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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門追討 燃ゆるアヅマ
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コガネに狂う


 陰鬱(いんうつ)たる屋敷。その更に奥にある奥之院(おくのいん)――誰もが忌避(きひ)する魔の瘴気が辺りに蔓延(まんえん)している。


 (こう)が焚き()められた部屋に男女二人。――女は男の側に(はべ)り、お(しゃく)しながら歓談(かんだん)している。

 女は大きく胸元が開き、金銀の龍の刺繍(ししゅう)が美しい異朝(いちょう)の服を(まと)っていた。顔は白磁(はくじ)の如く透き通るような白、切れ長の目であり、その瞳は黄金(こがね)の色をしていた。


興世王(おきよおう)さま……随分(ずいぶん)(たの)しげにしておられますねぇ。何か良い事(・・・)でもありましたか? 」


 興世王(おきよおう)と呼ばれた男――女の扇情(せんじょう)的な姿を(さかな)に、ニヤニヤと下卑(げび)た笑みを浮かべて杯を(あお)る。


「良い事……ね、ふふふ。余を(ないがし)ろにした朝廷をひっくり返す事が出来るんだ、これが愉快じゃなくてなんだと言うんだい」


 さらに上機嫌に杯を(あお)り、続ける。


「今頃、飯母呂衆(いぼろしゅう)の手により天皇(すめらぎ)崩御(ほうぎょ)、京では大火が起こり阿鼻叫喚(あびきょうかん)炎熱(えんねつ)地獄……あわよく逃げ果せても先には屍人(しびと)の大群。それに精強な軍が待ち構えているからね。ああ、遠く離れて安全で快適である、ここまで(かぐわ)しい死の香りが届きそうだよ」


 酔っているのか、赤ら顔で、ふらふらと手を侍る女に伸ばす。


「全ては君のお陰だよ、君を拾ってから余は幸運に恵まれたのだ。美しい余の藻女(みくずめ)よ」


 興世王(おきよおう)が伸ばした手を舐め、その指に赤い舌を(から)ませ吸う。


「私も幸せですよ、興世王(おきよおう)さま」


 指を吸いながらも、(うま)いこと言葉を(つむ)ぐ口である。

 藻女(みくずめ)と呼ばれた女が吸っていた指を口から離し。――黄金(こがね)の瞳が妖しく光る。


「さあ、興世王さま……寝る時間ですよ」


 妖しく輝く瞳を見た興世王(おきよおう)譫言(うわごと)を発しながら、意識を手放していく。


 藻女(みくずめ)は口元を歪ませ笑う。


「うふふ、定命(じょうみょう)の者は面白いように踊ってくれるから(たま)らない……嗚呼、興世王(おきよおう)さま。貴方は最後に……どんな面白い顔で、どんな情け無い言葉を発しながら落ちるのかしら」


