第3話 救い
はぁ…暇です。
私の名はアスカ・フォン・ラース、王妃です。
今私は夫と一緒に謁見の間にて、異界の方と顔合わせをしております。
いつもは謁見の間などと言う堅苦しところには顔を出さないのですが、個人的に異界の人に興味があったので参加しました。
まぁ、参加しない理由として夫の近くに居たくないというのもありますが。
それはさておき、今は異界の方が自分の手に入れた力を夫に報告している最中です。
正直言って拍子抜けです。珍しいものといえば聖属性だけ。これならお庭で紅茶でも飲んでいた方が有意義でした。
そんなことを考えているうちに、とうとう最後の1人となってしまいました。
見た目はおとなしそうな、中性的な顔が特徴の少年。
彼もみんなと同じ普通の属性だろうと、そう考えていました。
ですが、彼は一向に言おうとしません。
ようやく喋り始めたと思った矢先、私は彼の口からでてきた言葉に耳を疑いました。
「……魔力は360。属性は…ありません」
「は?」
属性が無い!?
実は私は1人だけ彼と同じ、属性のない方を知っています。
ですがその人は、代わりに違う力を持っていました。
スキルという特別な力を。
「ッ!ーーーッッ!!」
「ッ!」
「まさかこんなクズが紛れ込んどるとはッ!」
「で、でも聞いてください!僕にはスキルがーーー」
!やはり持っていましたか。
となれば、どうしてもあの少年と1度お話ししなければ。
それからの話など、どうでもよかったので聞き流していました。
話がひと段落つき、寝室へ案内するという話でまとまり、私はみんなが出て行ったのを見計らい、少年に話を聞くことにしました。
「もし、もし」
「もし、大丈夫ですか?もし」
「えっ?う、眩しっ」
今まで目を閉じていたのだから、それはしょうがないですね。
「もし、異界の方。大丈夫ですか?」
まだ状況がわかっていないのでしょう、まずはそれを教えなくては。
「大丈夫ですか?他の方はもうこれから過ごす部屋を見に行きましたよ?」
私の言葉を聞いた少年は驚き、辺りを見回してすぐ落ち込んでしまいました。
気持ちはわかります。ですがこのままでは話が進みません。ここは私から切り出さないと!
「異界の方。お名前はなんと仰られるのですか?」
「え?…あ、瀬戸翔太です」
彼の名前を聞いて思いました。運命とは本当にあるのだと。
「そうですか、いい名前ですね。私はアスカ・フォン・ラースと言います、よろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
「実は私、あなたとお話したかったのです」
「僕とですか?」
「はい」
「先ほどの夫との話の時、何か言いかけませんでしたか?」
「えーと、もしかしてスキルのこと…ですか?」
「えぇ!それですそれ!」
興奮して声が大きくなってしまいました。
翔太様が若干引かれています。恥ずかしい…。
「すみません」
「大丈夫です」
笑顔でそう答えてくれました。
「僕にもよくわからないんですが、僕のスキルは〝瞬間記憶能力〟と〝読取り〟らしいです」
「とても素晴らしいスキルですね」
翔太様は私が気を利かせたと思っていつのでしょうが、今の私の言葉は本心だったりします。
「さぁ、私から声をかけておいてなんですが、そろそろ他の皆様方を追った方がいいでしょう」
もう少し話していたかったのですが、そろそろ追わないと間に合わないでしょう。
詳しい話はまたの機会といたしましょう。
あ、そうそう。翔太様のご学友がどこへ向かったか伝えておかないと。
「皆様方は、これから寝泊まりする寝室へと向かわれました。場所はこの謁見の間を出て、左へずっと行けばあります。少し急げばまだ間に合うでしょう。さ、お行きなさい」
「はい、教えてくれてありがとうございます」
「こちらこそありがとう。とてもいい話が聞けました」
ふふふ、とても真面目な可愛い子です。
ん?衛兵に止められていますね。
少し話し込んだと思ってら翔太様を右へ連れて行きました。
ですが向こうは…。
「アスカ様、お食事の準備ができました」
ッ!ビックリしました。翔太様が出て行った扉を眺め考え事をしていたら、後ろからの気配に気付きませんでした。
不覚です…。
私はゆっくりと、あくまで冷静を装って振り返ります。
