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第二次総攻撃海上支援


「缶の圧力が落ちてるじゃねえか」

「今あげます」

「戦闘行動中なんだぞ。速度が落ちるだろ」

「がんばってます」

「がんばるだけじゃだめなんだ」

「はい」

「がんばるなんて誰でもできるんだよ」

「はい」

「圧力を保ってはじめて一人前の機関科員なんだ」

「がんばります」

「だから、がんばるだけじゃいけねえっつうの。教えたことを忘れるな。頭使え」

「それが一番苦手です」

「ばか」


 ショートランドへ帰投した後、つかの間の休息をとった『五月雨』は、陸軍のガダルカナル島第二次総攻撃に呼応し、水雷戦隊の一員としてガダルカナル島を目指して押し出した。陸軍の掩護のために敵陣地へ向けて艦砲射撃を行う予定だったのだが、ガダルカナル島沖へ達したところで、敵陸上機に空襲を受けたのである。

「『由良』がやられる」

「敵機六機」

 アメリカの急降下爆撃隊の編隊が軽巡『由良』へ襲いかかる。幾つもの水柱が『由良』を包み、姿を隠してしまう。水柱のなかから『由良』が飛び出す。

「やられた」

「艦橋後ろに直撃だ」

「煙突が飛ばされている」

「後部の主砲も跡形もない」

「めちゃくちゃじゃないか」

「嗚呼」

「『由良』より信号。ワレ、マモナク、コウコウフノウ二、ナルヤモシレズ」

「『由良』は後部の破孔より浸水しています」

「針路を『由良』へ」

「本艦をめがけて敵機急降下」

「面舵に当て」

「機銃撃て」

「伏せろ」

 衝撃が『五月雨』を揺らす。弾片が『五月雨』に降り注ぐ。

「至近弾でした」

「よし、『由良』へ近づけ」

「あ、B17だ」

「『由良』を狙っている」

「回避するんだ」

「だめだ」

「また爆弾が命中した」

「艦橋が壊れてる」

「ボートを出せ。『由良』の乗員を収容する」

「さきほどの爆撃のせいで、ボートは穴だらけです」

「なに」

「カッターなら出せます」

「よし、急げ」

「前方、敵戦闘機が向かってきます」

「取舵一杯」

「撃て撃て撃て」

 やがて敵機が去った。夕闇が迫るなか、停止した『由良』の甲板に総員が整列した。激しい爆撃を受けた『由良』は、上部構造物がほとんどすべて破壊されてしまった。

「敬礼」

『由良』の副長の声が響き、全員がさっと敬礼する。

「万歳」

 誰ともなく万歳を始め、ラッパが鳴り響いた。万歳はひとしきり続いた。乗組員たちは勇敢に戦った『由良』の健闘を称えたのである。

「総員退去」

 掛け声とともに、乗組員たちは横づけたボートへ次々と乗り移る。あたりは闇に包まれた。誰もいなくなった『由良』の上で燃え続ける炎だけが明るい。

「俺たちの旗艦が……」

「『由良』はよく戦ったよ」

「ツキがなかっただけさ」

「水雷戦隊のなかでは一番大きな艦だし、目立つから狙い撃ちにされたんだな」

「B17がとどめを刺さなかったら、曳航して連れて帰ったのに」

『由良』の乗員を乗せたボートが離れた後、駆逐艦『春雨』と『夕立』が処分雷撃を行なった。魚雷が命中して『由良』の脇腹に水柱が上がる。艦体が軋む。

「海神が歌っている」

「『由良』さんを迎えにきたんだ」

「海の底で安らかに眠れ」

「さようなら」

 傾いた『由良』は船尾からゆっくりと闇の底へ沈んだ。


『由良』の沈没後、水雷戦隊は回頭して、翌日の早朝にはショートランドへ帰投した。そして、ちょうど『五月雨』がショートランドに到着した頃、日米の機動部隊が激突、南太平洋海戦が始まった。日本海軍は大型空母『翔鶴』『瑞鶴』、中型空母『隼鷹』、小型空母『瑞鳳』と合計四隻の空母を繰り出し、アメリカ海軍は中型空母『エンタープライズ』『ホーネット』の二隻を戦場へ送った。

