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莉沙の後悔


◆scene No.11◆


雪から送られてくるメッセージが、一つ増えるにつれて……、莉沙の心はずんと重くなっていっていた。


(もっと………清々するかと思っていたのに……)


今夜、冬悟は志歩と会っている。

湖都が横で眠るベッドに寝そべりながら、莉沙の目には涙が滲む。


(馬鹿なことをした)


こうなってはじめて、莉沙はどこかで冬悟は浮気なんてしないと、志歩の誘いに乗らないということを期待していた自分に気づいた。

莉沙の心にはまだ、冬悟へ対する気持ちがあった……。


その僅かな気持ちが、莉沙の心を揺さぶり、苦しい想いを呼び起こしてしまった。


なぜ……あの日……志歩にあの話をしてしまったのか………。


そうでもしないと……、この結果(・・・・)を見ないと、自分の気持ちにけりがつけられない……からだった。


冬悟の不倫。

それを………認めれば………断ち切る事ができるかと……。

そんな風に、思えたから………。


『雪』、雪の結晶……六花(りっか)、りっか、立花(りっか)、たちばな、橘。


橘 志歩。


若くて、綺麗で……明るくて………。はきはきしてて、輝くような笑顔で……生き生きと仕事をしてて。


素直で。


冬悟はあの子を選ぶに違いない。

莉沙だって……こんな、所帯染みた女よりも志歩の方が良いと思う。


莉沙は冬悟しか知らない。冬悟はここ10年、夫としてずっと懸命に頑張って務めてきていた。だけど……いつしか……わからなくなってしまった。このままで、良いのかが


でも、今心を占めるのは……

隣に眠る湖都の健やかな寝息を聞きながら、莉沙は後悔していた。


(ごめんね………湖都。お母さんが……壊してしまった………)


もう少し我慢するべきだった。


『離婚』

莉沙が望んだはずのその二文字。

それは幼い子供たちにとっても………親のその決断は大きな事だろう。

分かっていたくせに、莉沙はふいにその引き金を引いた。


 そもそもの……きっかけ、それは……


冬悟の祖父母の家に行ったときの事だった。

従兄弟同士、お酒を飲み交わしながら和気あいあいと話しているその会話の中を聞いてしまったからだ。


他愛ない男同士の、おふざけだったかもしれない。

『冬悟のとこも、もう10年か!でも莉沙さんはまだまだ若いし可愛らしいよな、うちのなんてさ……』

とぼやく冬悟の従兄の声に

『そうそう、うちも女っていうか……お母さんだよな』

もう一人の従兄が言い

『莉沙だってもう30過ぎたし、そんな風には見れない』

冬悟の笑いながら同意する声が聞こえた。


冬悟は、その従兄弟たちの中では一番年少で、単に合わせただけかも知れない。

けれど……

(そんな風には………見れない……)


それは、ほんの些細な一言を聞いたに過ぎないかも知れない。


でも………。冬悟と莉沙は、湖都を妊娠して以来夫婦生活は絶えていた。だから


(………ああ、そうか。冬悟にとって………私は、女で無くなったんだ)


そう理解した時、同時に自分が憐れに思えた。

冬悟が、一家の柱として頑張っていたのは分かっているけれど、莉沙だとてこの10年頑張ってきていた。


子育ては、一日たりと休みもなくて想像以上に大変で、まとめて眠れる夜は洸成を出産してからずっと無くて、体力も気力も辛くて。

外では母親同士の付き合いや、子供たちの友人関係の問題で悩まされ、なのにそれを評価されることはなくて。


出来ていない事だけは、責められて……。


このまま年だけ重ねて、人生を終えるのかと。

莉沙はまだ33歳で、自分では枯れているつもりはなくて………。でも、冬悟が単なる家の付属物のようにしか扱わないなら。

そんな焦りと……苛立ち。


そして、女としての莉沙。


冬悟がもしも……志歩を拒絶してくれてたら、冬悟はそういう性質なのだと納得出来たのに。


(違う……冬悟も、志歩も悪くない。表面上は平穏だったのに一石を投じたのは………私)


「………苦しいの………冬悟………」


呟くと、後から後から大粒の涙が溢れて、頬を熱くしていった。


「苦し………い…」


早く帰って来て………そして、いつものように。

文句でも何でも言われてでもいいから、莉沙を見なくてもいいから、早く………帰って来て欲しかった。


双六みたいに振りだしに戻る、そんなマスは存在しない。


その事が莉沙をさらに追い詰めていく。

でももう、無かったことには出来ない。


「冬悟……」


今の莉沙は、単に夫に見向きもされない家具以下の惨めなだけの女だった。その事を思い知らされて、離婚へと向けて慰謝料をとるべく闘う気力は………沸いてこよう筈もなく、ただただ、惨めなだけだった。


いつ、別れを切り出されるのかとビクビクしながら暮らす。前よりももっと、惨めな。


そんな淋しいだけの……存在だった。

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