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予期せぬ乱入者


◆scene No.12◆


 その日、志歩は少しひさしぶりに冬悟と駅前で待ち合わせをしていた。この日の店じまいは釼持 涼真が責任者で、最後は志歩と二人になっていた。


ちらちらと無意識に余程時計を気にしていたのか、


「なに?橘さんデート?」

笑いながら涼真に言われてしまい


「違いますよ、私フリーですもん」


志歩は冬悟の事を聞かれても困るから、とっさにそういう風に答えていた。それに……冬悟は彼氏とも言えないから、嘘でもない。


その事には、やはり虚しさを感じる。


冬悟の言葉の端々には、莉沙に対する絶対的な信頼とも言うべきものがあり、それは容易に立ち入れるものではないと、感じさせられていた。結婚、というのは……やはり、結びついてる物があって簡単には壊れない物なのかも知れない。


冬悟のその思いは、本人ですら気づいてないかも知れない。分かっていたら、こんな事になっていないはずで……。


それに……


やはり不倫なんて、どんなに相手が好きなのだとしても……やはりするものじゃない。

帰っていく冬悟の後ろ姿を見送る度に、思い知らされ温かく満たされた心は、一瞬で冷える。

それを繰り返す毎に……思い知らされて。


いつしか会うたびに熱くなっていた心は、温かくなることさえも、次第にその温度は低くなっていっていて………。


どこで終わりがくるのか、それとも続けられるのかを心のどこかでビクビクとしながら過ごしてる。


だから……冬悟の事は誰にも言えない……それが不倫という事だから。堂々と言う人もいる、だけど、志歩はそれが罪だと知っている。それでも足を踏み入れたのは、莉沙からの言葉があったからだ。


「橘さんならいくらでもいそうなのにな」

「さすが釼持さん、口が上手いですね」


涼真は爽やかなおしゃれ系イケメンで、彼が着ている服は売れやすい。パートナーのプレゼントを買いにきた女性受けもよくて、そのさっぱりとした営業トークは他の誰かが真似しても出来るものでもない。


「じゃあ俺とこの後、飯でもど?」

「え?」

「たまにはいいでしょ。俺もフリーでさ……最近一人飯も飽きたんだよな」

「で、でも私この後」

「ちゃんと家まで送るから、こんな時間から遊ぶ友達もいないでしょ」


確かにこんな平日9時過ぎから、遊ぶ友達なんてこのくらいの年齢になると学生じゃあるまいし社会人になった今まずいない。

志歩も涼真も、明日は遅番だから、遅くなっても今日は大丈夫なのだ。


「じゃ、決まりな。ちゃんと奢るって」

軽やかに笑われて、志歩はしぶしぶ頷いた。現金だが独り暮らしをしている今『奢る』の言葉に弱いのも確かだ。


冬悟に連絡しないと………。

トイレに行って、行けなくなったとLINEのメッセージに残す。


――――冬悟には連絡をしたが………莉沙には入れ忘れていた。


涼真と入った店は、個室ありの居酒屋で同じ職場であるからやはり話ははじめは仕事の事から始まる。


一歳しか違わない分、志歩は次第に気持ちも解れていく。


「なぁ、橘さんから見てさ俺ってどう?」


「ええ~?見たまんま、普通にカッコいいですよ?口も上手いし」

「じゃあ別にキライじゃない?」

プッと笑うと、

「なんですか、気にしてたんだ?」

「そりゃ、気になるだろ?女子にはあんまり嫌われたりしたくないけど、時には厳しい事も仕事だから言うし」


涼真とこうして二人で食事なんてはじめてだから、そんな事を気にしてるなんて思いもしなかった。


ドリンク飲み放題にしたこともあり、志歩もそのペースにつられてけっこう飲んでしまった気がして、ふわふわと酔いが回っている。


「じゃあ送るよ」


夜も遅いし、近くまで甘える事にした。それに……涼真は、どちらかと言うと職業柄なのか男を感じさせなくて志歩はさして警戒もていなかった。


何よりも帰路の不安はまだなお続いていたから……。


「じゃあ……お願いしちゃいます」


涼真のトークは軽快で、そして程よいテンポよく意味のない会話をしていればあっという間に志歩のマンションへとたどり着く。


「じゃ、ここで」


「あー、あのさ。ちょっとトイレ貸してくんない?限界で、さ」

確かにたくさん飲むと近くなる。

そして、近くにはコンビニもなくて……。ここまで送ってきてもらって、そして屈託なく言われれば了承せざるを得ない。


「トイレだけですよ?」

「もちろん~」


玄関を開けたまま、部屋に上がった涼真が出るのを待つことにする。


トイレから出てきた涼真は、志歩の部屋をぐるりと見回している。プライベートを覗かれてる気がして落ち着かなくてそわそわとしてしまう。


「………カレシいないって言ってたわりに……グラスとか二個用意してあるよな?」

冬悟が来る予定だったから、キッチンに置いてあったグラスを涼真は手に触れている。


「ちょっと………釼持さん!」

「………不倫、なんだろ?」


『不倫』と言われて、酔いにふわふわとしていた脳が一瞬にしてさぁっと音を立てて、真っ白になってしまった。


「えっ?」

「相手がいるのに、言えない。つまりは………隠さなきゃいけない、妻帯者なんだろ」

微笑みつつ、涼真は志歩の手首を掴んだ。


「駄目だな……客商売なのに、そんな事してたら。お仕置きものだよな?」

冷たいような、その視線を受けて志歩の動揺は収まりを見せない。しっかりと捕まれた手首の感覚が涼真の本気を伝えてきていた。


「け、釼持さん。ちょっと、変ですよ」


「否定はしないんだ?」

「ひ、否定って」

「不倫なんてしてないって」

志歩は涼真の言葉に、唇を噛んだ。

すぐに否定すれば……良かったのだ。これでは……こんなに、動揺していては認めたに等しくて


「俺しとけば?……俺なら……お前一人だけを大事にしてやるよ?」


「う……そ………」

いきなり色っぽい空気を醸し出した涼真に、思わず意味のない台詞しか出てこない。

「うそじゃねーって」


「どんなに好きでも………、家庭ある男なんて止めとけよ」

「釼持さん、離して」

細いようで、力ある手は尚もしっかりと手首を掴んだままだ。

「涼真だよ」

真剣な眼差しで覗き込むように言われれば、その顔が志歩の視界を覆い尽くす。

その存在を知らしめるように……。


「………じゃあ、また明日な。今度の一緒の休みの日、デートでもしよ」


「デートって」

「どうせ、そいつとはデートもしてないんだろ?向こうは休日は嫁と過ごすんだろうし、志歩は俺と過ごしたって良いだろ?」

んっ、とスマホを出されて


「な、なに?」

「アドレス」

涼真の言うことも………一理ある気がして……、何となくスマホを出してアドレスを交換した。


「じゃ、休み、楽しもうな」


ポンポン、と頭を軽く撫でられて志歩は思わず頷いた。


そんな風に涼真を見たことがなかったから………。驚いた、本当に………。

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