疑問は鍵になる
包丁から流れる黒いしずく。
彼女の服の上から、同じ識別コードが、所々に散らばっている。
その全てが今、この場所で彼女が一度、死んだことを物語っていた。
そんな中、今にも泣きそうな顔で、こちらを見つめる死なない少女を、僕は美しいと思いながら、見つめていた。
あかりに伝えたいことは、たくさんあったが何も言葉が、出てこない。
かすれた声で彼女の名前を呼ぶと、いつもの明るい笑顔で、僕の名前を呼んだ。
「ねえ、友也……今日はここまでにして、話さない?」
そう言って、あかりはよいしょ! と言いながら草の上に座った。
おばあさんみたいだよって言いながら、あかりの隣に座ったら、またいつもの小さな喧嘩が、始まってしまった。
しばらく二人で、簡単な言葉をぶつけ合ってから、またいつも通り笑い合って、仲直りをした。
「景色すごい綺麗だね……私この場所、好きだよ」
そう言いながら、背伸びをして笑う彼女。
僕も好きだよと言いながら、同じように背伸びをした。
見ている景色は同じなのに、僕と彼女は見ているものが違う。
そう思うと悲しくなって、僕は彼女にいじわるな質問をした。
「君が見ている景色を、一緒に見てみたい。」
言ってから後悔した。
こんな質問をしたら、誰だって困ってしまう。
冗談だよと言おうとしたとき、僕の手に冷たい手が触れた。
不器用に包み込んできた彼女の手は、優しくて暖かかった。
◇◇◇
ありがとうと伝えようとしたとき、目の前が真っ暗になった。
いつも真っ暗な景色だが、例えるならモノクロの景色を映す、テレビの電源を抜いたような、そんな感じだ。
頭の中を怖いという文字が、占領して体が震える。
荒い呼吸で、あかりと名前を呼んでみても、返事はない。
何か出口はないかと思って、辺りを見渡すと、いつものモノクロの景色が、一部だけあった。
その事実だけで、体の震えが止まり始めた。
呼吸を整えた後に、僕はその景色の一部に、ゆっくりと近づいた。
その場所は、あかりが自殺を繰り返す、橋の下だった。
橋の下には、笑顔で話し合う、同じ顔をした子供がいた。
まだ小学校、低学年くらいだろうか。
僕はその子たちに大声で、問いかけた。
「ねえ、ここはどこ? 君たちは誰?」
しばらく待っても、返事は返ってこない。
楽しそうに話し合う二人の会話は、僕の耳には入ってこないので、きっとあの二人にも、僕の言葉は届いていないのだろう。
僕は楽しそうに会話をする双子を見て、ある人を思い出した。
「ねえ、もしかして……あかり?」
その名前を呼んだ瞬間、僕の体は何かに引っ張られた。
まるで真っ暗な洞窟の中を、ジェットコースターで通っているような感じがした。
◇◇◇
僕は怖くて目を閉じた。
それからしばらくすると、僕の肩に重みが伝わってきた。
急いで目を開けて振り向くと、心配そうに僕を覗き込むあかりがいた。
彼女の話によると、僕は人形のようになっていたらしい。
いくら呼びかけても、揺さぶっても目を開けたまま、静かに座って微動だにしなかったから、怖かったと彼女は目に涙を溜めて、話してくれた。
心配かけてごめんねと言うと、彼女は笑顔で涙を流しながら、よかったと笑った。
あかりがこんなに僕を、心配してくれたことが、すごく嬉しかった。
僕はさっき起こった体験を、話そうかと思ったが、二度も心配をかけたくなかったので、言うのをやめた。
その代わり、彼女にいくつか質問をした。
「ねえ、あかりって姉妹いる?」
急にどうしたの? と笑いながらいるよと答えた。
「もしかして……双子?」
そう言ってから、あかりを見ると、目がキラキラしていた。
あかりの綺麗な黒い目はまるで、夏の日の星空みたいだった。
綺麗だなと思いながら、見ているとあかりが、大声を出した。
「そうだよ! なんでわかったの?」
その一言で、僕はさっきの体験を思い出した。
やっぱり、あれはあかりだったんだ。
じゃあ、あれはもしかして、あかりの過去?
そんなことを考えながら、適当にあかりに返事をする。
「えっと……僕、得意なんだ、兄弟とか当てるの」
こんなことで、納得してくれるか心配だったが、地味な才能だねと言いながら、彼女は笑った。
僕は簡単に騙せる彼女を心配しながら、一緒に笑った。
「ところでさ、その……双子さんもあかりと同じなの?」
あかりが死なない体質なら、双子の人も同じなのかなと少し興味が出て、聞いてみた。
僕はあかりの次の言葉を聞いて、この質問をしたことを後悔した。
なかなか返事をしない、あかりの名前を呼ぶと、あかりは悲しそうな笑顔で、"亡くなったよ"と言った。
「ここで亡くなったらしいの、私はそのとき一緒にいたらしいけど、思い出せなくて」
静かな声で、話してくれたあかり。
僕はそうだったんだね……なんて、ありきたりな言葉しか出てこない、自分に腹を立てた。
疑問だらけのこの世界。
でもこの疑問がきっと、色の見えない僕と死なない少女の謎を、解く鍵になる。
確証はないが、確かにそう感じた。
幸い明日は、学校が休みだ。
あかりとは、午後から自殺をする約束をして、午前は図書館に行くことにした。
この事故を調べれば、なにか見えてくるはず。
まだまだ道のりは長いけど、少しだけ希望が見えてきた。
僕は息を大きく吸い込み、絶対に僕たちの幸せを取り戻そうと決心をした。
「友也! そろそろ帰ろう?」
そう言って帰ろうとする、血まみれの服を着たまま歩き出す彼女。
「あかり! 服、着替えて! 誰かに見られたら殺人か、ゾンビだと思われるよ!」
二人の悲しい笑い声は誰にも届かず消えていった。
 