そこには私を驚かせた人物であり、私の専属執事でもあるヴァン・ローが背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、静かに佇んでいました。
ヴァンは私の専属執事をして、今年で20年になるベテラン執事です。
見た目は白みがかった茶髪をオールバックにし、顎髭だけ少し生やしたダンディな男という感じでしょうか。
そして彼は結構若い女性にモテ…ってそんなことはいいのです!それよりも私を驚かせたことです。
確かに今のは私の不注意、不注意なのですがーーー
「驚かせないでくださいヴァン。わざわざ気配を絶って近づくことないじゃないですか」
ーーー気配を絶って近ずいたヴァンにも責任があると思います。
「そんなつもりは無かったのですが…申し訳ございません」
ヴァンは深々と頭を下げる。
嘘ですね、顔がニヤニヤしてましたし。でも…まぁ今回はいいでしょう。そんあことより。
私はため息を1つ吐いた後、真剣な眼差しでヴァンを見ます。
私の雰囲気が変わったのに気付いたのか、ヴァンもニコニコした顔から真剣な表情へと変えました。
「今から貴方に1つ質問をします。貴方がどのような答えを出そうと、私は貴方を咎めたりはしません。ですので正直に答えなさい」
「かしこまりました」
私は一泊置きヴァンに少し意地悪な、そして彼のこれからの運命を決める質問をした。
「あまたは今まで、私の専属執事として使えていました。貴方はこれからも私が何をしようと、黙って付いてきてくれますか?それともこれを期に夫の方に付きますか?」
質問に対しヴァンは目を瞑り考え出します。
その後フッと笑い、問いに答え出しました。
「私は、今も昔も、そしてこれからも貴女様のだけの執事でございます。私に、貴女様以外使えるという選択肢は御座いません」
「そう答えてくれると信じてました」
私は安堵の息を漏らし、にっこりを笑います。
「では早速行きましょうか。翔太様を救いに」
「御意」
そして私達は、食堂へと向かいました。
ーーーーーーーー
食堂の中にはもう全員集まっているらしく、食堂の入る前の廊下にまで声が聞こえてきました。
食堂に入ると夫が私に気付き、手招きをして呼んできます。
「おぉ我がアスカよ、やっと来たか」
「私のことは妃と呼ぶように言ってあるはずですが?それよりお1人足らないようですが、どういう事でしょうか」
この食堂の中に翔太様の姿だけが見当たりません。
まぁ予想はしていましたが。
「あのクズなら今頃、馬小屋で馬のエサでも食べているのではないか」
その言葉に食堂は大きな笑いに包まれました。
…どっちがクズだか。久しぶりにキレそうです。
私はその怒りをなんとか沈め、異界の教師に話しかけます。
「異界の教師の方、生徒が辛い目にあっているのにほっておいてよいのですか?」
「お言葉ですが、この世界は私達の世界と違い、力と権力がモノを言う世界だと認識しております。そして彼はそれを手にすることが出来なかった。私達の世界の言葉に『郷に入っては郷に従え』という言葉があります。意味を簡単に説明するなら、その国に入ったのならばその国の法律・規則に従え、という意味です。なので、この国にいる以上これも仕方のないことだと割り切っております」
と、教師は食事をしながら淡々と述べました。
「それはのたれ死んでも仕方ないということでしょうか」
「はい」
「他の生徒の方々も同じ意見でしょうか?」
生徒のたちは、各々に頷いていきます。
たまに生徒の方から「早く死んだ方がいいじゃね?」という声まで聞こえてくるしまつ。
ミーアとイチャついてる男子と黒髪ロングの女の子は頷きませんでした。ミーアとイチャついてる男子は話を聞いていなかったみたいですが。
とにかく、それを聞いた私はにっこりと笑いました。
「それが聞けて良かったです。ヴァン」
「はっ」
もうどうでもいいのか、みんな楽しい食事に意識を戻しました。
これから起こることも知らずに。
「翔太様を殺して来なさい」
「御意」
返事するや否や、ヴァンは文字通り姿を消しました。
さて、ヴァンが戻ってくるまで私も楽しく皆さんとお話しでもして待つとしましょう。なのにーーー
「急に静まり返ってどうしたのですか皆さん?」
ーーー食堂内は時が止まったように静まりました。
