表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
海賊吼ゆるサイゴク
14/79

チもソラも青く

 

 蹂躙(じゅうりん)(わだち)……防人(さきもり)の奮戦虚しく。それは筑前国(ちくぜんのくに)の国府である太宰府(だざいふ)にまで延び、海賊の手に落ちた。


 太宰府陥落(かんらく)――その報は京の朱雀天皇(すざくてんのう)にまで届いていた。


「太宰府、落ちちゃったか……まんじゅう殿も流石に間に合わなかったのかな」


 (まり)を一人、ぽんぽこと音を鳴らせながら、(たく)みに頭で跳ねさせる。

 摂政(せっしょう)――藤原忠平(ふじわらのただひら)は、にこにこと臣下の前では見せられないほど、蕩けきった顔で見つめている。


純友(すみとも)の襲撃にあった地点の被害調査も任しておったからの……"なると"の宝玉が無くなっていたみたいだぞ 」


 ふっと緩んだ顔を引き締め、威厳(いげん)のある顔で話し始める。


「あぁ、それは厄介だね……宝玉、なるとの(うず)の下にあった(はず)なのにね」


 朱雀天皇は頭で跳ねさせていた(まり)を背中に乗せたり、足で交互に跳ねさせる。


「まんじゅう殿も、せいめいも向かわせてるし……追討軍(ついとうぐん)も向かったし、大丈夫だよね」


 重たい話とは裏腹に、軽やかな音を立てながら(まり)は天高く跳ねる。





 馬が男二人を乗せ、西の大地を駆ける。

 一人は軽装であったが、一目で武人と分かるほどに鍛えられた体躯(たいく)をしていた。

 もう一人。――武人の背後にちょこんと乗せられた男。線が細く武人には見えず、慣れない馬のせいか青ざめた表情をしていた。


満仲(みつなか)殿、もそっと! もそっと! ゆっくりと走ってください! 吐きます吐きそうです!」


 安倍晴明(あべのはるあきら)――武よりも智に重きを置く。その眉目秀麗が崩れ、泣きそうな顔になりながら、軽く咽吐(えず)く。


晴明(はるあきら)、すぐそこよ! 舌を噛むから黙っておいた方が良いぞ。行けい!」


 さらに速度を上げる。

 縦揺れの馬上で満仲(みつなか)にしっかりと両腕を回し、しがみ付きながらも必死に懇願(こんがん)する晴明(はるあきら)……が、聞き入れてもらえず、晴明(はるあきら)は振り落とされない為に腕に力を込める。


晴明(はるあきら)、あれを見よ! 太宰府の防人(さきもり)達が筑後(ちくご)蒲池(かまち)城まで押されておるぞ!」


 晴明(はるあきら)が顔を上げて先を見る。

 すると蒲池(かまち)城は満仲(みつなか)の話通り、すっかりと包囲されていた。

 防人達は懸命に、海賊と(たこ)の化け物に矢や石を雨霰(あめあられ)と落とし、食い止めている様子が(うかが)い知れる。


「あれは不味(まず)いですよ! (たこ)のせいで陥落寸前じゃないですか!」


 城の周りを埋め尽くす程の夥しい数。――(たこ)の化け物を盾にしながら、雨霰(あめあられ)を防ぎ、蒲池(かまち)城へと迫っていく海賊達。


「そう、一刻の猶予(ゆうよ)もないということだ。このまま背後から強襲(きょうしゅう)するぞ!」


 その言葉に小さく(うなず)晴明(はるあきら)、その腕は(かす)かに震えていた。

 満仲(みつなか)手綱(たづな)から両手を離し、足だけで馬を操る。――(ふところ)より霊符(れいふ)を大量に両手で取り出す。


「我が名は、源満仲(みなもとのみつなか)! この地を海賊の手から(まも)りに来たぞ。鉄鎖縛符てっさばくふ――(あだ)なす、()だけを(とら)え、宙に浮かし(たま)え」


