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もみじの散るさま

作者: 武藤ゆたか

 もみじの散るさま

              武藤ゆたか

  

 <鋭く尖った槍が、僕の心に刺さっている。

だれかこの槍を抜いてくれないか。

痛いんだ、とても痛い。

耐えられない、救ってくれ>


 イザナはそう書くと、ノートを閉じた。

どうして、こんなに苦しいのか、イザナにもわからなかった。椅子に座り、身体を持たれかける。ギシギシと、椅子が鳴る。

 「ふうっ」

そう言うとイザナは、身体の痛みに絶望を感じていた。誰か助けてくれないか、と救いを求めていた。遠くで呪詛が聞こえる。

 <イタイ>とだけ、ノートに書いて、机の引き出しにしまった。

 「ご飯よ」

と階段の下の台所から呼ぶ声が聞こえる。

イザナは重い身体をひきずり、階段を降りた。

 食卓には、簡素な皿が並ぶ。ただ、魚だけが、大きく置いてあった。

 「はやくお食べ」

母が言った。イザナは、箸をとり、その皿を

丁寧に食べた。解体するように、繊細に箸を

動かす。

 「おいしいね」

とだけ言って魚を食べ終わった。

 「最近、浮いた話はないの?。大学にはたくさんいるでしょう」

急かすように母が言った。

 「うーん、探してみるよ」

「彼女作ると、人生楽しくなるわよ、イザナ」

「わかったよ。わかったって」

イザナは食べ終わると、食卓をあとにした。

 重い脚をひきずり、自分の部屋に帰った。

「結婚、出産、辛い」

とだけ、ノートに書いて、深い眠りに着いた。

遠くで、梟のホウホウと言う鳴き声がする。

すると掛け時計の秒針が<カチリ>と動いた。もう引き帰えされない合図だ。この物語は、悲劇なんだろうか、それとも喜劇なんだろうか。誰にもわからない。


 ツクヨは、目が覚めた。まどろみの中から

ようやく頭がすっきりしてきた。視界が冴えるように、現実の風景が蘇ってきた。

 「う、うん」

 顔を洗いに洗面所に向かい、顔を洗った。

なにかいつもと違う感覚だった。違和感が、

全身を覆う。

 「さっ、今日もやるぞ」

と浮かない顔を浮かべる自分を、鏡でみながら気合をいれた。軽いナチュラルな化粧を施し、髪をとかして、リップクリームを右から

左に塗りつける。かすかなシャンプーの香りを着けながら、自分の朝の身支度を整えた。。服を整え、玄関から外にでた。通りには、行き交うサラリーマンや、学生が通り過ぎる。