「さぁさぁ皆さん、さっきみたいに楽しくお話ししましょう」
「ま、待ってください、殺すってどういうことですか!?」
いち早く我に返った担任の方…名前忘れましたね…。
とりあえずそのまま担任でいいでしょう。
その担任が、慌てた様子で聞き返して来ます。
「そのままの意味ですが?だって私の国で餓死されても迷惑じゃないですか。なら今殺したほうが都合がいいですし、権力で彼の死を無かったことに出来ます。なんの問題があるのか、わかりかねるのですが」
「そういう問題じゃなくてですね!その、人としてーーー」
「郷に入っては郷に従え、そう言ったのは貴女ですよ?」
「ーーー!?」
黙りましたね、ここが押しどころです。
「貴女は…というより皆様、かん違いしてるようですが、この国の全権は〝女王陛下〟たるこの私が握っています。そちらの夫ではありません。なので私の言うことは絶対、貴女たちの世界でいう法律が私なのです。おわかり頂けましたか?」
皆さん私の言葉に驚いたような、納得いっていないような顔をしているだけで、何も反応をくれません。
私少し寂しいです。
「…それでも殺す必要は無いじゃないですか!」
黒髪の女の子が机をバンッと叩き、今にも乗り出しそうな勢いで私のやり方に反論してきます。
「殺すのはダメだと?」
「はい」
一瞬考えるそぶりを見せた後、私はふと思ったことを皆様に質問します。
「……あなた達は何故、翔太様を除け者にしたのですか?」
「そ、それは…」
黒髪の女の子が言い澱み、目を右往左往させています。
きっと彼女自身、翔太様を除け者にするつもりは無かったのでしょう。ですが、行動しなければ意味がありませんよ?彼女はいつそれに気づくでしょうか。いやもう気づいているから声あげて意見するという行動にでたのでしょう。それでももう遅いですが。
なんて考えていると、今度は別の方向からガタッと音がしました。
音源を見ると、なんと先ほどまでミーアと話していた男子が怒った顔で立っていました。
「クラスのためです!瀬戸翔太がいると俺たちまで無能のクズ扱いになったかもしれません!そしたらクラスのみんな、この世界で行くあてがなく、生きる術も知らぬまま外の世界に放り出される可能性がありました。それを避けるためにダメな奴を切り捨てたまでです。それにアスカさん!あいつはミーアを脅してたんですよ!そんな奴この城に置いておくなんて危険すぎます!」
何故怒っているかはわかりませんが、それより話を聞いてたことに驚きです。
彼は優しくミーアの肩を抱き寄せながら「そうだよね?」と訊ね、それに対しミーアは泣きながら「はい」と答えます。
あ、これ言わされてますね。となると彼の意見は無視でいいでしょう。
けどそれと裏腹に、彼はまだ言い足りないと喋り続けるのでーーー
「それに瀬戸翔太は」
「もう結構です、黙っていてください」
「ッ!?」
ーーー遮っちゃいました。ミーアが何か言っていますが無視です無視。
「ミーア様のことは知りませんでしたが、確かに私達みんなクラスのためにやったことは事実です」
「それは担任である貴女以外も同じ意見ですか?」
「そうであると信じてます」
その意見に賛成とばかりに生徒達も頷いて行きます。黒髪の彼女はまだ考えているようですが、そろそろ時間ですね。
「うあああああああぁぁぁ」
「「「「「「!?」」」」」」
ちょうどいいタイミングで男子生徒…翔太様の悲鳴が聞こえてきました。
「王妃様、ただいま戻りました」
今までいなかったヴァンが、恰もそこにいたかのように私の斜め後ろに平然と立ってお辞儀をしてきます。ただし、手袋の色を白から赤に変えて。
「ご苦労様です。ですがヴァン?終わったというのなら、その赤く血で染まった手袋も変えておきなさい」
「はい、申し訳ございません」
手袋を変えてたのを確認した私は「さて」といい1度手を叩き、意識をこちらに戻します。
こちらを向いた皆様の顔が、心なしか青いですがそんなこと知りません。
「では行きましょうか、死体を確認しに。と、言っても皆様動かないでしょう。ですから命令です、皆様付いて来なさい。来ない方は…フフフ。ヴァン案内お願いしますね」
「お任せ下さい」
それだけ言うと私は後ろを確認せず、ヴァンに続き死体の方に向かいました。