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冬悟の背徳


◆scene No.4◆


 仕事の疲れと、それからほどよい飲酒。

それに………久しぶりの情交で、不覚にも眠ってしまっていたらしく、起きた時は既に0時を遥かにまわっていた。


「まずいな………」


まずいのは………色々だ。


浮気をするなんて、あり得ないと思っていた。そもそも……それほどもて余すほどの欲求もなく、家庭を持った以上は誠実であるべきだと思っていたから。


仕事で遅くはなっても、さすがに朝帰りはしたことがなく、脱ぎ散らかしたはずの服を探せば、それは志歩の仕事だろう、きちんとハンガーにかけられてあった。

「………帰りますか?」


わずかに瞼を開いた志歩がそう言った。

「わるいな、起こして」

「いえ………。奥さまに、ばれちゃうといけないですものね」

志歩の寂しそうな声に、どちらの女性に対してもズキンとする。


莉沙を………はじめて裏切ってしまった。そして、志歩にも。

応えてはいけない癖に応じてしまった。


タクシーを呼ぶために、スマホを出して電話をかければ、タクシーはあと10分程で来るという。


「夜中に帰ると、怒られます?」

「いや………多分、何も言わない。理解があるんだ」

それは……これまでの経験からすれば疑いようのない事実だったし、そしてこの日もそうだと冬悟は思えた。


「出来た………奥さまなんですね」


出来た妻?

そうなのか、そうでないかは冬悟自身は考えてもいなかった。


うちはそういうものだ、と、そうとしか冬悟は思えない。


「あ~、そうかもな」

志歩の言葉に適当な相槌を返しながら、冬悟はシャツの袖を通し、ボタンを嵌めていく。


「仲良しなんですね?」

(仲良し?)


「そういえば……。喧嘩もしたことなんてないしな」

それは仲が良いと言っても良いのかもしれない。そんな事も意識はしていない。

莉沙は、ただ冬悟の妻なのだ。


「無いんですか?一度も?」

「そうだ」


「それって………変ですよ。実は上手く行ってないんじゃないですか?」


「何いってる?喧嘩なんてしない方がいいだろ」


確かに喧嘩をするほど仲がいいとか、夫婦喧嘩は犬も食わないとか言うが、莉沙が冬悟に逆らうような事をするとか、考えられなかった。


「でも、それだけ………我慢してるんじゃないですか?奥さん」


「違う。10年も一緒にいると、そう……もうお互いに理解してる、空気みたいなものなんだろ」


「ふぅん?そういうものなんですかね………」


こんな風に……情を交わした相手と妻の事を話すなんて、とてもおかしな気分だった。


身支度を整えた冬悟を見送るために、志歩はTシャツとショートパンツ姿にロングカーディガンを羽織って玄関ドアまで見送りに来てくれた。


「桐生先生、今日は……ありがとうございました」


「ああ……」


志歩のマンションを出て、そしてタクシーを拾い自宅の前で停めてもらい、家の玄関をそろりと開けて入った。

教え子だった志歩、彼女となぜ……越えてしまったのか………。


一度くらいは……道を踏み外しても良いじゃないか……

そんな、悪い自分が囁いた。

大学1年で知り合った莉沙と付き合って以来、彼女以外の女性と触れ合った事などなかった。だから、新鮮な感覚につい気持ちが高まったのか?


それに……好きだと言われれば、悪い気はしない。


午前2時すぎ。


さすがの莉沙も、ぐっすりで起きてきはしないだろう。

そっとシャワーを浴びて、バスケットに用意されていた、パジャマを着て莉沙と湖都の眠るベッドに入った。


(明日………莉沙は何か言ってくるかな………)


非日常に似た感覚に高ぶった神経は、僅かに冬悟の男の本能的な物を甦らせた気がした。



☆★☆★☆★☆



「おはよう」

翌朝起きると、すでに莉沙は起きていて慌ただしく学校と幼稚園に送り出す準備をしていた。


「おはよう………」

いつものように座れば、いい香りのコーヒーが置かれて、そしてトーストとサラダとスープが並ぶ。


そして、その莉沙と。

つい志歩を比べてしまった。


莉沙は小柄なせいか、ありきたりなカットソーにフレアースカートというのが、まあおかしくはないがすらりとした志歩が着ていたピシッとしたジャケットとワンピースと比べるとどうも所帯じみてみえた。


朝から、洸成が遅刻しそうなので、莉沙は忙しそうで朝の目覚めの悪い湖都の着替えを手伝いながら、


「洸成、早く食べないと遅刻しちゃうから」


冬悟はこの、朝のせわしない空気が嫌だった。朝くらいはゆっくりしたい、そんな勝手な気持ちはふつふつと沸き上がる。


そして、知らずため息が出て、意識を変えるべくTVを見る。TVを見ながら、家のざわめきを遠くに追いやる。

これが冬悟の日常だ。


朝の冬悟には、しかしそれほど時間があるわけではない。


洸成が、玄関を出ていき冬悟も続いてジャケットを着てコートを着て鞄を持った。


「昨日も遅かったのね。疲れてない?」


莉沙の言葉に、わずかに動揺する。


「あ、そうだな。慣れてるから大丈夫だ…いつものことだから」

「そう、いつも大変ね、気をつけてね」

「ん、行ってくる」


「行ってらっしゃい」

いつも通りの莉沙との会話。そこには冬悟の行動を不審に思ったり勘ぐったりしているそぶりはない。


(…………なんだ、やっぱり莉沙は大丈夫だ)


冬悟は内心ひどく安堵した。


しかし、今日は早く帰ろうと………。

何となくだが、そう決心をしたのだった。


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