夫婦の溝
慌てたように先に寝てしまうのは、もしかすると冬悟の事を避けているのか?
なぜかそんな事が脳裏を過り、ざわりと心が騒ぐ。
だとすれば、それはいつからできっかけがあったのか?
莉沙と……きちんと話したのはいつだったか?
ふと、テレビの横の棚に飾ってある写真が目に入った。そこには新しいものは悠成の入学式、それから卒園式……洸成の入学式……湖都の入園式………一昨年した、悠成と湖都の七五三だった。
見ているうちにあることに気がつく。
そこには……子供達の姿だけで、莉沙も冬悟もいない。
その上の棚に並ぶアルバムを手にした。
何気なく触れたものを見てみればそれは湖都のものだった。
それは莉沙が1年毎に一人一冊に纏めている去年のものだった。
湖都は、唯一の女の子で産まれた時、莉沙はとても喜んでいた。
冬悟に似てると言われる湖都の、色々な顔がそこにおさまっていた。
見ていくうちに……冬悟は、さらに打ちのめされる気になっていった。
そこには………やはり自分の姿はおろか、莉沙の姿も写っていなかった。
何故ならば………。莉沙が撮影すれば、莉沙が写らないから、そして冬悟が居ないのは………そこに自分が居なかったからだ。
やっと見つけたのは………七五三と、入園式。それは一昨年の事になる。
しかし時々は、冬悟は、子供たちと遊んでやってるはずだ……。夫として、父親として、やるべき事はやって来た。
そう思い、よくよく思い返せばそれが月に一回もあるかなしかだと思い至る。
そうすればそれは年に片手あるかないか………。
他のアルバムも見てみた。洸成の物は冬悟の写っている事も増えたが………少なかった。そしてそれは、まだ小さな頃の物だった。
「………問題がないと………家族円満だと思ってたのは、俺だけか?」
呆然とした気持ちで、莉沙が出ていった方の扉を見つめた。
莉沙がいつも冬悟に何を話していたか………。
思い出せば、そこにはまるで必要だから、話す。
そんな内容しか思い出せなかったのだ。
莉沙は大丈夫だと………疑いもしなかった。
うちは、円満な一家だと、考えるまでもなく当然だと……。
『………変ですよ。実は上手く行ってないんじゃないですか?』
『それだけ………我慢してるんじゃないですか?奥さん』
不意に志歩とした会話を思い出した。
「我慢なんて……そんな、はずは……」
いつから、だろう。
さっきの、莉沙との緊張した会話を思い出す。
ある意味、初対面の人間よりも遠い気がした。
いつから、じゃない………長年かけて、少しずつ遠ざかっていた。
考えてみれば……この5年近く、手にさえ触れていないかも知れない。そんな事を気にもしていなかった………。
それは言い換えれば、家庭へ、莉沙への無関心。
そんなつもりは無かった。ただ、莉沙なら大丈夫だ、意味もなくそんな風に思い込んでいた。
あの涙を見るまでは
気がついてみれば、海溝なみの深い深い溝がそこにはあった。
(どうする、冬悟……)
それは考えることを放棄したくなるくらい、正答の出そうにない問いだった。
「めんどくせ………ほんとに………めんどうだ……………」
冬悟はビールを一気に飲み干して、アルバムを元に戻した。
気づかなければ良かった………。
冬悟は……片手で顔を覆った……その手は、冷えたビールの冷気を伝えて、キンとさせてくる。
過去のどこかに戻れる、そんな事が出来るわけじゃないんだから……。
寝室に行けば、ダブルベッドには莉沙がいて、その真ん中にはまるでバリケードのように湖都がいる。
莉沙は冬悟の方には背を向けていて、それこそが莉沙の心情を表している気がした。
家がこんなによそよそしく居づらく感じたことははじめてだ。