水泳をするように人混みをかきわけて、学校に向かった。 

 学校へつくなり、アマテが教室にいた。

 「おはよ、ツクヨ」

そう言うとニコッと微笑み、スマホを見せた。

 「ツクヨ、このアプリ知ってる?」

 「なにそれ」

 「婚活ソフトだよ、いま話題になってる」

 「へえ、そうなんだ」ツクヨはあまり興味がなかった。遠い話のようだ。

 「どこがいいの?」

 「なんでも、プロフィールや、興味などの項目を入れると、自動的にぴったりな相手を

紹介してくれるんだって。やってみない?」

 「うーん、面倒だなあ、簡単なの?」

 「簡単、しかも速いよ」

 「ん、じゃ入れてみるね」

そう言うと、スマホにインストールした。

起動させ、項目を埋めてみた。すると、何100000000の候補のなかから選んで、画面に映し出された。

 ルックスや、プロフィール、性格が自分に

もっとも合う人だった。名前は、

 <イザナ>

という名前の異性だった。

 「このひと、よさそう」

 「うん?見せて」とアマテは笑顔で、言った。ツクヨはスマホをみせた。

 「まあまあだね。私の好みじゃないけど。

会ってみるの?、ツクヨ」

「うーん、ちょっと考えないと。今日いきなりだしこのアプリ信頼できるか、わからないし」

 「そうだね」

 「ゼミがそろそろ始まるから、またあとで」

「あっそうだった」

 そう言うとアマテとツクヨは、黒板の方向に座りなおした。講義がはじまった。


 「どんなアプリなんだろ、これ」

イザナは友人に勧められたアプリを操作していた。

 <マッチングソフト>

そういうらしい。

 <貴方にピッタリの女性を紹介します>

 「ふむ」

そう言うと、右手を顎にそえ、考えこんだ。

 <項目を入力してください>

イザナは全ての項目を入力した。すると、

スマホの画面に、立体的な女性像が浮かびあがった。画面の外に浮かんでみえる。

 <ツクヨ>

この女性はツクヨというらしい。

 「なんか、すごく好みだな」

イザナは微笑んだ。早速回答を打ち込んだ

 <よろしくお願いします>

それは迅速に、相手に送られた。

 「あとは返事待ちか」

そういうと、寝転がり、雑誌を捲り、読んだ。外で、ホウと梟が鳴る。


 大学の食堂で、ツクヨとアマテは食事をしていた。

 「あのアプリ、やってみた?」

 「うん、すこし」

 「誰かいい人いた?」

 「イザナという人かな」

 「で、どうするツクヨ」アマテが聞く。

 「もうメッセージがきてる」

 <よろしくお願いします>

 「へーっ、やりなよ」

 「じゃあ、返事出すね」

 <こちらこそ、よろしくお願いします>

 そう書くとツクヨはボタンを押した。

後悔はしていない、好みだったからだ。

 「さっ講義いこっ、ツクヨ」

 「うん」

 アマテとツクヨは、重そうな教科書をカバンに入れて、講義室に向かった。

 

 居間のテレビのニュースをイザナはぼんやりと見ていた。

 <韓国政府発表で、北朝鮮と統合することが決まりました>

 <洗脳とあらゆるショーが無くなりました>

 <若いまま癌にならず、健康に年をとる遺伝子解析による新薬が開発されました>

 <新しい資源のフリーエネルギーと重力装置が開発されました>

 <減価する仮想通貨が普及し、全世界が、

キャッシュレスになりつつあります>

<株式市場が、廃止されました>

 「なるほどね。便利になるんだ」

 「母さん、どうおもう?」

 「よくわからないわ。すごく生活が変わるのかしらね」

 「うん、変わるのかも」

 「株式が無くなるのは大ニュースね。どうするのかしら」

 「さあ、いい方向にいけばいいね」

 「イザナ、夕ご飯食べましょう」

 「うん」

 それから、丸テーブルでイザナは食事をした。

 魚を、箸で解体のように内蔵を開いて食べたあと、漬物のキムチときゅうりの酢漬けを食べた。

 「ごちそうさまでした」

そういうとイザナはテーブルを後にした。

 部屋で横になり身体を休めていると、

 <プルル>とスマートフォンが鳴った。

 <お相手から返事がきました>

 <よろしくお願いします、ぜひ逢いたいです>

と好意的な感触だった。

 「よかった。ルックスだけでなく相性もいいのかも」

「さっそく返事を書くか」

イザナはツクヨにメッセージを送ることにした。

 <ツクヨさん、わたしの方からもよろしくお願いします>

 <2月16日の夜、8時6分ではいかがですか?>

とだけ書いて、送った。

 「あとは頼んだぞ、人工知能ちゃん」

そう呟いてイザナはスマホを机の上に置いた。写真の立体画像を見る限り、可愛い子だった。

まるでオードリーヘップバーンを彷彿とさせる。その画像をイザナは見つめていた。星の移動がゆっくりと進んでいく。またサイレンが外の闇に死者の葬式のように美しく鳴り響いていた。

 

 ツクヨが街に出ると、電信柱とミラーが立ち並ぶ。商店街のライトについている旗が、南向きにはためいていた。ツクヨはイザナから、返事があったのでウキウキしていた。商店街の通りを通りつつ、大学に向かった。

ツクヨは返事をどうするか、思案していた。

 『えぃ』と気合をいれ、

<私も楽しみです、ぜひ行きます>

と書き送った。送った瞬間にアマテが声をかけてきた。

 「どう?うまくいきそう?ツクヨ」

 「わからない、人とは会ってみないとわからないから」

 「このアプリ、レビューの評判高いよ。みんな利用している」

 「便利だからかな、なんでもお膳立てしてくれるから」とツクヨは呟いた。

 「でも会う日はもう決めたよ」

 「やるじゃん、ツクヨ。わたしもやろうかな」

 「なんか気持ちが乗らないんだよね」

 「なんというか、話がうまく行き過ぎで」

 「それは、このスマホとアプリが賢いからよ」とアマテは言う。

 「そうなのかなあ」

 「もう会う予定決めたんだから、やりなよ」とアマテはせかす。

 「うん。いい人だといいな」

 「いい人だって、きっと」

そうアマテが言うと、ツクヨは立体画像を閉じ、講義に集中する準備をした。

 <ガラッ>

 教授が教室に入ってきた。アマテとツクヨは授業に向かった。教室の窓から見える景色は、サークルの集まりや、鳥たちが右に固まって羽を休めていた。

 

