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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
プロローグ
1/75

起こり


「乱が起こる」


 幾人(いくにん)もが平伏している間で、御簾(みす)の横に(はべ)る男。歳古く(しわ)深いが、瞳に爛々(らんらん)と輝く()の光、聡明そうめいな顔をしながらも、男より重苦しい言葉が発せられる。

 男の名は藤原忠平(ふじわらのただひら)位人臣(くらいじんしん)を極め、さらには摂政(せっしょう)(つと)める者である。

 そんな重大な危機を言われても平伏してる者達はピクリとも動かず次の声を待つ。


「近い時に東国と西国の両方より、ほぼ同時期に起こる。詳しい話は陰陽寮(おんみょうりょう)の者より……各々(おのおの)奮起(ふんき)されよ」


「はっ」


 平伏している者たちから一斉に鳴り響いた声により揺れる御簾(みす)

 御簾(みす)の奥の影は声を発することなく、するすると足音を立てずに奥へと戻っていく。



 (しば)しの時が経ち、簡素な造りの間において朝服(ちょうふく)を着込んだ男が平伏している。

勢いよく間の(ふすま)が軽快な音を立て開かれ、入ってくるのは摂政である藤原忠平……その人であった。


(おもて)をあげよ」


 (おごそ)かな声により平伏していた男は態勢はそのままで、顔だけをあげる。

 その双眸(そうぼう)(たか)の如く、精悍な顔つきの武にどっぷりと浸かった者の顔であった。


摂政(せっしょう)さま、このしがない武辺者(ぶへんもの)如何様(いかよう)な御用でございましょうか」


 誰も居ない間で畏まった物言いをする男。


「うむ……(かしこ)まったままでは肩も()ろう、楽にせよ。人払いも済ましてる故」


 藤原忠平に促され、ゆっくりと体を起こす。――朝服が、はち切れんばかりに盛り上がっているのが分かる。


「では、御言葉に甘えて楽にさせていただきます。やはり、着慣れない朝服は首が痛くなります」


 首を(さす)りながら、真一文字に結んでいた口を少しだけ綻ばせる。


「ふむ、他に人などおらずとはいえ、形式は大事であるからな。それにいつもの様に始めた方が、気も身も引き締まるであろう? これも一つの優しさよ」


 その冗談に二人しかいない場の、緊張が解ける。――たっぷりと時間をかけてから藤原忠平は口を開く。


「してな、乱が起こる前に確実に刺客が送られてくる。その刺客の排除を頼みたい」


 その言葉を聞き、険しい顔つきとなった男は思索(しさく)し口を開く。


「刺客ですか、狙われるのはもしや……いや、分かりきった事ですな」


「その通りだよ、まんじゅう殿! 」


 鈴鳴る音のような愛らしい声とともに、年端(としは)もいかない童が摂政(せっしょう)の背後より、ひょっこりと顔を出す。


「伯父上さま、説明ありがとうございます……ここからは余が説明します」


 するりと音を立てずに座り、話を続ける。


「まず余が狙われているのはまことだ、刺客……恐らくは手練(てたれ)で徒党を組んでくるであろうな。それと刺客はまんじゅう殿がいつも狩っているものたちに近しいゆえ、重々気をつけよ。まんじゅう殿、余の命は其方(そなた)に掛かっておるゆえ、頼んだぞ!」


 命を狙われてるというのに最後まで笑みを崩さずに説明をし、摂政を残したまま一陣の風のように間を去っていく。

 摂政とまんじゅうと呼ばれた男はお互いに顔を見つめ同時に嘆息(たんそく)する。


「相も変わらずの、御様子……元気なのは実によろしいことで。愛いものですな」


「ふむ、春風のように穏やかと思えば飄風(ひょうふう)となる。愛いものよ」


 笑い声が漏れたところに、(ふすま)からひょっこりと満面の笑みが出てくる。


「まんじゅう殿、あとな陰陽寮(おんみょうりょう)に余と歳はあまり変わらないがな……天才がきての、これが面白い者ゆえ明日にでも会ってみよ。色々と便利な物を作っておるみたいで"仕事"の手助けになるだろう」


 手をふりふりとしながら、(わらべ)は去っていく。まんじゅうは去り際の言葉に対して頭を抱える。




 魂の奥底より、更に根っこ……根源(こんげん)より身震いするほどの咆哮(ほうこう)が天地を(おお)い尽くす。

 咆哮(ほうこう)の元には中天(ちゅうてん)を覆うが如く、そびえ立ちしモノ――

 それは見るもの全てが恐怖し(おのの)く鬼の顔を持ち――

 毒々(どくどく)しく(あや)しくも見事に濡羽(ぬれば)色と黄金(こがね)色が互い違いに入った胴体、触れたものを刺し貫く、(とが)った八本の脚……脚を踏み鳴らしながら巨体を震わす化け物……名を『土蜘蛛』という。

 土蜘蛛(つちぐも)の周りには、(おびただ)しい数の屍が無造作に転がる。ある者は細切れに只の肉片となり、ある者は頭手足が無い達磨(だるま)となり転がり、ある者は胴鎧に穴が開き風通しが良くなっていた。

 芳醇(ほうじゅん)な血と死の香りが漂う地獄の釜底(かまぞこ)において、死の使者である土蜘蛛(つちぐも)を相手取り、(あらが)うのを止めない武士(もののふ)達。

 彼らの具足(ぐそく)は砕け、汗のように血を流しながらも刀を振るう、弓を射る手は止まらない。

 攻防の最中に一人の大将らしき武士(もののふ)が刀を天へと掲げる。

 その刀は光を(まと)い、神話に語られるような、大きな(つるぎ)となり……振り下ろされる。

 ――天を二つへ割り、振り下ろされた光の(つるぎ)は土蜘蛛を真っ二つにし、勢いそのままに大地をも穿(うが)つ――




 幻視。遠い過去に起こった闘いか、または未来において起こる闘いを幻視していた。

 ゆらりゆらりと蝋燭(ろうそく)の火が揺れるなか神鏡(しんきょう)の前に童は座り、澄んだ鈴の音と共に涼やかな詞を紡ぐ。

 蝋燭(ろうそく)(あわ)()らぐ火が(にわ)かに大きくなり燃え盛る炎となる。ほぼ同時に左の蝋燭(ろうそく)が蒼炎に右の蝋燭(ろうそく)が黒炎へと変わった。しかし、童は異常な事態にも顔色一つ変えず、不気味な色――尋常(じんじょう)ならざる色で燃える蝋燭(ろうそく)をじっと見つめている。

 (わらべ)は少し、思惑(おもいまど)嘆息(たんそく)した後に――かしわ手を打つ、その瞬間に燃え盛っていた蝋燭の火が消え、煙と共に場に似つかわしくない、(ほの)かな腐臭(ふしゅう)が漂う。


「いつ観ても……幾度、観ても同じ」


 堪えていたものが決壊したかのように、啜り泣く。


「余の民が、臣下が……御魂となりて飛んでいく。余は……余は……どうすれば?」

陰陽寮(おんみょうりょう)=占い・天文・時・暦の編纂を担当する部署……は、表の顔、裏では色々と。

飄風(ひょうふう)=急に激しくふく風、つむじかぜ

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