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莉沙の謎


◆scene No.13◆


『今日は職場の人に誘われてしまって、会えない。ごめんなさい』


志歩からのそんなLINEに気づいたのは、9時をすぎてからだった。

「………なんだ……」

冬悟は、駅近くに着いた所でそれに気づき拍子抜けした。


志歩と会うこと、それは……何とも言えない、家や外での色々な『桐生 冬悟』という肩書きを一切忘れさせてくれるそんな時間だった。だだの一人の冬悟で居られた。


だから……少しばかり、会えなくて残念に思いながらも、どこかそれでいい、と思っている冬悟もいた。


志歩が好きか嫌いかで言えば好きだし、だからこそわざわざ会うわけで………だが家庭を壊してまで志歩を得たいか、といえばこれはまた違う問題な訳だった。冬悟は……離婚など、そんな選択を選ぶなどあり得ない……、人生に×印は……絶対につけない。


自分でも狡い男の言い分だなと思ってしまう。


そのまま駅の改札を通り、真っ直ぐに帰路に着く。


ここの所、仕事が忙しくて志歩と会うのもひさしぶりだったが、たまには家に早く帰るのも悪くない気がした。


駅から降りて、バスに乗り変え住宅地に足を踏み入れれば、良く似た外観の家が並ぶ。そのうちの一軒が冬悟のマイホームだ。


二階の電気は消えていて、一階の電気は点いているから莉沙がまだ起きているのだろう。


「ただいま」


そう言って入ったが、いつものような莉沙の返事は無く、冬悟はそのままリビングへと入っていった。


「莉沙?」


声をかけると

「えっ!!」

ビクンと驚いた風の莉沙は、キッチンにいた。料理中で聞こえなかったのかと思ったが………。


冬悟を見上げて驚いている莉沙の頬は……なぜか濡れていた。


「何か、あったのか?」


ひどく狼狽した声を、冬悟は発した。

「え、と。何でもない……玉ねぎ切ったら……泣けちゃって」


莉沙はそう言ったが、キッチンには玉ねぎは無く、きっちりとならんだタッパーだけだった。そしてそこにもあるのは綺麗にカットされた人参だった。


「お、お風呂。沸かし直すね」


パタパタとバスルームに向かう莉沙を見ながら、キッチンにそのバスルームのスイッチがあるのにな……と、冬悟は思いつつ、鞄を置いて、ジャケットを脱いだ。


慌てた様子の莉沙が、なんだかおかしく見えた。


(帰ってきてそんなに驚くか?それに……泣くほどの事があったなら、相談くらいすればいい……)


まるで冬悟が帰って来ないと思っていたみたいな慌てぶりだったし、泣くほどの事なんだったら、話せば良いのに、冬悟に相談もしにくい内容なのか?


(……なんだ?……子供の事か?……それとも……もっと別の?)


パタパタとまた戻ってきた莉沙が


「ご飯は?」

「じゃあ、軽く食べるか……」

軽く食べたからそれほど空いていないのだが、何となく莉沙の事が気になり、そう言った。


「用意しておくから、お風呂に先に入ってくる?」

「ああ……そうするか」



 湯船に浸かりながら、莉沙の行動がやはり不可解に思える。それは冬悟に後ろめたい事があるからかも知れないが、それはもしかすると………。


(まさか……気づいてるのか?)


冬悟の浮気に……。だとすれば………泣いていたのも、玉ねぎではなくて冬悟のせいかと思えば、何となく辻褄が合う気がした。


それは、ようやく、どこかで気づかないようにしていた莉沙への家族への罪悪感を生み出したのだった。


いつも以上の早風呂を済ませて出てみれば、テーブルには湯気を立てている魚の煮付けと、味噌汁とほうれん草のお浸しが並んでいて、食欲をそそる。


ちらりと莉沙の様子を伺うが、さっきの不可解な行動はなくいつもの莉沙だ。


明日の分の下拵えを終え片付けに入っているらしく、キッチンは片付けられていく。


「ごちそうさま」

「あ。はい」


莉沙が食器を下げにきたから、

「これくらい、やるよ……少し休めば?」

「え?」


戸惑ってるのがわかる。

それはそうだろう。いつもなら、そのまま食器も置いたままで莉沙に任せっぱなしなのだから。

「いいの、疲れてるでしょ」


「じゃあ、一緒にやる」

冬悟は、莉沙と話す何かきっかけが欲しかった……何でも……。


「………ありがとう………」


冬悟が洗った分を、莉沙が洗い流し、乾燥機にいれていく。

並んでいるだけで会話はない。


横目で見れば、莉沙の背は小さくて冬悟の肩よりも低い。知っていた筈なのに、こんなに小さかったのか?と思う。

それだけ横に並ぶのもひさしぶりの事なのかも知れなかった。


伸ばしっぱなしの黒髪は、緩く束ねてあるが結婚前は明るく染めていたな、と思い出す。

冬悟の分だけだから食器はあっという間に、洗い終わる。


「そういえばさ、弁当も今は冷食とかあるから使ってみれば?全部作ってたら大変じゃないのか?」


「……『子供って母親が作ったものは、覚えてると思うんだよな』って私が冷食使った時に冬悟が言ったんだよ」


「それで止めたわけ?駄目とは言ってないけど」


「言ってないけど、そう、聞こえるものなの」


冬悟の母親は、大きくなってきて知ったことは、他の家と比べると家事を完璧なまでにやっていたと思う。

朝昼晩と、おやつまで手作りだった。それに裁縫も。

そういう事を、母親がして当たり前だと思っていた所はある。


冬悟は、年の離れた姉とそれから弟の3人で、母は専業主婦。

一方の莉沙は、共働きで育ったらしくおやつがあったことにも驚いていた。

冬悟の言うことは、もしかするとそんな母と比べて発言して、莉沙により負担をかけていたのかもしれないと思い至る。


並んでいると、莉沙の顔は見えない。それはすぐ側に立っていれば、莉沙の方が小さいからだ。


「そっか……そんなつもりはなかった。悪かったよ」

小さな頷きはあるが、返答はなく………


そのままやや、急ぎがちに片付けを終えると

「………手伝ってくれて、ありがとう…………先に寝るね」

莉沙はそう、まるで逃げるかのように言った。


冷蔵庫からビールを出した冬悟は、ロングワンピースを着た莉沙を見送った。

「ん、おやすみ」

「おやすみなさい」


そちらを見た時には、すでに莉沙の顔は扉の向こうを向いていて、よく見えなかった。


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