『五月雨』の艦橋では南雲機動部隊の放つ無電を傍受し、皆戦況に聞き入っていた。

「やや、これはすごい戦いが始まったぞ」

「ト連送だ」

「『瑞鶴』の艦爆隊が突っ込むぞ」

「やったあ!」

「どうした?」

「エンタープライズ型空母に命中弾三発」

「おおー」

「すげえや」

「『翔鶴』隊の魚雷命中」

「やるね」

「ミッドウェイの仇討ちだ」

「敵空母は大破炎上中。推進力を失いました」

「とどめを刺すんだ」

「第一次攻撃隊は全機攻撃完了。引き揚げます」

「惜しいなあ」

「もう一息だったのに」

「敵の空母はあと一隻残っているんだよな」

「第二次攻撃隊が仕留めてくれるさ」

「敵の空母を一隻大破させただけでも大きいよ。相手は戦力が半減したんだもん」

「今度は、我が方が攻撃を受けています。敵艦載機の攻撃です。味方機動部隊は回避行動を始めました」

「エンタープライズ型の艦載機だな」

「当たるなよ」

「『翔鶴』被弾」

「やられたか」

「『翔鶴』火災発生。炎上中」

「え」

「魚雷や爆弾に誘爆したら大変だぞ」

「そんなことになったらミッドウェイの二の舞だ」

「『翔鶴』は風上へ向けて退避中。航空機の発着艦不能。通信設備に著しい被害が発生。弾薬への誘爆は避けられた模様です」

「よかった」

「『瑞鳳』も退避を開始しました。どうやら被弾したようです。戦列を離れます」

「こちらはあと『瑞鶴』と『隼鷹』の二隻だな」

「ニ対一か」

「第二次攻撃隊が敵艦隊へ攻撃を始めました」

「よしっ」

「いけっ」

「『翔鶴』艦爆隊の爆弾が無傷の敵空母に命中」

「やったー」

「でかした」

「続けて命中。合計三発命中」

「『瑞鶴』雷撃隊の一機が敵駆逐艦へ突入。敵駆逐艦大破」

「あ」

「自爆したんだ」

「敬礼」

「つづいて『隼鷹』艦爆隊が攻撃を始めます」

「敵空母に至近弾一、戦艦に命中弾一」

「残念。とどめを刺せなかったね」

「それでも敵空母を二隻とも航空機発艦不能にしたからね」

「敵機動部隊は反転。退却する模様です」

「これで目的は果たしたよな」

「後はどれだけ追撃できるかだ」


 午後、空母『瑞鶴』『隼鷹』は残り少なくなった艦載機をかき集めて攻撃隊を放ち、米空母『ホーネット』に魚雷と爆弾を浴びせた。『ホーネット』は機関が停止、十数度傾いたまま漂流状態となり、夜半、追いついた第三艦隊の駆逐艦『秋雲』、『巻雲』が処分雷撃を行なってこれを沈めた。海軍司令部からは『ホーネット』を日本まで曳航せよとの指令がおりたが、さすがに燃え盛る正規空母を曳くことはできなかった。『エンタープライズ』は追撃を逃れ、辛くも戦場を離脱した。

 日本機動部隊の活躍により、ソロモン海域における米稼働空母数は一時的にゼロとなった。日本としては絶好の機会ではあったのだが、陸軍の第二次総攻撃は失敗に終わった。第一次総攻撃と同じようにジャングルのなかを迂回したために進軍に手間取り各隊の足並みがそろわずばらばらに攻撃することになり、第一次総攻撃の失敗を繰り返したのである。また、司令部と意見の対立した川口少将が攻撃開始前に罷免されるなど指揮系統にも混乱があった。米軍のガダルカナル島陣地は第一次総攻撃の頃とは比べものにならないほど非常に強化されており、米飛行場の一キロ手前まで迫ったものの、装備と食糧の乏しい日本陸軍が米軍基地を抜くのは困難だった。


 第二次総攻撃の失敗を受け、『五月雨』はトラック泊地へ向かった。今回の輸送作戦で蒙った損害箇所の修理を受けるためである。

「戦場を離れるのは久しぶりだね」

「今度こそゆっくり修理できるかな」

「けっこう穴ぼこが開いちゃったもんね」

「そこらじゅう、木栓で破孔をふさいでいるし」

「『五月雨』さんをきれいにしてあげたいなあ」

「機関も手入れしないと」

「酷使したからなあ」

「どんだけ最大戦速で走ったことか」

「駆逐艦は速力が命だからね」

「それにしても陸軍さんは残念だったね」

「あんなむちゃくちゃなジャングルでよくがんばったのにね」

「『五月雨』が送り届けた陸軍さんは生き残ったのかな」

「さあどうだろう」

「無事だといいね」

「また総攻撃をやるのかな」

「そりゃあ勝つまでやるっしょ」

「もういいじゃん、あんな島」

「そうだよ。すっとばして次の島を取りにいこうぜ」

「そうはいかないさ。飛行場があるからね」

「あそこから敵の飛行機が飛んでくるかぎり、日本軍はおびやかされる」

「あの島を落として制空権を奪い返さないと次の島だって取れやしない」

「むずかしいなあ」

「作戦は失敗だったけど、相手に痛撃を与えたんだ。今度はうまくいくさ」

「なんといっても、『ホーネット』を沈めたんだからね」

「これでアメリカは苦しくなったはずだ」

「絶対にいけるよ」


「分隊士、この魚雷はいつぶっ放せるんでやんしょうかねえ」

「まったくなあ。対空戦闘ばっかりじゃ、俺たちの出番がねえよな」

「もう魚雷を磨くのは飽きたでやんす」

「俺もだよ。おまけに、対空戦闘の時はこの魚雷は厄介者になるときた」

「爆弾が当たったりすれば――」

「『五月雨』もろとも吹っ飛んでお陀仏だからな」

「対空戦闘のたびにひやひやもんでやんす」

「焦るなって、そのうち出番がくるだろうさ」

「またガダルカナルへ行けるでやんすかね」

「おそらくな」

「夜戦で魚雷をぶっ放して、敵をあっと言わせたいでやんす」

「俺もそうなることを祈ってるよ」

「分隊士、あ、あれを見てください」

「なんだ? 夜の海に浮かぶ筒は?」

「潜望鏡じゃないですか」

「それって潜水艦ってことじゃねえか」

「潜水艦発見! 目視で確認」

「浮かんでくる」

「ああ」

「なんだこのぼろぼろの潜水艦は」

「船体に穴がいくつも開いてるでやんす」

「ひどいやられようだな。こんなのでよく潜れるなあ」

「潜水艦の艦橋に誰かいます」

「日章旗を振っている」

「味方か」

「分隊士、艦橋のあの人は骸骨でやんすよ」

「ほんとだ」

「亡霊でやんすか」

「骸骨が敬礼している。おい、俺たちも敬礼だ」

「はいっ」

「潜水艦が潜航する」

「さよなら」

「どこかで沈められてそのままさまよっているんだな」

「かわいそう」

「執念の虜になって、どこへも行けないんだろうな」

「南阿弥陀仏、成仏してほしいでやんす」

「彼らの戦いは終わったんだ」

「仇は『五月雨』が討たしてもらうでやんす」

「おい、気合入れて魚雷を磨くぞ」

「はいっ」



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