志歩の怯え
◆scene No.17◆
別れ際のキスを交わして、車を降りた志歩がマンションへと入って行くのを見てから、ギアをドライブに入れて涼真は車を出そうとしていた。
その時だった。涼真の視界の隅にさっと男の姿が目に入って、なんだか違和感を感じた。思わず目を向け直せば、志歩の後をつけている気がした。
(……あやしいヤツ……)
なぜか胸騒ぎがして、エンジンを切って車を降り、志歩の入っていったそのマンションへと向かった。
そのマンションのエントランスで見たのは、志歩とあやしい男の二人の姿だった。
「やっぱり……私をつけ回してたの?」
聞こえてきた志歩の声から、『やっぱり』という言葉で涼真は前からその存在に気づいていたのだとそう悟る事が出来た。
「志歩が、こんなにすぐに男を何人もつくるなんて!そんな女だったのか?俺を騙してたのか?」
(………って、ストーカーみたく見張ってないと知らないことだよな?ということはやっぱりストーカーじゃねーか)
「拓斗とはもう、別れたの。私が誰と付き合おうと、もう関係ないの!」
そして、その言葉に元カレだと言うことが、スッキリと判明する。
「俺といたときから、何人もの男と付き合ってたのか!?」
荒ぶる声を発した拓斗を両手で押し退けた志歩は
「違うったら!」
叫んだその声は震えていて……それ以上黙って聞いていられなかった。
「おい」
涼真はその拓斗と呼ばれた男の肩を掴んだ。
「涼真………!」
志歩の目は、怯えていて、すがり付くように涼真を見ていた。
「こいつは今は、俺のだけど……。けーさつ呼んでいい?これって立派なストーキングで犯罪だけど」
志歩を自分の方へと力づくで引き寄せて、涼真の後ろに隠して、出来るだけ冷たい視線を拓斗へと向けた。
拓斗は、ごくごく普通の若い男だ。
しかし、今はその目は興奮してギラギラとしていて血走って見える。
「し、志歩は俺と住んでたんだ………居なくなって、俺は……!」
「知るか。自分で何とかしろ、そうやって依存してたから、逃がしたんだろ」
「志歩はお前以外にも男がいるんだ!」
それは恐らく冬悟の事だろう。それだけ志歩を監視していたという訳で、涼真からしてみればますます怒りが込み上げてくる。
「それがどうした、志歩はそいつとはもう別れてる」
「う、嘘だ………絶対また会うに決まってる!」
「それは俺と志歩の問題でとうの昔に別れたお前には関係ない」
「だから、前からそんな女だったんだ!」
「うるさい、失せろ。2度と志歩の前に現れんな」
涼真は、拓斗の胸元を掴んでもう一度言った。
「失せろ、そうすれば警察には言わない」
拓斗の目は、志歩と涼真を代わる代わる見てそして、勢いを失った。
「ストーカーじゃない……取り戻したかっただけだ」
「志歩の行動を………監視してた時点で、立派なストーカーだよ」
涼真は、掴んでいた胸ぐらを離して、トンと軽く押した。
「大人しく帰れ」
拓斗はようやくのろのろと、背を向けてマンションから出ていった。
振り向くと、顔色のない志歩がいて………。
「……あ………」
「部屋まで送っていく」
涼真が志歩を支えると、やっとという感じで歩いてる志歩はいつになく頼りなげで………。
一度だけ上がった部屋まで連れていったが、凍りついたように涼真の服をつかんでる志歩を一人に出来ずに、涼真は部屋まで上がった。
「怖かったな……」
一言そう言うと、子供みたいにしがみついて涼真にすがってきた。
もしかすると……あの拓斗の行動ゆえに志歩には不安をまぎらわせる誰か、それが必要だったのではないかとそう憶測が出来る。
それが……たまたま、桐生 冬悟だったのかも知れない。
それにしても……。
普段、明るくて元気ではきはきしている志歩の、こんな弱った姿を見てしまえば………。
“不倫してる女”だから、その関係を壊して、それから自分の物にしてから捨ててやるという動機で近づいた涼真だったけれど………。
(………ヤバイな………これ)
志歩の部屋で、お互いの体温が同じになっても抱き合ったままいつしかそのまま二人して眠っていた。
今は涼真を見て引き下がったが、このまま拓斗が諦めて引き下がるのかはいささか問題は残されたままだった。