御仁(ごじん)は俺の手一つで……正に手打ちにしてくれるようだ! 逃げるぞ車櫂(くるまかい)を出して漕げ!」


 大きな笑いと陽気な声とともに海原へと漕ぎ出す、それを眩しいものを、見つめるように目を細める経基。

 その後ろから、いつのまにかやって来ていた満仲が声をかける。


「親父殿、藤原純友を逃してよかったのか?」


「うん? 良いのですよ……彼らは悪徳役人を狙い打ちにした、義賊のようなものですから……今回はやり過ぎですがね」


 満仲は(あき)れた顔をしながら、ぽりぽりと頭を掻く。


「そんな顔をしないでください、これで我々の仕事は全て終わりなのですから」


 満仲は嘆息(たんそく)をし、経基(つねもと)がもっている蛭子の宝玉を見つめる……(ひび)が入っているがその輝きは大海原のように蒼く広かった。

小野好古おののよしふる=ご先祖様は小野妹子、彼は五代孫……祖父には小野篁(おののたかむら)

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