 鉄の鎖が満仲の手から離れ、海賊達へと蛇のように、うねりを打ちながら迅速に飛ぶ。


「なんだこの足に付いた鎖は?」


「鉄の鎖? 何でこんなものが――うわああ!」


 次々と鉄鎖が巻きついた海賊達を宙に逆さ吊りにしていく、(むし)のようにばたばたと手足を宙で動かす。

 が……いくら暴れても、刃物で切りつけようとも、鉄鎖が切れる様子はない。


「晴明、此奴(こいつ)らは五月蝿(うるさ)いから、眠らせておいてくれ」


 (いく)さ場の真っ只中に降り立ち、(たこ)の怪物と対峙しながらも、余裕たっぷりに満仲(みつなか)晴明(はるあきら)は話をする。


「分かりました、眠らせるくらいなら、あっという間に終わりますよ」


 晴明は言うが早いか、()を逆さ吊りの男の額へと飛ばす。


「式が(いざな)いしは夢の彼方(かなた)へと……急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 暴れていた逆さの海賊達は晴明の符と呪言(じゅごん)により、大人しくなっていく。


「さすがだな……さて蛸狩り(・・・)だな……いや? 捌いて刺身か?」


 満仲(みつなか)は腰から、すらりと反りのある刀を抜き出する。

 首を鳴らし、腕を回す。――踏み込み、一気に(たこ)の化け物へと肉薄(にくはく)すれば、白刃(しらは)(きら)めきと共に青い血が舞う。


「うむ! この藤太殿から貰った、東国土産(あづまのくにみやげ)の刀……素晴らしい!」


 感嘆(かんたん)の声を漏らしながらも、舞うようにふらり、すらり――(たこ)の間をすり抜けるように走り抜けていく……跡には青い血と半分や細切れになった(たこ)欠片(かけら)


晴明(はるあきら)、数が少し多いから手伝ってくれまいか?」


 全く疲れを見せずに蛸を八分割にしながら、軽口を叩く。


「荒事は得意じゃないんですけどね」


 そう言いつつ、一枚の式札を取り出し言葉を紡ぎ始める。


安倍晴明(あべのはるあきら)の名において、十二神将が一将……力を貸し(たま)え、西の守護神、白虎よ!」


 晴明の持つ式札がふわりと舞い、光に包まれる……光の中から晴明(はるあきら)より少し大きい、白い虎が飛び出してくる。


「――――!」


 咆哮(ほうこう)蜿蜿(えんえん)たる白い線が戦さ場を駆けて抜けていく。

 強い力と速さで、ずたずたに切り裂かれた肉片が舞う――


「あれは速いな、良いぞ白虎! ちょっとだけ速度を上げるか!」


「――――!」


 満仲(みつなか)の言葉に答えるように白虎も咆哮(ほうこう)する、(いく)さ場を駆ける二つの線は(きら)めきを増していく。



 蒲池(かまち)城から誰もが見惚(みと)れていた……颯爽(さっそう)と現れ、青い血花を次々と咲かせていく神獣と男に見惚(みと)れていた――救いが来たと。

 しかし、蒲池(かまち)城の中から見ていた者の一人で違う者を見ている男がいた。


「美しい……あの刀は美しい……嗚呼(ああ)、私は美しく強い刀を打ち。あそこで踊りながら戦う男、あの男に献上する為に私は海を渡ったのかもしれない」


 眉間(みけん)一尺(いっしゃく)ある、異様な風貌(ふうぼう)の男。それは大粒の涙を人目を(はばか)らずに流しながら、戦いを眺めていた。


「これで最後っと……大量に斬った斬った。晴明(はるあきら)、これで此処(ここ)も一安心だろう」


 最後の(たこ)蹴飛(けと)ばし、満仲(みつなか)はその(たこ)に刀を突き立てる。


「そうですね……小さい化け(たこ)しか、いなかったのが気がかりですが。――戻って良いですよ、白虎。ありがとうございます」


 白虎の頭を数回()でると、満足気な顔をした白虎は光に戻っていく。


「太宰府の方か博多津(はかたつ)の方か……何にせよ、後は親父殿が方をつけるさ」


 満仲は北の方角を見ながら頷く。


「そういえば、満仲(みつなか)殿のお父上様……源経基(みなもとのつねもと)様……乱を予見していたそうですが……」


 晴明(はるあきら)は首を(かし)げながら、満仲(みつなか)に問いかける。


「ああ、あれな……自分の先以外なら、ちょっとだけ先が見えるらしいぞ、ちょっとだけな」


 豪快に笑いながら満仲は刀を持っていない、逆の手の親指と人差し指で間を作り、説明する。

 晴明は呆れた顔で天を仰ぎ見ると、(とんび)が笑うように飛んでいた。

筑前国ちくぜんのくに=現在では福岡県西部、国府は大宰府

筑後国ちくごのくに現在の福岡県南部、国府は久留米市付近にあった

眉間一尺(びかんいっしゃく)=賢人の相

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