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二人の秘密

 ついに謎の多い彼女の秘密がわかる。


 うるさい心臓は、知りたかったことを聞けるからなのか、彼女の秘密を共有することができるからなのかは、わからないがたぶん後者のほうだろう。


 彼女はゆっくりと小さな声で、少しだけ怯えながら話し始めた。


「私ね……毒を飲んでも心臓を刺しても高いところから落ちても……死なないんだ」


 何を言っているのかわからなかった。

 頭の整理が追いつかなくて、素っ頓狂な言葉しか出ない。


「…え?」


「……気持ち悪いよね、だから猛毒のキョウチクトウを食べても、苦しいだけで、絶対に死んだりしないの」


 僕は何て言ったらいいかわからなくて、口を開くことができなかった。

 しかし、僕のことはおかまいなしに、話を続ける彼女。


「昔ね、ここで自分にガソリンをつけて、燃やしたことがあるの」


「……は?」


 開いた口がふさがらなかった。


「アハハ……びっくりしたよね、でも私は体の一部が少しでも残っていれば、そこからまた新しい体を作り出すことができるんだ」


 彼女の言葉はうそだとは思わないが正直、信じることができなかった。

 だが、これが本当だとしたら、彼女はどれだけ苦しい思いをしたことになるだろう。


 色が見えない僕の悩みなんて、些細なことにしか思えなくなってきた。


「痛くても苦しくても、いつかは死ぬことができると信じて、何度も何度も自殺を繰り返した……たくさんの方法を試した……でもね全部、上手くいかなかったの」


 今にも消えてしまいそうな彼女。


「……あのさ、親は知ってるの?」


 なんて言ったらいいかわからない、僕の口から出た質問。


「言ったら……化け物だって言われて捨てられるよ」


 また泣き出した彼女。


 慌ててごめんねと言うと、また首を横に振った。


「えっと……なんで? なんで死にたいの?」


 一番、聞きたかった質問を彼女に尋ねる。

 このタイミングで、聞くのはどうかと思ったが、今しかないと思って聞いてみた。


「……私は普通の人間じゃないから……いくら殺しても死ぬことはないゾンビだよ……そんな私が近くにいたら皆、怖がるに決まってる……」


 涙のせいでうまく話せない彼女は、一呼吸置いてから、またゆっくりと話し始めた。


「今は皆、何も知らないから普通にしているけど、もし知ったら……赤坂くんだってどうなるかわかるでしょ? ……親にも迷惑かけたくないの、だから死にたい」


 彼女の言葉は、重く僕にのしかかってくる。


 本当だ……この話は本当なんだ。

 今さら彼女の言葉を信じ出した僕は、自分が情けなく思えてきて、彼女の方を見れなかった。


「こんなこと言ったって"普通の人間"の君にはわからないよね」


 その言葉を聞いたとき、今まで忘れていた"普通の人間ではない僕"を思い出した。


 やっぱり僕たちが出会ったのは偶然じゃない。

 必然なんだ。


 そんなことを思いながら、一つ一つ丁寧に言葉を発する。


「僕もね……普通の人間じゃないよ」


「え……?」


「君ほどつらい思いをしたわけじゃないけど……僕もね、人と違うんだ」


 彼女の大きな瞳がさらに大きくなって僕を見る。


「僕ね、色が見えないんだ」


 初めて家族以外に話す僕の秘密。

 妙に緊張してしまう。


「色……?」


「うん、昔のテレビみたいに、モノクロの景色しか、僕の目に映らないんだ」


「え……? でも赤坂くん、クラスの子が先生にもらった花を見せたとき、"きれいな赤だね"って答えたよね?」


 あのときの記憶がゆっくりと蘇る。


「聞いてたの?」


「た……たまたま聞こえたの!」


 顔を赤くしながら焦って否定する彼女。


「そっか……あははっ」


 つい、笑ってしまった僕の顔を見て、不思議そうに首を傾げる彼女。


「なんで笑うの?」


「おかしいから」


 返答になっていない気がしたが、今はそんなことを考えるより、笑っていたい気分だった。


「ふふっ……あははっ」


 彼女の悲しい涙のあとを、綺麗な笑顔の涙が消し去るように、流れていく。


「君もなんで笑うの?」


「おかしいから!」


 しばらく二人で笑いあった。


「そろそろ質問に答えてよ」


 笑いすぎて出た涙を、手で力強くこすりながら、僕の方を向く彼女。


「えっと……なんだっけ?」


「もー、しっかりしてよ! なんで、あの花の色がわかったの? って質問したでしょ」


 頬を膨らまして僕の肩を叩いてきた。

 意外と力強く、叩かれたところが痛い。


「あー、思い出したよ、識別コードのことだね」


 叩かれた肩をさすりながら、答える。


「識別コード?」


 ごめんねと両手を合わせて謝ってくる彼女に

 僕はいいよと言いながら話を続けた。


「その名前は僕が勝手につけただけ、色が見えなくなったときに、絵の上に文字が現れたんだ」


「見て、こんな文字」


 僕は地面に、#c63659というコード名を書いた。


「なにこれ……? 暗号みたい」


「僕も最初はそう思ったよ、でも調べたら、この文字は色を表す暗号だったんだ」


「色にはね、一つ一つにコードっていう暗号があるんだよ、これはピンクのコード」


 目をキラキラと輝かせながら地面の暗号を見る彼女。


「へえ、すごいね」


「他にもいっぱいあるんだよ」


 いつも持ち歩いている識別コードの紙を見せた。


「全部、覚えたの?」


「うん」


 識別コードの紙を見て、頭が痛くなってきたと、片手で頭を抑えながら話す彼女。


「大変だったでしょ?」


「大変だったけど色は好きだし覚えて損はないからね」


 識別コードの文字の上に、濃い黒が重なって、文字が見えにくい。

 #ff4500……この識別コードは夕日だろう。


「……色、好きなんだ」


「うん……好きだよ」


 暖かい色をしていた僕達の気持ちが、少し冷たい色になった。


「小さい頃から大好きだった、色を失ったときは本気で死のうと思ったよ……でも、このコードのおかげで今、ここにいられるんだ」


 あのとき識別コードが、僕の目の前に現れなかったら、今の僕は存在しないだろう。

 そう考えると少し怖くなった。


「そっか……私にも赤坂くんの識別コード? みたいに生きたいって思わせてくれるものができるかな?」


 何一つ根拠がないのに、なぜか僕は力強く、彼女の言葉に答えた。


「うん、きっとできるよ」


「本当に?」


「新波さんが生きたいって思えるものに出会えまで僕がその代わりになってあげる」


 恥ずかしいことを言っているのはわかるが、どうしても彼女に笑顔になって欲しかった。


「いいの?」


「うん」


「ありがとう」


 うれしそうに笑う、新波さんを見て一度、感じたことのある想いが再び蘇った。


 ねえ、君は何色?

 閉めたはずの心の扉が、ゆっくりと開く音がした。

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