魔法の呪文
◆scene No.25◆
永峯家にお邪魔してる莉沙は、
「そういえば、……その後どうなの?」
そう円香に聞かれて、心臓がドキリと跳ね上がった。
「多分、別れたみたい」
莉沙はそう答えていた。雪は連絡寄越さなくなったし、冬悟が遅く帰る事もなくて……何よりもこの前の冬悟の言葉が、莉沙を支えていた。
(冬悟は……私を選んでくれた……)
そう思わせてくれたからだ。
「良かったね!莉沙ちゃん」
円香の、自分の事のように喜んでくれている様子に少しばかりチクリと胸が痛む。
「なんとなく……連絡をとってる感じもないし……早く帰って来るようになったし」
「そうかぁ~、元々真面目なタイプだから。一時の気の迷いって事ね!」
「うん」
莉沙は紅茶を飲みながら、
「円香さん、色々とありがとう」
「ううん、私は相談してくれて嬉しかったから、頼りにされてると、ね!」
端から見れば……。
何もなかった……だけど……莉沙にとってのこの数ヵ月は、荒ぶる海に漕ぎ出した小舟のように揉みくちゃにされた心地だった。それは全て自分の起こした嵐だったのだけれど……。
「円香さん所は、いつも仲良しだから」
「んふふ。年取っても、私は秀くんが好きよ」
そんなの自然と言える円香が莉沙には眩しい。
「ごちそうさまです」
「莉沙ちゃんも、言っちゃえばいいのよ。ある意味これ、便利な呪文だから」
「呪文?」
「そう。自分も相手も、そう思わせちゃう呪文」
「好きよ、かぁ……」
「誰だってそう、言われれば悪い気はしないでしょ」
「確かに………」
「それにね……。自分もこの人が好きだって思い込めちゃうの、嫌いだと思う人と過ごすより好きだって思う人と過ごす方が良いに決まってるから」
そんな円香の言葉に、莉沙は笑いながら頷いた。
だから……その夜……。
「おかえりなさい」のそのあとに……。
靴を脱ぐ冬悟の耳に囁いたのは呪文だった。
恥ずかしくてそそくさと、逃げるよう顔を反らした莉沙に、冬悟は軽くキスをして呪文を返してくれたのだった。
それは円香の言うように……魔法の呪文だった。




