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名の知らない日記

 見渡す限り本で埋め尽くされている、この図書館は僕の住んでいる街で、一番大きい図書館だ。


 僕は幼い頃によく、この図書館でテストや課題の勉強をした。


 今ではもう来ることはなくなった。


 階段を登ると、左の方に壁と多くの本の棚で作られた、一本の道を通る。

 その道を抜けると、本に囲まれた小さな空間があって、真ん中と窓際には机が置いてある。

 窓際の机の一番右側の隅が、僕のお気に入りの場所だ。


 僕は懐かしくなり、昔の自分を追いかけるように、少し足早にその道を歩いた。


 変わっていない空間には、人が数人いたが僕のお気に入りの場所は、空いていた。

 存在しない架空の自分に、後押しされてその場所に座る。


 大好きだったその場所から、見える周りの風景は、やはり僕の期待を裏切らなかった。

 この場所から見る風景を思い出のまま、美しいままにしたかったから、あの日から訪れることを止めたのに、僕は頭に作られた自分の弱さや、小さな期待に負けたのだ。


 僕の目に映るこの風景は、ゆっくりと僕の昔の綺麗な記憶に、上書きをする。


 止めてくれ、消さないでと、僕は頭に訴えると同時に昔を思い出す。


 窓から見えるテラスには、何本も並ぶ木が涼しそうに揺れている影を、光が照らす。

 緑の木に降り注ぐ光が、葉を透き通ってキラキラと輝くドレスを着させる。


 その風景は、僕の頭からゆっくりと消えていった。

 僕の目から伝えた情報に、上書きされた記憶にはその風景がどこにもなかった。


 テラスに映るのは、少し色の違う暗い色が重なり合っているだけ、涼しい風を想像させる木が揺れているのかさえわからない。

 黒い木からは"#006400"と、少し暗い緑の識別コードが色を教えてくれたが、金色のドレスを表す識別コードは、存在しないらしい。


 昔と違う黒い景色がぼやけていく。

 

 僕はこの残酷で綺麗な景色にお別れを告げた。

 そしてこの場所とは、正反対の場所にある暗い空間に向かった。

 そこには、過去に起きた事件がまとめられた資料や新聞などがある。

 

 あかりに聞いた年代の記事を、大量に取り出し机に並べる。

 まるで探偵にでもなった気分だ。

 

 それから数時間、ファイルに丁寧に入れられた新聞とにらめっこをして、ようやく探していた記事を見つけた。


「これだ……」


 その記事には見たことのある名前と、景色の写真が写っている。


「平成10年3月23日、双子の女児が川で溺れているところを発見された、新波はるかは川で死亡……新波あかりは奇跡的に一命を取り留めた……」


 記事の内容は簡単で、双子が川で溺れ片方が他界し、片方が助かったとだけ、簡単に書かれていた。

 手掛かりはあまり掴めなかったが一つ気になることがあった。


 二人を助けようとして川に飛び込み、あかりを助けた人の写真が、記事に乗っていた。

 その男の子は、僕が車に轢かれそうになった時に助けてくれた、あの男性に似ていた。


「やっぱり、知り合いだったのか……」


 内緒にされたことにショックを受けたが、僕は新しい手掛かりに心から喜んだ。


 あの男性が言った、お前がはるかを笑顔にしてくれたのか、という言葉とあかりの過去を見ることができた不思議な空間。

 謎は多いが前に進めたことは確かだ。


 休みがあけたら、彼を調べようと心に決めて棚に事件の記事を戻していると、奥の方に小さな本があった。


「なんだろう……これ」


 僕は思いっきり腕を伸ばして、本を手に取った。


「本……じゃなくて日記?」


 どうやら僕の見つけた小さな本は、誰かが置いていった日記らしい。


 ずいぶん、古いものらしく紙からは"#f0e68c"と、少し薄い黄色の識別コードが出てる。


 所々、文字が霞んで読めないところもある古い日記を、優しく持ち上げる。


 一ページ目をめくると、古臭い匂いと同時に文字が出てきた。


「これは……私の色別コードをまとめた日記です……?」


 人の日記なんて見てはいけないと、頭では分かっていたが、色別コードという単語がどうしても気なってしまった。


 僕はごめんなさいと心の中で名の知らない誰かに謝り、その日記を読んだ。


 読み終わった後、僕は叫びたい言葉を飲み込んで日記を片手に震えた。

 驚きと嬉しさのあまり心臓が大きく音を出し、いつもより激しく動く。


 この日記には私は色が見えないが、文字として色が見えたと、書かれていた。

 つまり、僕と同じ人生を先に体験した人の日記だ。

 内容は色を失った辛さ、相談できない苦しさ、一人の寂しさ、二度と色を見ることができない怖さなどが、細く記されていた。


 僕なら……この人の気持ちに共感できる、僕なら力になれる、僕しかダメだと思って、この人を見つけようと文字の中から手がかりを探すが、最後の文に書かれた言葉から、僕は目が離せなくなった。


◇◇◇


 私の日記は終わりを告げる。

 まだ白紙は多くあるが、この日記に書くことは、もうない。

 私は今から、色を見るためにこの世から去る。

 さようなら私の世界、彩ったこの世界の素晴らしさをもう一度この目で……


◇◇◇


 この後は文字が霞んでよく読めない。

 しかし、この人はもうこの世にはいないことを、この一文が表していた。

 この人と、会うことができない辛さよりも、この人が色を取り戻すことができなかった事実のほうが、大きかった。

 きっと僕も一生見ることができずに、この世を去るのかもしれない。


 絶望感に襲われ、吐き気がしてきたがそんなときに頭に浮かんだのは、色のない美しい笑顔の君。


 僕は手を強く握り頬を強く叩いた。


 静かな空間で、大きな音を出した僕に襲いかかるのは、頬の痛みではなく周りの目。

 紅くなった頬を抑えて、日記を片手に早足でその場から逃げ出す。


 先程まで僕がいた場所に、心の中でお礼を言って図書館を出る。


 あかり、君に伝えたいことがある。


 届くわけがない言葉を心で強く叫び、約束の場所に走った。


 日記に書かれたあの文字を、僕はまだ見つけてない。

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