 部屋に還り、イザナはふとテレビを見ていた。ニュースキャスターが無機にニュースを伝える。

 <イスラエルとパレスチナ、中東地域で、

永久和平条約が結ばれました>

 <日本政府が、治安上の観点から独自のオーエスを使うことが閣議決定されました>

 <すべての民間のビットコインが吸収され、政府公式発行に変更されました>

 <騒音、ノイズが禁止されました。騒音法の発令です>

 <肉体と精神を酷使するダンスが禁止になりました>

 <全世界から戦争が無くなる、国連の決定がなされました、これ以後、武器の製造と武器会社は、武器の製造が禁止されます。並びに、武器会社は、解散します>

 ニュースキャスターは淡々とこれらを無表情で伝えた。イザナは急に大きな事項が決められることに疑念を感じたが、すぐに眠くなり、ベットで死んだように深く眠った。窓際には、イグアナが部屋とイザナを凍るような目で、見つめていた。

 

 渋谷から、原宿へいくか、6本木で休むか

選択肢はあったが、スマホ任せだった。いよいよ初デートというのに、なにもおしゃれをイザナは考えてなかった。チノパンに、ポーチ、上は白のシャツと黒のタートルネックを着て、灰色と焦げ茶色と黒のパーカーを重ね着していた。いつもの服装のまま、待合場所に向かった。

 渋谷のモアイ像に着いたのは、時間の3分から2分前だった。

 「ふう」

イザナはそう言うと、ツクヨを探した。

 「遅くなりました。イザナさん?」

 「ツクヨさんですか、そうですイザナです」

 「これからよろしくお願いします」

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

互いに照れて、よく相手が観れなかった。

 渋谷の建設ラッシュはだいぶ収束し、優れた建築のビルが多数立ち並んでいた。電気自動車のタクシーや自動運転の乗用車が行き交う。目当てのカフェは、そのビルの8階にあった。エレベーターで2階から乗り込み、6階、8階へと向かう。エレベーターから見える景色が素晴らしい。まるで、神から下界をみた様子のようだ。

 イザナとツクヨは落ち着いたカフェに互いに座った。

 

