表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

毒の花の使い道

 いつもと変わらないモノクロの景色。

 いつもと変わらない日常。

 いつもと変わらない僕。


 何もない平凡な毎日が、終わりを告げようとしている。


 放課後はいつも図書館で、本を読んでから帰っているが、今日は違う。

 いや、今日だってそのつもりだった。

 しかし、図書館に向かう途中で、窓から花を抱えて走っていく彼女を見た。


 あれは間違いない。

 彼女の手に持っていたのは、僕が教えた"キョウチクトウ"だ。

 しかも、よりにもよってトリカブトよりも、毒の強い猛毒の方の花だ。


 きっと何か企んでいる。

 確証はないがそんな気がした。


 彼女の後ろ姿を追って僕も走ったが、いつの間にか見失った。

 今、僕がいるのは人通りの多い商店街。

 この狭い道路を多くの人が、行き来している。

 その景色が僕の目には、モノクロでしか見えない。

 つまり、昔のテレビが人の大渋滞を黒と灰色で、表しているようなものだ。


 例え、識別コードがあっても、この量のコードを読んでいくのは無理だ。


 それに彼女には識別コードがない。

 彼女のことは気になるが、この状況ではあきらめるしかないと自分に言い聞かせて、少し寄り道をしてから帰ることにした。


 周りの家からは、美味しそうな晩ご飯の匂いが漂ってくる。

 僕のお腹の音も、悲鳴をあげてきた。

 今日のご飯はなんだろう、なんて思いながら歩いていると、人通りの少ない道に出た。


 この先は昔、よく野球やサッカーをした、川沿い近くの原っぱがある。

 周りに建物はないし、広いから遊ぶにはうってつけの場所だが、流れの強い川がすぐ隣に流れているから、慣れるまで怯えて遊んだものだ。


 昔を思い出していると、急に懐かしくなってきて、久しぶりに行ってみたいと思った。

 お腹が空いたことなんて忘れて、思い出に引き寄せられた人形のように、フラフラと歩く。


 変わっていない思い出の場所に、安堵しながらゆっくりと歩いていると突然、女のうめき声が聞こえた。


「うぅーー、ゴホッゴホッ……し……たい……しに……たい……よ、ゴホッカハッ……ハァ……ハァ、ゴホッ……」


 苦しそうに"死にたい"と何度も繰り返して、ひどい咳を繰り返す彼女。


 誰か呼ぼうかと思ったが、人通りは少ないし建物は見当たらないこの場所で、人を呼びに行っている間に、彼女になにかあっては大変だと思い、とにかく彼女のところに行くことにした。


 声は橋の下の方から聞こえた。

 光を遮っている橋の下は暗く寒い。


 僕は声を殺しながらゆっくりと近づいた。


 橋の柱からこっそりと覗き込むと、うずくまって座っている髪の長い女の人がいた。


 震えて苦しそうにしている女の人を見て、すぐに大丈夫ですか!? と声を荒げて近づいた。

 声を殺してきてしまったせいで、急に話しかけた僕に、彼女は驚いて顔をあげた。


 その顔を見たとき僕は、心臓が止まるかと思った。


「え……? 新波さん?」


 新波あかり。

 僕のクラスメートで明るく可愛いクラスの人気者だ。

 

「君は……赤坂くん?」


 震えた声で僕の名前を呼ぶ彼女。


「……苦しそうだけど大丈夫? こんなところで何をしているの?」


 僕の問いに、少し困ったように俯いた。

 

 なかなか口を開かない彼女を見ていると、ズボンの近くから識別コードが出ていた。

 彼女からは、識別コードが出ないはずなのにと不審に思い、ごめんねと言ってズボンのポケットから出ている、長細いものを引っ張った。


 出てきたのは、花びらが欠けている花。

 その花の上には、#c63659というコード名が出ている。

 色がピンクでこの形は……"キョウチクトウ"だ。


「ねえ、新波さん、これ……食べたの?」


 僕の頭の中を、"死"という言葉が占領する。

 体から体温がなくなるような気がした。

 

 僕の言葉を否定してほしいと、心の中で彼女に叫んだ。

 しかし、僕の願いは虚しく、彼女の口から出た言葉は、一番聞きたくない言葉だった。


「うん」


 時間が止まった気がした。

 下を向いて微かに震えている彼女。


「この花何かわかる?」


「知ってるよ、赤坂君が教えてくれた花じゃん」


 長い髪を耳にかけて、僕の目を見てきた彼女。

 力なく笑う彼女の笑顔は、前にも見たことがある気がした。


「なんて言ったか覚えてる?」


「自分で質問したんだから忘れるわけないよ、毒の強い花でしょ?」


 ……驚いた。


 いつも通りに戻った彼女が、こんなことで嘘をつくはずはない。

 苦しかったと言っている彼女は、これを猛毒の花だと知ったうえで、口にしたのだろう。


 聞きたいことは山程あるが、毒の花の使用方法を聞いたときの彼女の放った"君には関係ないよ"という冷たい言葉と、恐ろしい顔を思い出してしまって、質問することができなかった。


 どうしようかと口ごもっていると突然、彼女が口を開いた。


「……驚いているよね、赤坂くんが聞きたいこと全部、答えるよ。私も一人で悩むのは疲れたし……でもお願いだから、このことは二人だけの秘密にして」


 小さな声だけど、はっきりとしたその言葉は、僕の胸に突き刺さる。


「……わかった、誰にも言わない、約束する」


 今にも消えてしまいそうな、頼りのない僕の言葉が、ちゃんと彼女に伝わるように、何度も返事をする。


「ふふっ、ありがとう、私ね……ずっと赤坂くんなら秘密を守ってくれるだろうなあって、思ってたよ」


 さっきとは違い柔らかい笑顔で僕の方を向く彼女。

 

「え……? 話したこともないのに?」


「うん、自分でもよくわからないけど赤坂くんなら大丈夫、信用できるって……不思議だよね」


 彼女の言葉一つ一つがうれしかった。


 モノクロの世界で怯えてた僕にとって、彼女の言葉はどれも暖かく、心に響くものばかりだ。


「私は……この日をずっと待っていたのかもね、だから無意識のうちに君に合図を送っていたんだよ」


 彼女の言葉と同時に、あの頃の記憶が蘇る。

 毒の花を聞かれた教室、毒の花を抱えて走る彼女を追って、僕はここに来た。


「あ……確かにそうだね」


「でしょ? ごめんね、巻き込んじゃって」


 今にも泣きそうな彼女。


 僕の消えてしまいそうな、頼りない言葉で精一杯、思いを伝える。


「僕は……君に会うこの日を、ずっと待っていたのかもね、だからお節介だと思っても、君を追いかけたんだよ」


 毒を教えたのも、彼女を追いかけたのも僕が決めたこと。

 だから巻き込まれたわけじゃないと一生懸命、彼女に伝えた。

 

「ありがとう……本当にありがとう」


 とうとう泣き出した彼女にティッシュを渡す。

 ニコッと笑った彼女を見て体が熱くなった。

 

「よし! それじゃあ……私の秘密、教えるね」


 元気になった彼女は、いつも通りの明るい笑顔で話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