惑わされる志歩
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◆scene No.1◆
橘 志歩は、中3の時、その年の春から家庭教師にやって来た、有名大の学生だった桐生 冬悟に一目惚れした。
切れ長のくっきりとした瞳だとか、整った鼻梁だとか。
骨ばった手とか、甲だとか………。
隣にいるだけで、胸がドキドキした。
6歳年上というのは、当時の志歩からはとても大人に見えて家にくる日は意味もなくそわそわと落ち着かなくて、ただ見てるだけで呼吸の仕方さえ分からなくなった。
そして、1年後に家庭教師が変わってしまった時には、本当にガッカリした。
だから………、冬悟がオーダーシャツを作りに来たときは……本当に驚いた。年を重ねた彼は、さらに素敵だと思ったのだ。
でも、素敵な人だから当たり前だけど、妻子もちだったのだ。
冬悟の後ろには莉沙の姿があったのだ。しっとりとした、華奢で綺麗でなおかつ可愛い雰囲気のある、インテリっぽい冬悟とはお似合いの。
こんな現代なのに、三歩下がってついて歩くような尽くすタイプに見えた。
また再燃しそうだった恋心は、あっさり瞬殺で破れたと、そう思い知らされた。
なのに………2週間ほどたったある日。
「こんにちは」
G.blackを訪ねてきたのは、冬悟の妻の莉沙だった。
「いらっしゃいませ」
「これを注文していたのだけれど」
莉沙の出した注文書の品物は、まだ出来上がっていなかった。
記載してある仕上がり日はまだ来てはおらず、
「お待たせして申し訳ございませんが、こちらはまだ出来上がって来ていませんので……」
そう志歩が言うと、
「いえ、期日前にこちらこそ………近くまで来たので、もし出来ていたら、と思ったの」
気を悪くした風でもなく莉沙はバッグに注文書を仕舞うと
「ねぇ、橘さん。休憩はまだ?良かったら、一緒にお昼でも駄目?」
「え?」
「一人だと、お店に入りづらくて」
小首を傾げて言う莉沙に志歩は、笑って応じた。
確かにお一人様で入れる人と、そうでない人がいるとは思うけれど、莉沙は駄目なタイプらしい。
冬悟を知っていた志歩としては、莉沙の事もまったくの他人とも思えないし、何しろ客としてきてくれたから、それならば……。と、
「ちょっと……聞いてみます」
店長の志賀 陸は、事情を話すとちょうどキリも良かったので、
「ああ、行ってきて」
と快諾してくれた。
「はい」
志歩は、店の中を見ていた莉沙に声をかけた。
「お待たせしました」
「大丈夫?」
「はい、私も誰かと一緒に食べる方がおいしいですし」
志歩と莉沙は、近くのcafeレストランに入り、レディースランチプレートを注文した。
「橘さん、志歩ちゃん、でいい?私の事も莉沙でいいから」
笑みを向けられて
「あ、はい。もちろん」
「あのお店は長いの?」
当たり障りない会話だ。莉沙の甘めの可愛らしい声は、耳に柔らかい。
「そうですね、かれこれもう3年目です」
「そうなの、帰るのとか遅そうよね?」
「ですね」
「そういえば………桐生は、本当にきちんと教えてたの?」
「教えてくれてましたよ。学校の先生よりもずっと」
「なんだか………想像がつかなくって」
クスクスと莉沙が笑うのでつられて志歩も笑った。近くにいるとそんなものなのかも知れないと。
そんな風に、色々ととりとめのない会話を、していたそんな最中………。
「ねぇ、志歩ちゃん」
「はい?」
「志歩ちゃんね、桐生が好きでしょ?」
「えっ………!」
絶句、してしまった。
そんなに態度に出ていたのかと、驚いてしまった。
すぐに否定するべきだ、そう思い口を開こうとした瞬間……。
「私の事は気にしないでいいの。素直に言ってみて。もしも………そうなら、あなたにあげる」
まじまじと莉沙を見すぎて、目が落ちるのじゃないかと思った。
―――あなたにあげる。
莉沙の言葉は妄想なのじゃないか?
もしかすると、志歩の妄想が聞かせた空耳じゃないのかと。
「………もしも、離婚することが出来たら、慰謝料からあなたに報酬も払うから………桐生と不倫、してみない?」
―――離婚。慰謝料。報酬。不倫。
追い討ちをかけていく莉沙の言葉にゾクゾクとした………。
「離婚………したいんですか?」
「ええ」
「それなら、こんなに回りくどいことをしなくても」
「ふんぎりが………つかないのよ。今の桐生は、夫として決定的な間違いは無いのだもの。でも、私の気持ちは………したいの。それには彼が不倫をしてくれて、証拠を掴めたら、私は有利に離婚が出来るし。あなたは報酬を手に入れて、そのまま続けるもいいし、別れたっていいわ。それは自由だもの」
「で、も。私が迫っても、何も、起こらないかも」
「それなら、それでいいの。私はそのままか、また次の手を考える。志歩ちゃんは若いし、綺麗だし、すぐに次の恋人を作れば良いと思うの」
「報酬って………」
様々な計算が志歩の脳裏を駆け巡る。
「成功したら、になってしまうのだけど………100は保証する」
コクン、と志歩は喉をならした。
正直、別れさせてまで冬悟が欲しいかどうかまでは分からなくて、でも………。
焦がれるような気持ちを抱いていた人と……普通なら赦されない、不倫という、そういう関係に妻公認でなるのなら……。
採寸をしていた時の、冬悟の大人の色気を思い出す。家庭がある男性と………関係をもつ。時に危険な恋を求める、女の性質というべきか、妻の公認という安全装置のついた背徳に暗いときめきが燃え上がる気がした。
冬悟という魅力的な大人の男と付き合う事で、目の前の莉沙の望みが叶って、上手くすれば報酬さえも入るなら………。
――――それならばどちらも不幸になるのじゃない……。
(やってみても………いいのかもしれない)
そんな心を読んだかのように、莉沙は言った。
「桐生に、商品を取りに行かせるから、その日に……誘い方はあなたに任せる、報告を待ってる」
するともしないとも、言っていない。
ただあるのは……、『夫と不倫して』という莉沙からの依頼を。
否定しなかった。
それだけなのだ。
「連絡先だけ、交換しましょ」
至って普通に、微笑む莉沙に志歩はスマホを取り出して、莉沙の出したQRコードを読み込んだ。
莉沙と志歩。
二人の関係はここから結ばれた。
そして、二人の関係は……何もはじまらない、かもしれない。
はじまるのかも知れない。
志歩にとっても、莉沙にとっても………まるで気軽にこんど遊ぼうという子供のように。
そんな不確かな……役に立ちそうにない頼りない口約束。
お読みくださりありがとうございます。
まだまだ序盤ですが、最後までお付き合いくださると嬉しいです♪