 『この人、どんな人だろう』

 ツクヨはまじまじと相手の顔をみつめた。

なんとなく、イギリスの俳優さんに似ている。と思った。

 『日本人離れしているわ』

なんだか少し、驚いていた。でも好みだった。

 『うまくやれそう』

そんな感触を感じた。


 「はじめまして、イザナといいます」

 「こちらこそよろしくお願いします、ツクヨと申します」

 「そんな、緊張しないでください」

 「はい」

 「渋谷はよく来るんですか?」

 「はい、ロフトとか、ハンズとか来ます」

 「僕は新しいものが好きで、よく新しい店や、ビルによく来ます」

 「なんか渋谷好きなんですね、お互い」

 「ふふ」

 イザナはツクヨに安らぎを覚えていた。指輪はない。

 「ここ終わったら、ロフトかハンズ行きましょうか」

 「ぜひ」

 そう言うとツクヨはカップの緑茶を飲んだ。

イザナは、静かにカップの腹を2回叩いた。

するとツクヨは、テーブルの上のカップを2回触った。なにかまるで暗号のやりとりのようだ。

 「おいしいですね、このお茶」

 「わたしのもおいしい」

 やっと互いが笑顔になった。


 それから互いに新築されたビルから、渋谷の風景を眺めた。遠くに富士山が見える。


 ちっぽけな存在の人間なのに、どこかみんな傲慢になってないか?と小さな人の群れをみてイザナは思った。

 「プロフィールを観たんですけど、音楽が好きで、よく行かれるんですか?」

 「タワーレコードや、蔦屋はよく行きます」

 「いま音楽は、ストリーミングじゃないですか、ぼくは板が好きなんです。変ですかね?」

 「わたしも好きです。ストリーミングもダウンロードも利用してます」

 「コンサートは?」

 「時々いきますよ」

 「ぼくも行くんですよ」

 「フェスは野外の涼しいところでやるので、

楽しい時間が過ごせますよね」

 「はい」ツクヨはちょっと照れていた。


 なんとなくイザナの人の良さに、惹かれる自分がいた。

 『不器用そうだけど、どこかいいな、この

人』

 見つめ合ったときツクヨは、<ドキン>とした。

心の底で心臓が鳴った。まるで天使の矢が刺さったかのように痛かった。

 カフェで話した後、次の場所に向かった。

スマホに、

 「次の場所お願い」

と言ったら、カーナビのように案内してくれる。

<カニの料理店は如何でしょう>

 「それでお願い」

<わかりました>

 その案内に沿ってイザナ達はカニ料理店に向かった。そこは隠れ家のようなお店だった

『ギイ』

と扉をあけた。木の机にはスポットライトがあたり、雰囲気がいい。店の人に案内され、

イザナ達は席に着いた。

 「では、カニランチコースをお願いします」

 「私も同じのを」

 テーブルの上にはリンゴが置いてあり、

<ご自由にお食べください>とあった。

ツクヨは、イザナに

 「このリンゴ食べません?」

と勧めた。イザナは、

 「いや私リンゴ食べないんです。ゴメンね」

 「私はどうしよう、やめとこ」

そう言って互いに、リンゴには手につけなかった。リンゴは店員にさげられた。

 

 カニが運ばれてきた。イザナはカニの足を美味しそうに食べた。ツクヨもカニにほうばりついた。

 「おいしいね」

 「うん、おいしい」

 「穴場だねいい店だ」

 「わたしも覚えとこ」

 「店の名前は変わってるよ、<マウンテン>だって。普通なら<シー>じゃない?」

 「そうですね、変わってる」

 笑いあいながら、店を出た。

 「また、お逢いしたいです」

 「ぜひ」微笑みながらツクヨは言った。

 そう言って、連絡先を交換して解散した。

外に出た瞬間、2羽の鶏が右に旋回して飛び立った。

 イザナは自宅に帰ると、親と夕飯を食べていた。

 「今日のつくよちゃん、どんなこだった?」

 「うーん、いい子かな。素直なこ。賢そう」

 「今度は失敗しないようにしなさいよ」

 「はいはい。大丈夫だよ」

 テレビをつけると、今日のニュースが、

流れていた。

 <日本の少子化がかわり、出産率が高まりました。人口構造が変わりました>

 <オフショアが違法となり、全世界で規制されました>

 <ピケティ教授の資産税が全世界で実施されました>

 <日本の藤氏がもっとも裕福という調査がでました>

 「なんかみんなすごく前向きなニュースだね」と母が言う。

 「ほんとそう、改革が始まってるのかしらね」

 「わからない、とにかく部屋にもどるわ、ごちそうさまでした」

 「うん、おつかれ」と母は呟いた。


 部屋のダメになるソファにダイブして、

疲れた身体を癒やしていたら、外の窓に、

<イグアナ>が張り付いて、こちらを見ていた。イザナはぎょっとしたあと、取ろうと窓に近づくと、そのイグアナはするすると逃げていった。


 休みの日に、ツクヨとアマテはシナイ山ではなく近くの高尾山に出かけた。登山鉄道に乗り頂上のふもとの休憩所に降りた。

 「ついたわよ」

 「結構近かったね」

 「私、この景色撮るね」と言ってツクヨは、

スマホを高く両手で掲げた。まるで、神父が

ワインを高く掲げるかのように。すると、

 <ピッ>

という音がして、画面になにか入った。

「なんだろう?」と言ってツクヨはスマホの

画面をみた。

 <宇宙と自然との調和をすること>

 <労働と利子と貧困が無くなること>

 <お金を変えること、戦争が無くなること、

罪の行為が無くなること>

 <人間から欲望を取り去り、高度な生物に脱皮すること>

 <これらを満たせば全員天国へいける>

「なにこれ」

「なんだろうね?わかんないよね」

「うーん、とっとくか」とツクヨは何気なく

保存した。そのあと、ゆっくりとした足取りで、高尾山を後にした。


 次のデートは原宿に決まった。イザナは高揚していた。また会えるということが嬉しかった。

 「待った?」

 「ううん、大丈夫」

 「今日は公園に行かない?」

 「うん、いこう」

 イザナとツクヨは、原宿駅から代々木公園に向かった。道路ではパントマイムをやる若者や、歌っている人もいた。緑が生い茂る明治神宮も奥にはある。それらをみながら歩いていった。

