赤いダリアと君
僕は先程、クラスの子に渡されたダリアを見ながら、赤い色のついたダリアを数分の間、想像した。
頭の中では、一際目立っている赤いダリアでも、僕の目に映るとただの暗い絵になってしまう。
ため息をつきながら、花を見ていると早く水がほしいと、催促されているような気がして、急いで花瓶に水を入れる。
花瓶の中にゆっくりと、花を入れるとお礼でも言われているような気がして、僕も嬉しくなる。
このクラスで孤立しているせいか、僕の頭がついにおかしくなったのかは定かではないが、どちらにしろ、花と会話している僕は、クラスから見れば相当ヤバイやつだろう。
周りの目が急に気になり、窓際の席に戻ろうとすると、またクラスの子が話しかけてきた。
「ねえ、その花なんて名前?」
振り向くと、クラスで人気者の君がいた。
まさか、話しかけられるとは思っていなかった。
寧ろ話すことは、一生ないと思っていた彼女に急に話しかけられて、僕の頭は真っ白になった。
しかし、問いかけられた以上は、答えなければならない。
一生懸命、言葉を振り絞って答える。
「え……あ、この花は……ダリア……です」
緊張のあまり出てきた言葉は、途切れ途切れになってしまった。
恥ずかしくって下を向いた僕には、お構いなしに彼女は陽気に話しかけてくる。
「アハハ、なんで敬語なの?」
明るい笑い声と、眩しい笑顔の彼女を見て鼓動が早くなる。
「え……? いや、話したことないから……?」
「あー、そうだね、ありがと! 花の名前教えてくれて」
「うん」
少し話しただけなのに、僕は心臓が飛び出るんじゃないかと思った。
しばらく、彼女の後ろ姿を見ていると少し違和感を感じた。
違和感の正体を探ろうとしたら、彼女が急に振り返って、また僕の方に近づいてきた。
「ねえ、赤坂くん」
さっきとは違って、真剣な表情で僕を見つめてくる彼女。
長い髪が振りむくと同時に、甘い匂いを広げながら、僕の視界を奪った。
「! ……なに?」
「花、詳しい?」
「え……? まあ、少しなら」
そう答えると、彼女はおもちゃを貰った子供のように、目を輝かせた。
「じゃあさ、一番毒の強い花って知ってる?」
「え……? 毒の強い花?」
僕は心底、驚いた。
女の子なら世界で一番綺麗な花は? とか、聞いてくるかと思っていたからだ。
実際にこの質問をされたこともある。
それなのに、彼女の口から出てきた言葉は"一番毒の強い花"。
「知っているけど……」
「すごく毒の強い花だからね、手に入れるのが難しいやつでもいいから、とにかく毒の強い花を教えて」
彼女は毒の強い花を、何度も強調してきた。
もし、知っている花を教えて、彼女がその花を自殺か殺害に使ったらと思うと、教える気にはなれなかった。
「……何に使うの?」
「君には関係ないよ」
即答だった。
確かに関係はないが、これで何かあったらと思うと、心配で寝られなくなる。
もう少し問いただそうかとしたら、いつもの明るく可愛い彼女からは、想像できないような恐ろしい顔で、こっちを見ていた。
怖くなって口籠っていると、いつもの表情をした彼女が、少し焦りながら言った。
「あー、ごめんね、別に自殺や殺害に使うつもりはないよ」
心を見透かされた……。
いや、誰だって同じことを思うだろう。
彼女もそれを察しただけだ。
それでも迷っている僕に、彼女は意味のわからない言葉を言った。
「きっと、その花を使ったって結果は同じ……」
今度は暗い顔をする彼女。
「……え?」
聞き返すと彼女は明るい顔に戻って、今度は大きな声で言った。
「なんでもないよ、ごめんね、せっかくの休み時間を奪っちゃって、じゃあね」
また僕に背中を向けて歩き出そうとする彼女を、引き止めて言った。
「僕が知っている花で一番、毒が強いのはトリカブトとかキョウチクトウ……くらいかな」
彼女は一瞬、驚いたがすぐに笑顔になって"ありがとう"と言って席に戻った。
彼女が席につくと、周りの子が近づいてきた。
「あいつと仲いいの?」
「なに話していたの?」
など質問攻めにされていた。
僕はそれを横目で見ながら席に戻った。