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冬悟に忍び寄る罠


◆scene No.2◆


「もう出来上がってると思うから、今日にでも取りに行ける?」

妻の莉沙が紙を渡しながら言ってきたのは、先月に注文したオーダーシャツの事だった。


「試着してから受けとる方が良いかと思って」


「今日行けたら行ってくる」

玄関で紙を受けとり、靴を履きそして莉沙の渡す重たいビジネスバッグを持った。



 そんな朝のやり取りは、仕事をしていればすっかりと忘れていたのだが、珍しく莉沙からLINEが入ったのだ。


『お店に取りにいけそう?』

時計を見れば閉店間際には取りに行けそうだった。既読した事は分かるだろう、と冬悟はそのまま返事を書き込まなかった。


莉沙は妻としてとても理解がある。

仕事に対する理解があるからか、冬悟から連絡をしない限りはLINEをしてくることもないし、友人たちから聞く、ご飯がいるか要らないかで喧嘩をしたことなんてあり得ない。遅くかえって機嫌を心配したことなんてない。


 莉沙に対して不満がまったくないことはないが、冬悟の家を切り盛りしてくれていて冬悟にとっては欠くことの出来ない存在だ。


「奧さんからですか?」

にやにやと言われるのはご愛敬だ。


「早く帰ってきてとかですか?」

「10年も経てばそんな事一切ない。買い物してこい、だ」

「へぇ~大変ですね、俺の嫁さんはもう、早く帰ってこいとか、どこにいるのとか……」

困った様子の後輩で新婚ホヤホヤの山瀬 麻利央は、照れながら言った。そんなことを言いながらもまんざらではない雰囲気がぷんぷんしている。


「へぇ~、良かったな」

「よ、良くないですよ……!」


クスっと笑いながら冬悟は莉沙がそういうタイプじゃなくて本当に良かったと思うのだ。

そんな風に束縛を受けるのはごめんだった。


莉沙なら連絡無しで例え0時を回っても、ベッドから起きてきておかえりなさい、と言うだけでお風呂の準備をしてくれる。冬悟の行動の全てを受け入れてくれている。


これがきちんと起きてられるとまた気遣わしいのだが、冬悟にとってはちょうどよいのが莉沙なのだ。


街にある駅近くの大型のショッピングセンター内にあるG.blackに行けば、莉沙から連絡が来ていたのか、橘 志歩がすぐに冬悟を見つけた。


「お待ちしてました!どうぞご試着してくださいね」

試着も出来るし、と莉沙が言っていた。


「あぁしてみる」


それにしても、志歩は大人になったのだなぁと思わずにはいられない。ソフトボール部に入っていて、ショートヘアーで日焼けしていたボーイッシュな少女はきちんとした女性らしいワンピースを着ていてすらりとした美人に育っていた。

それも当然だ、10年以上時が経っているのだから。



試着室に入って、着替えをしていると

「着てみたら、チェックしますからお声を掛けて下さいね」


張りのある声は、リズミカルで心地よく気分を明るくさせてくれる。

「着れた」

カタンと試着室のドアを開けて入ってきた志歩は、シャツの具合を確かめながら


「着心地はいかがですか?」

「うん、しっくりしてる気がする」

「良かったです」


「じゃあ、これで」


と、言った所で、志歩がそっと近づいて来て、するとこそこそと耳打ちをした。

微かな嗅ぎ慣れない香水の香りに瞬間ドキリとさせられた。


「あの………昔馴染みの、という事で、お願いがあるんです」

「お願い?」

「実は………ストーカーにあってて……少しだけでも良いんです。一緒に帰ってもらえませんか?」

それは近頃多いと聞くし、何も被害が無いとしても気持ち悪いだろう。

「ストーカー?」

「はい……」


一緒に帰るくらいならと、冬悟は頷いた。

「いいよ、近くで待ってようか?」

「じゃあ、電話番号教えて下さい」


冬悟の番号を渡すと志歩は、嬉しそうにホッとしたように笑ってドアを少し開けて外へと出ていった。


試着室を出ると、近所に住む釼持 涼真が

「桐生さん、いかがでしたか?」

にこやかに聞いてきた。


「なかなかよさそうだ」

「次回から同じサイズでよろしければ、すぐにお作り出来ますよ」

涼真は、なかなかの爽やかな好青年だ。線の細い、スッキリとした外見は大抵の人からの好感を得られるに違いない。


その涼真の営業トークに冬悟も、

「わかった、また頼むと思う」

「ありがとうございます」


そしてなかなか商売上手だ。


会計をする涼真の隣で志歩がシャツを包んでいる。


「スーツとかも出来るんで、良かったら今度はそちらも」

やはり涼真は商売上手だと、冬悟は笑いながら頷いた。


店の外で、それを受け取った冬悟は、

「ありがとうございました」

の声と、それから蛍の光を聞きながら、店を後にした。

それから、適当に見つけた近くのカフェ入り、タブレットを鞄から取り出して、メールをチェックしたり、後は気になる情報をチェックしていると、志歩だと思わしき番号から電話がかかってきた。


『桐生先生ですか?志歩です』

はきはきとした声が聞こえてくる。

「近くの“珈琲森林”にいるからそこまでなら一人で大丈夫?」

『あ、はいすぐに行きますね!』


聞けば、最近引っ越したのだという志歩の家は、ここ、冬悟の職場と同じ駅と、冬悟の自宅のちょうど間くらいで、反対側とか遠いわけでない事に安堵する。


「で、どんなストーカー?」

「どんな人かわからないんです、でも………。帰ったら、物の位置が変わってる気がして………」


それは思ったより気持ち悪く、独り暮しの女性なら怖い事だ。


「鍵は変えた?」

引っ越したばかりなのだとしたら、

「いま、管理会社に聞いている所なんです……」

「じゃあ、怖いのは家なんだ?」


冬悟の言葉にコクンと志歩は頷いた。

色々と話しながらたどり着いたマンションは、女性には嬉しいオートロック式だ。


夜に女性の部屋に入ることは躊躇うが、異常を確かめて帰るだけだ。

冬悟は、志歩が生徒であったこともあり、さして深く考えずにそのままマンションのエレベーターに乗り込んだ。


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