 公園の入口には多くの外人客や、売店があった。売店でイザナは炭酸水を買い、フリスビーも買った。ツクヨはバトミントンを買っていた。

 「外人さん多いね」

 「うん、楽しそう」

 「観光客かな?」

 「最近増えたからね、急激に」

 「いいことじゃないかな。日本の良さが伝わるといいな」そういうと、イザナ達は芝生の上にゴロンと横たわった。

 「空に、きれいな雲が出ている」

 「キレイだね」

 イザナとツクヨの周りに、いつのまにか、大勢の鳥が囲むように集まっていた。

 「わあ、鳥」

 「なんか囲まれちゃったね」

 「いいや、いっしょに寝よう」

 「うん、そうだね」

 しばらく横になったあと、イザナとツクヨは立ち上がった。

 「フリスビーやろうよ」

 「そうだね」

 フリスビーはふんわり浮いてイザナからツクヨの手に入る。しばらく楽しんだあと、バトミントンを少しやり笑いながら、帰ることにした。

 イザナがそっとツクヨの小指に触れる。

 そして思い切ってギュッとツクヨの手を握った。ツクヨは受け入れ握りかえした。そうして、手を繋ぎながら公園を後にした。なにかが接続されたような暖かさが手から伝わる。ツクヨの頬が照れてピンク色をしていた。

 

 イザナが散歩に出かけたのは、その6日から8日たった頃だった。近所に中くらいの公園があり、ブランコや花壇などがあった。イザナがその中を進むと、砂場で子どもたちが何かを作っていた。ベンチに座り、

遠巻きに眺めていると、なにやら塔らしかった。

「やった、でーきた」とこどもが言うと、

「グワーン、ガシャーン」

と別の子が塔を壊していた。

「やめろよー」といいつつ子供が塔を作り直していた。完成したら、みな触れなかった。

親がそれをカメラで撮っていた。

 イザナはなんのことかわからず、ぼんやり

砂場と子どもたちを眺めていた。

<ピッ>と鳴り、

 <世界の言語が統合されました>

 とスマホに届いていた。

 『なんだろう』

 怖くなったが、イザナは気にせず公園を後にした。


 『モモ』という本をツクヨは読んでいた。

その16章に、『時間泥棒』があった。

見えない軍団が人の時間を喰ってしまうとい

う内容だ。それを読み終えたツクヨは、壁にかかる時計の針を、わずかだが現在の時間に動かした。

 「ちょっと遅れていたからこれでよしと」

すると、

 <ピッ>

とスマホが鳴り、文章が浮かんだ。

 <暦が旧暦に変更されました>

 「なんだろう、これ」

 ツクヨは気にせず、机に戻った。遠くで、

梟が鳴いている。


 何がほしいのかイザナは考えていた。ノートにあれこれ書いては消し、書いては消していた。<健康>と<お金>と<愛>はどうしても多くいる要素だった。これらが揃わないと、

 <幸福>

にはなれない。

減価するお金でいいから多く、ずっと必要だった。

 「わかっているんだが」

 ノートにこの3つを書いて、6時に書き終えた。


 渋谷の新ビルの展望室に、イザナとツクヨ

はいた。手を繋ぎ外を眺めていた、夜景が綺麗だ。大きく月が見える。満天の星空と、明かりが見えていた。ソファに座り、イザナとツクヨは肩をもたれかかっていた。そして

いつしか、顔と顔が近づき、

 『チュッ』

っと軽めのキスをした。ほんとうに軽く。

その後も互いに肩を寄せ合い、もたれかかった。外ではいいムードのジャズがかかっていた。レジで買ったペリエを互いに乾杯した。


 犬を散歩している婦人とすれ違ったツクヨは、今日起きたいいことを思い出し、心がほっと暖かくなっていた。ふとテレビをつけたら、震度6の大きな地震が起きていたことを告げるニューステロップが流れていた。

