眠れぬ夜
◆scene No.5◆
その夜……。
冬悟は……0時を過ぎても帰って来なかった。
志歩に取りに行くと連絡をしていた莉沙は、『お店に取りに行けそう?』というLINEに冬悟が既読スルーをしたままの、メッセージ画面をじりじりと見つめていた。
(一言……いける、いけない、そんな少い文字を打ち込むのさえ私にはしてくれないの?)
子供達を寝かしつけて、湖都が眠った後のベッドを抜け出して莉沙は、鳴らないスマホを見つめていた。
志歩とLINEでやり取りをしたのは、一度。
『取りに行かせるのに都合のいい日はある?』
そして、返ってきたのが、今日だったのだ。
冬悟も例え莉沙が、取りに行くように言っても仕事を優先したり、上司の付き合いだとかで叶わないかもしれない。
そして志歩から、莉沙の頼みを引き受ける、そんな返事を貰ったわけでもない。
頼りない………いくつかの女の浅知恵が、どこまで通用するのかさえ分からない。
帰ってこないのは、仕事なのか………それとも。
志歩と過ごしているからなのか………。
いつもしない行動をしては、志歩の邪魔をしてしまうかもしれないと、確かめたい気持ちをぐっと我慢した。
ダイニングテーブルに座っていると、静かなその部屋はカチカチと壁の時計の秒針を伝えてくる。
待つときほど、とたんに分針はのろまな亀に転じたように、さっきからいくらも動いてはいない。
そして……一時を過ぎて………莉沙はようやくベッドへと移動した。
体が暖かくなっていっても、眠気はやってこなくてやはりスマホの画面を何度も何度も繰り返し確かめてしまう。
すぅすぅと湖都の寝息を聞きながら、今すぐ冬悟に居場所を確かめたい気持ちを押さえるために、その柔らかな頬に触れた。
柔らかくて、すべすべのその感触は莉沙の心を少しだけ落ち着かせてくれた。
家の前に、車が停まった音がして、冬悟の帰宅だととっさに思い、スマホを確めた………2時06分
起きて………出迎えるべきか………出迎えないべきか………。
(………顔を、見るのが怖い……)
わずかな葛藤が、凍りついたように動かせなくする。
もしも、今まで見たことのない冬悟を見てしまったら………。
やがて玄関が開き、家に入ってきた音がする。
それでも………、この夜は。
『お帰りなさい』
の一言を、言える勇気がなくて……。
バスルームを使うその音を聞きながら、目をきつく瞑った。
ベッドに入ってきた冬悟は、莉沙が起きてるとは思わないだろう……。きっと……。
やがてすぐに寝息をたて始めた冬悟の方に、莉沙は寝返りをうって、その顔を見つめた。
そこから、何かを探ろうとしたけれど……そこには何も、証拠らしきものを見つけることは出来なかった。
★☆★☆★☆★
朝は………。
莉沙の母としての、戦いのような時間。
そんな戦いのような時間に、冬悟はいつものように起きてきた。
「おはよう」
「おはよう……」
いつものように、冬悟はいつもの調子でお決まりの言葉を口にした。
(………いつもの、冬悟)
何の変化も見られない事に、なぜか安堵してしまう。
しかしそれは………。
主婦の朝の仕事を終えたあと、雪からのメッセージを見て。
勘違いだと、知らされる。
『昨夜、ひとつ進みました』
鼓動が大きく跳ねあがる。
その、志歩の一文がくっきりと目に焼き付いたように、刻み込まれた。
(………昨日の夜は………冬悟は志歩と………)
微かに震える指は………、
始まったことへの、武者震いなのか。
『次は?』
と打ち込むと
『まだ何も決まってないです、次に繋げます』
どうやって?とは聞けなかった。
『またお願い』
莉沙の思惑は………成功したのだ。
『夜に、また連絡を入れるつもりです』
『じゃあ……夜に……』
後は………証拠を、一つ一つ手にしていけば、莉沙の願いは叶うのだ。
(冬悟は………普通の顔して、裏切れるのね。知らなかった……)
はじめて知った………、強かな夫の姿を……。