一度はやがて……
◆scene No.7◆
志歩が………わざと鞄より遠くに置いておいた、G.blackの紙袋は、案の定忘れ去られていた。
スーツと鞄を近くに置いてあったのに、これだけを遠くにしておいたのは、勿論忘れ物をさせるためだ。
そして、土曜日………その夜遅くに、冬悟はやって来たのだ。
接待の後らしく、ふゎんとお酒とタバコの香りがする。
「桐生先生、良かった!来てくれて嬉しい!」
「荷物は?」
志歩のトーンと違い、冬悟のトーンは平坦で上がるつもりはないと暗に告げていた。
「………奥さん大丈夫なんでしょ?上がってください」
「何で大丈夫だと?」
「だって………大丈夫だから、ここに取りに来たんでしょう?私に……会いに」
ゆっくりと志歩はその腰に手を回して、肩に頬を寄せた。
「大丈夫、バレたりしないんだから」
ゆっくり、言い聞かせるかのように言えば……
「これ以上、裏切れない」
ここまで来ておきながら、その台詞ほどそぐわないものはない。
前回何もなかったのなら、それでも良い。でも、この前………冬悟と志歩は不倫関係という名のもとに、両足を踏み込んでいる。
冬悟の本音は……きっと違う。
冬悟の方もまた……、このスリリングな時を……もう一度味わおうとしてる。そうに違いないと志歩は確信してる。
「そんなの偽善でウソなだけ……」
裏切れないというのなら、取りに来なければ良かったのだ。
送らせるなり、もう落としたと諦めるなり。
来た、と言うことは多少なりと………二度目の期待があるはず。
志歩は冬悟の後ろにある扉の鍵を閉めて、チェーンをかけ、それからぐいっと体を寄せてキスをした。
(ほら………だって拒否をしてない)
「私を弄んだの?酷いのね、桐生先生は」
「志歩ちゃんが、一回だけって言うからだ」
「今日だけでもって言ったの、一回かぎり、なんて言ってない」
「屁理屈だな……」
カチャッと志歩の手はズボンのベルトにふれて、器用にそれを抜き取った。冬悟は、酔っているのか緩慢で、あっさりと目論みは成功する。
そして奪ったまま、部屋の奥にあるベッドに座る。
「無いと………困るでしょ、先生?」
ベルトを無くして帰るなんて、酔っていてもなかなか無い。
買い物の荷物とは訳が違う。
遠くに見える玄関で、覚悟を決めたらしい冬悟は、ひとつため息をはいて、靴を脱いで上がってきた。
「桐生先生………これは、奥さんにバレないように上手く遊ぶゲーム。ね?そう考えれば………楽しめるでしょ?」
「志歩ちゃんが、こんなに小悪魔だとはね」
「ちゃんは要らない………もう子供じゃないから」
(私が小悪魔なら………あなたの奥さまは……なに?)
志歩がこんなに大胆に誘うのは……。
バレてないんじゃなくて、莉沙が知ってるからなのに。
(今夜………ここで過ごしていることも………知ってるの)
キスを交わしながら、うっとりと………志歩はその唇を味わった。
そして、冬悟もまた、志歩の唇を味わうように、深く唇を合わせてくる。
「鍵はつけてくれたのか?」
「先生が、電話をしてくれたら………すぐに了承してくれた」
「良かった。で、それから部屋は?」
「多分……変な事は無くなったかな」
「じゃあ、もう安心だな」
「でも………この部屋のどこかに盗聴器とかがあるかも………一人は怖い」
「それはまた……新たな怖さだ」
「そうでしょう?だから………今日だけは側にいて?」
二人分の重さで、ベッドのスプリングが軋む音がする。
志歩が作った言い訳に、冬悟は前よりもあっさりと乗ってきた。
「桐生先生……酔ってる」
「酔ってるな」
「だから、これはお酒のせいなの」
クスクスわらった志歩に、冬悟はその首に唇を寄せてきた。
「いいや、違う。君のせいだよ志歩」
その低い囁く声に志歩は彼の欲情を感じて熱い吐息を吐き出した。
「志歩がベルトを盗ったから」
「その、言い方は狡い。でも………それで良いの」
その夜から………。
『今日だけは』繰り返される。
………二度は、三度になり………。
次第に行動は大胆に、外で待ち合わせまでするようになっていく。
全ては……シナリオ通り。
上手く、事は進んでいた。