 「怖いな」

ツクヨは急に寒くなり、震えた。震源地がだんだん日本の中心部に近くなっていた。


 箸を使って、ボンドでイザナは船を組み上げていた。やや大きめの船を作り終えたあと、

その船を湯船に浮かした。無事浮かべることができたとき、窓の外で、鳩が飛び去っていった。

 「これで、できたかな」

イザナは安心した。ラジオのニュースで、コメンテーターが『資本主義が変わります。調和した増殖のない世界に変わるでしょう』と難しいことを告げていた。


 もちろん経験はない。性行為のことだ。ツクヨはそろそろその時期が近づいていることを予感していた。しかし、勇気がなかった。

イザナは嫌いではない。むしろ好きだった。

だが初めての行為なので、勇気がいるのだった。心の中で決意していた。


  イザナは次のデートをどうするか、思案していた。

 「そろそろセックスかな」

そう言うと、音声でスピーカーに話しかけ、

相談した。

 <私に任せていただければ、セッティングしますよ>スピーカーから聞こえる。

 「じゃあ、頼む」

 <ご希望はありますか?>

 「渋谷か6本木で、泊まれるいい場所」

 <了解しました>

 <渋谷の新ビルの、ツインベットの宿泊を予約しました。ディナーは和食のレストランを予約いたしました。ミシュランに乗っている店です>

 「じゃあ、それでお願いするよ」

 <かしこまりました>

その言葉を受け取ると、イザナは当日の準備をした。いい自分に合う服装を揃え、靴を磨いた。


 当日は快晴だった。モヤイ像の前で、イザナは待っていた。

 「まった?、イザナさん」

 「いや、全然。大丈夫だよ」

 「じゃあ、行きましょう」

 「はい」そう言うと互いに新ビルに行った。

高速エレベーターは、ビルの飲食店が入っている8階に向かっていた。まるで天国にむかうような感触だ。和食レストランに向かうと、何故かシスターが前を歩いていた。数珠をもった紳士もいる。なぜなんだろう?、偶然居合わしたのだろうか。

 レストランでは互いにテーブル越しに手を握り合い、眼と眼を見つめあっていた。あまり喋らなかった。記憶が飛んでイザナはこの食事の様子を思い出せなかった。

 そののち、手を握りながら6階の816号に向かった。部屋には、大型のベットが、

2人分置いてあった。窓からは夜景が見える。

綺麗な部屋だ。そこでワインを飲み、チーズを食べた。

 なぜかベッドの上で、互いに正座して向き合い、

 「よろしくお願いします」

といい深く頭を下げた。まるで武道の礼みたいだった。それから、互いにハグし、


 <合体>


をした。激しい合体だった。終わるとイザナもツクヨも、疲れ切り眠った。外の窓には大きな月が、右方向に見えていた。机の上には、ホロスコープが置いてあり、なにやら書き込みがしてあった。居間の机の上の<リンゴ>と<ストロベリー>が無造作に、ゴミ箱の中に捨てられていた。

 

 うとうとと、ベッドの中で寝ていると、ふと、カーテンがふわりと動き、光が差し込んでいた。

 「うん?誰?」

 起き上がってみると、目の前にぼんやりと

光り輝く羽を持った、何者かが現れた。

 「誰?」

「ツクヨさん、神々からの親書を携えてまいりました。貴方は近々子供を産みます。それは神の子です。覚悟してくださいね」

 そう言うと、その人はすっと消えた。

 「なんだったんだろう」

 誰も応えなかった。誰も。


 それからイザナとツクヨは順調に付き合っていった。お互いの両親にもあった。両親は合意してくれた。ある日イザナが<シルビオ・ゲゼル>の本を読んでいたとき、急な連絡がツクヨの親からあった。

 「もうすぐ産みそうです、病院に来てください」

イザナはその本を本棚の左隅において、イザナは病院に向かった。

 病院の待合室は、異国の神父や神社の神主さんや、お坊さんの団体客で溢れていた。

真っ先にツクヨの分娩室に向かった。そこには、陣痛に苦しむツクヨがいた。

 「大丈夫ですか?」と担当の医者に聞いた。

 「大丈夫です、もうすぐ産まれます」と医者は言った。そのとき、


 「おんぎゃあ、おんぎゃあ」

 

 遂に赤ちゃんが産まれた。2回泣いた赤ちゃんをみてイザナは歓喜した。家族は涙を流し喜んでいた。

 「よかった、ツクヨさん」

 「うん、大変だったけど産まれた」

 ツクヨはぐったりしていた。周りのみんなも歓喜に溢れていた。待合室では、大勢が星座のホロスコープをみながら、笑っていた。中の巫女さんが、

 「神々が笑っているわ」と呟いた。

 

 運命は自分で変えられるということ。また

東洋の小さな国で起きたことは、後に大きな波紋を全世界にもたらすことになる。この時はまだ誰も知らなかった。そう誰も・・・・・・。


 おわり   

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