 屋敷の外での喧騒(けんそう)がだんだんと大きくなっていき、(いぶ)り臭さが部屋の中に充満していく。


「その為にはもう少し……伽藍堂(がらんどう)の将門さまには頑張って貰わないとですね」


 興世王(おきよおう)を片手でひょいと――米俵を担ぐように藻女(みくすめ)は口元に真っ赤な三日月を浮かべ、闇へと消えていく。



 秀郷(ひでさと)らは島広山にある、将門(まさかど)の本拠地である岩井へと迫っていた。


「叔父上、これは落とすのは困難ですぞ! 士気も高く、敵ながらよく守っています」


 高所から矢が秀郷(ひでさと)らの軍に断続的に降り注いでいる――が、上手く矢を防いで被害は少ない。


「火を放つぞ! 全てを灰燼(かいじん)に帰すのじゃ!」


 秀郷は眉間(みけん)(しわ)をさらに深め険しい表情となる。


「了解しました、叔父上。――楽しい焚火(たきび)の始まりですな!」


 貞盛(さだもり)はカラッと笑いながら嬉々としながら。――火矢(ひや)松明たいまつの準備を全軍に指示する。

 指示を受けた全軍が手早く、矢に布切れを巻き、油を浸し火を付けていく。


「全軍、構えろ! 合図と共に一斉に放てよ!」


 貞盛の号令で弓を持つ全員が――キリキリと音を立てながら、弓弦(ゆづる)を引き絞り狙いをつける。


「我らの火は(あまね)悪逆(あくぎゃく)を焼き尽くす業火(ごうか)とならん……放て!」


 秀郷の合図で火矢が一斉に放たれる。――無数の火矢が空を埋め、太陽のように赤々と輝き、落ちていく。

 火が徐々に大きくなり、それは草木も建物も命までも等しく燃やし尽くす火産霊(ほむすび)の如く大火となる。


「よく燃えますな。これなら奴らも火の対処に追われて進めるようになりますな」


「ふむ、将門を討ち取る好機じゃ、行くぞ!」


 焼けていく建物を見ながら進んでいく。――わらわらと火も恐れずに将門の兵たちが突進してくる。


「我らの新皇(しんのう)の為に命を捧げよ」


新皇(しんのう)の為に、ために」


 その目は虚空(こくう)を見つめ、譫言(うわごと)のように同じ言葉を繰り返す。

 無統制に彼方此方(あちらこちら)で刀を振るい、弓を引く将門の兵たち。その顔は瘴気のせいか、(ただ)(とろ)けかけていた。


「こいつら、もう人じゃない!」


「やめてく……あ、ごぶぶ――」


 何人かの秀郷の兵が組み伏せられ、何度も何度も喉元に刀を突き立てられる。――口元から(かに)のように血泡(ちあわ)を吹き出し、まわりに助けを求める声が聞こえてくる。


此奴(こやつ)らはもう人には戻らん! 儂がおる恐れるな! 首を()ね、安らかに行かせてやるんじゃ!」


  秀郷の大弓より放たれる矢は三人纏めて貫く。――(げき)が飛び、異様さに(おのの)き、青ざめていた兵が(ふる)い立ち上がり、反撃していく。


「叔父上、将門の姿がまだ見えませぬ……どこかに逃げたのでは?」


「いや、奥におるぞ! 異様な禍々(まがまが)しさが奥の屋敷から感じるわい」


 まだ火の手が回っていない奥にある、一番大きい屋敷を見つめながら答える秀郷。


「ならば、ここの掃討(そうとう)はお任せください。叔父上は一刻も早く、まさ――」


 貞盛が最後まで言い切ろうとしたところ、大きな破裂音が奥の屋敷から響く。――その音に驚いた馬が秀郷と貞盛を振るい落とす。


「ぐ……一体何が」


 秀郷は大鎧を(まと)い老齢の筈だが軽やかに馬から飛び降りる。対照的に受け身をとれずに背中を強かに打ち付けた貞盛。


「貞盛……大事ないか?」


 秀郷は貞盛に手を差し出し立たす。


「叔父上……あれ(・・)


 わなわなと震えながら音のした屋敷を指差す。

 屋敷は半壊しており、その瓦礫の中から、ゆらりと体を揺らしながら出る影。

 貞盛でも見て分かるほどの禍々しい気――幾重にも重なる気を纏い、上半身が裸の男が立っていた。


「我は平新皇将門たいらしんのうまさかどなり! 古きモノを壊し尽くすモノなり!」


 耳を(ふさ)いでも、魂が揺さぶられるような(おぞ)ましい声――空と大地を揺らし響く。


「この前ぶりじゃの将門……約束通り、お前さんを斬りに来たぞ!」


 (おく)すことなく、いつでも駆け寄り斬れるように周囲を確認しながら将門に話しかける。


「じじい……(つい)に我の大願(たいがん)を邪魔しに来たか」


 将門は手には何も持たず、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「将門……将門! 親父殿の分だ!」


 貞盛は将門に駆け寄り、将門の首を落とそうと刀を振るう。将門は一切動かず首にその刃を受け、首は斬れ――


「な……斬れていない――」


 将門は貞盛の首根っこを掴み上げる。


「この不死身の肉体には傷一つ付けれないぞ、貞盛!」


 首を掴まれた貞盛は手足をばたつかせ、将門を殴るが不敵(ふてき)に笑うだけで、痛くも痒くもない様子。


「その手を放せよ、小童(こわっぱ)が!」


 秀郷は駆け寄り、将門の腕を両断しようとする。――が、将門は貞盛を投げ飛ばし、虚空(こくう)より取り出したる刀で秀郷の一撃を防ぐ。


「じじい、蜈蚣切丸(むかできりまる)か……ふん! 龍神でも何でも持ってこい!」


 怪力により将門は不利な体勢から、秀郷は弾き飛ばす。


「ちっ……長い夜になりそうじゃの」


 飛ばされた秀郷は体勢を整え、汗を拭いながら(ひと)()つ。

蜈蚣切丸=百足退治の礼で貰った太刀。現在、伊勢神宮に奉納されているが、実際に藤原秀郷が所用したものであるかは定かではない。

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