冬悟の決意
◆scene No.20◆
土曜日、冬悟は仕事着であるスーツを着て、湖都の手を引いて莉沙と並んで歩いていた。
「あ、こんにちは!」
そう声をかけてきたのは、斜め向かいに住んでいる莉沙と仲良くしている永峯 円香と夫の秀和だった。
彼女たちもまた、洸成と悠成と同じ年の和希と陽希という子供たちが居るので、行き先は同じく参観だと思えた。
「こんにちは」
冬悟が会釈すると、
「こっちゃん、今日はお父さんも一緒で、嬉しいね」
「うん!」
はりきって返事をする湖都が、嬉しそうで冬悟にも愛らしく感じた。
「莉沙ちゃん、またお茶でもしよ」
「ありがと円香ちゃん」
自然と莉沙と円香が並んで話し出したので、冬悟は秀和と話す雰囲気になってしまった。
「これから仕事ですか?」
秀和の方からそう言葉をかけてくれて、冬悟は少しホッとしながら返事を返した。
「そうです。永峯さんも?」
「ですね」
穏やかな子煩悩な父親の秀和は、照れ臭そうに微笑んだ。
「こういうのに、行かないと滅茶苦茶怖いんですうちの」
秀和はそう言いながらも、にこやかに微笑んでいる。
「へぇ、そうなんですか」
「誰の子供だと思ってんの!って」
ははっと冬悟は笑って返した。
(………そうか……みんな両立させてるものなのか……)
学校につけば、土曜日の為か確かに父親の姿は多く、熱心に授業を見ていた。
悠成はまだ1年生だから、はりきって授業を受けているのがわかったし、洸成は難しくなってきた漢字もたくさん覚えて、その字をたくさん使って作文を書いていた。
「なぁ………莉沙」
「なに?」
「いや………でかくなったなと、思ってさ」
「そうね」
参観中でも湖都はやはりまだじっとしていられず、ゆっくりとみさせてはくれない。
「冬悟はゆっくり見てて、私はまた見られるから」
湖都を教室から連れ出して、莉沙は廊下へと出ていった。
(そ、か。当たり前だけど………一人で三人見るってやっぱり大変なんだな………)
一時間目と二時間目を見て、冬悟は仕事に行くことにした。
「莉沙、じゃあ……そろそろ行くから」
「うん、わかった。行ってらっしゃい」
「あ~、それから明日。出掛けようか……どこがいいか、考えておいて」
「え?」
「じゃ、また帰ってから」
冬悟はらしくない自分に、やや照れなからそう言った。
(……そんだけ……やってなかったってことか……)
「え~お父さん、行っちゃうの?」
「仕事に行くから、お母さんの言うこと、湖都はちゃんと聞いて」
「はぁい」
手を振り合って冬悟は小学校を後にした。
☆☆☆
「で………参観に行ってきたと」
謙豪にそう言われて、冬悟は頷いた。
「で、どうだった?父性に目覚めたか?」
「父性って………」
「男ってさ………産んでないから、ちゃんと意識して行動しないと父親になれないんだってさ」
「それ、誰の言葉だよ」
「俺」
「なんだ………」
「だから、会わせてもらえもしない俺が言うから真実味があるだろ?三人もいるんだから、父親の仕事も頑張れ。男の子なんて特に、父親の存在は大きいはずだからな」
謙豪は腕を組んで、頷いている。
「肝に銘じておく」
「でも……意外だったな」
「何が?」
「なんかこう、さ。プライドが高いから、そんな風に媚びるじゃないけど、家族サービスなんてするように思えなかった」
「……」
「頑張れ、しんどいのは怠ってきた罰だ」
はぁ、と、その言葉に冬悟はため息が出た。
時を戻せれば良いのに。
10年も過ごしてきたはずの夫としての冬悟は一体何をしていたのか……。気づけば、完璧にしてきたつもりでその実、完璧ではあり得なくて、だから……怠ってきた、と言われても返す言葉が無かった。




