これが僕の選択
いつもと変わらない学校が終わり、ついに放課後が来た。
新波さんのことが気になってしまい、まったく授業に集中できなかった。
まあ、いつも眠いのを我慢するか、色のコード名を覚えることしかしていない僕にとっては、大していつもと変わらないことだ。
こんなことをしているせいか、成績はあまり良くない。
成績は悪い、運動はできない、そんな僕を認めてくれる人はこの世にいるのだろうか。
きっといない。
みんなが口を揃えて言うだろう。
"存在する価値なし"と。
色を失う、性格は暗い、人に自慢できるところが一つもない。
ため息をつきながら歩いていると、いつの間にか原っぱについていた。
何度もこの場所にくると、昔に戻ったみたいで少し嬉しくなった。
本当に戻れたらいいな、なんて思っていると僕を見つけた新波さんが走って近づいてきた。
「なんかいいことあったの?」
少し息切れをしながら、不思議そうに問いかけてきた。
「別にないけど……なんで?」
「顔、にやけてるよ」
「に、にやけてないから! 変な言い方しないでよ!」
両手で口を隠した僕を見て、笑う新波さん。
「あははっごめんね、冗談だよ」
「冗談に聞こえなかったよ」
僕の両手を口から離して、にやけてないよと笑う彼女。
「本当にごめんね! でも、嬉しそうな顔はしてたよ」
ここに来た時に感じた感情を、思い出して新波さんに話した。
「え……あ、ここに何度もくると昔に戻れた気がして少し嬉しかったんだ」
「へえー、よく来てたんだね、友達と?」
「うん」
「赤坂くんって友達いたんだね」
「なっ! 僕だって友達くらい、いるよ!」
さっきから新波さんは、妙にぼくをからかってくる。
少し悔しい。
「だって赤坂くん、一人でいるじゃん」
確かにそうだ。でも今と昔は違う。
「……色をなくしてから人と関わるのが怖くなったんだよ」
色をなくしたことを言い訳にしているだけ、自分でもわかる。
新波さんはなんて言うかな、なんて思っていると彼女が口を開いた。
「そっか……でも私がいるから、もう一人じゃないね」
笑顔で言った彼女の言葉にまた僕は救われた。
照れくさくなってしまい、さっきのお返しに僕もからかった。
「え……僕たちって友達なの?」
「え! 友達じゃなかったの!?」
困ったような悲しいような顔をしている新波さんが、おもしろくて笑ってしまった。
「なに笑ってるの? 私は悲しんでいるのに」
本当はもう少し懲らしめようと思ったが、頬をふくらます新波さんがあまりにも可愛くて、すぐに謝ってしまった。
「ごめんね、冗談だよ」
「本当?」
「うん」
「…友達になってくれる?」
「もちろん!」
力強く僕は答えた。
「これからよろしくね! "友也"」
急に下の名前を呼ばれて鼓動がうるさくなった。
「え……あ、うん! よろしくね……あかり」
すこし小さな声で名前を呼んだ。
満足そうに笑う、あかりにつられて、僕も笑った。
二人の周りには、温かい笑顔が広がった。
しばらく笑いあった後にあかりが口を開いた。
「あのね、ここに呼んだのは、お願いしたいことがあったからなの」
あかりの真剣な表情に、僕まで緊張してしまった。
「お願い?」
「うん、嫌だったら断っていいからね」
「内容によるけど……あかりの頼みだったら断ったりしないよ」
「ありがとう」
小さくつぶやいた後、あかりは口をなかなか開かなった。
どうしたのだろうと不思議に思っていると、急に口を開いた。
「友也!」
立ち上がって僕の方を見た彼女は、大声で僕の名前を呼んだ。
「え、はい」
「あ、あのね」
「うん」
深呼吸を繰り返す、あかり。
何か声をかけようと思って口を開こうとしたら、彼女はまた大声で叫んだ。
「死ぬのを手伝ってください!」
人通りの少ない道でよかった。
いや、今はそれどころじゃない。
「え…自殺を手伝えってこと?」
「うん! 私も色を取り戻す手伝いをするから!」
無理だ……彼女の頼みは断らないとは言ったけど、まさか頼みが死ぬのを手伝うことだとは思わなかった。
もし、それであかりが死んだら僕は殺人罪になる。
警察、牢屋、テレビで見たことのある言葉が、僕の頭を回っている。
「こんなこと頼んだのは友也が初めてだし、友也にしか頼めないから……」
まただ……僕はあかりのこの言葉に弱い。
「わかった」
言ってしまった。
「本当!? ありがとう!」
これが僕の日常を大きく変える、一つ目の選択だった。