君の願いを叶えたい
幼い頃、遊んでいた時に見た色鮮やかな景色を、思い浮かべながら周りを見る。
風に揺れている、緑色の草や木の葉っぱ、その間から逞しく咲いている、黄色やピンクの花、力強く建っている灰色の橋、そのすべてが今では、見慣れた暗い色。
識別コードが、色を文字として教えてくれるが、もう一度だけ色鮮やかな景色を見てみたい。
そんなことを思いながら僕は数分の間、魂の抜けた人形のように、景色を見ていた。
そんな僕の隣を、折れてしまいそうな細い腕が一本通った。
「友也! 何色が知りたい?」
僕の見ていた景色を指差して、あかりは笑顔で聞いてきた。
「色、見えないでしょ? 教えてあげるよ!」
目をキラキラさせて、こちらを見ている忘れやすい、あかりに笑ってしまった。
「プッ……アハハハッ」
「なんで笑うの!?」
大きな目をさらに開けて、驚いた彼女は、頬を膨らませて僕を見る。
「だって……僕には識別コードがあるから、色を判断できるよって話したばかりなのに」
僕は笑いをこらえることが出来ずに数秒の間、笑ってしまった。
「え……あ、そうだった!」
顔を手で覆って、恥ずかしそうにする彼女。
ごめんね……忘れてたと言って、うずくまった。
僕はあかりの横に座って、ある提案をした。
「ねえ……あかり、僕たまに識別コードが見えない時があるから、その時は教えてくれる?」
見えない時なんてないが、あかりの思いを踏みにじりたくなくて、この提案をした。
あかりは嬉しそうに、僕の方を見て笑顔で、うんと返事をしてくれた。
ありがとうと言った僕の後に、彼女は元気よく言葉を発した。
「よし、最初はなんの自殺にする?」
あかりの言った言葉が、僕の上に重くのしかかる。
覚悟はしていたが、いざ自殺を手伝うとなると怖くなる。
深呼吸をしてから、声が震えないように一言、一言、丁寧に言葉を発した。
「えっと……何があるの?」
「色々あるよ、例えば……首を吊ったり、心臓を刺したり、燃やしたり、高い所から落ちたりとかね」
体の体温がなくなった気がした。
今からこのどれかを、しないといけないんだ。
自分の責任の重さが、今になってまた実感した。
そんな僕のことは、気にせず笑顔で話し続ける彼女。
「いきなり選べって言っても無理だよね……実は私、包丁持ってきたの! これで私の心臓を刺して」
彼女の無理難題に慌てながら、必死に無理だと伝えた。
「……そうだよね、いきなりは無理だよね、わかった! じゃあ、最初は見てて」
それから徐々に慣れていけばいいよ、とあかりは言ってくれたが、僕は怖くて顔を下に向けていた。
「友也、目を背けないで見て」
何度も僕の名前を呼ぶ彼女に、僕は首を横に振った。
心の中であかりに何度も謝った。
静かになった彼女の足元を見ると、しずくが上から落ちてきた。
太陽のような、明るい彼女の笑顔を僕が、雨にしてしまった。
急いで顔をあげると、俯いている彼女の後ろの景色が目に入った。
さっき、僕の力になろうとしてくれた彼女のことが、頭いっぱいに広がった。
僕も彼女の力になるためにここに来た。
そのことを自分に言い聞かせて、僕は泣いているあかりに謝った。
「ごめんね……もう絶対に目を背けたりしないか
ら」
優しく伝えると、また彼女の顔が、僕の好きな暖かい光を出す太陽に戻った。
僕もつられて笑うと、彼女は包丁を手に取り、自分の心臓に向けた。
「え、切り替え早いよ!? 心の準備まだしてないのに!」
「こういうのは、早くやったほうがいいんだよ、友也は少し離れたところから見ててね」
僕は言われた通り、少し彼女から離れた。
怖くて泣きそうだったが、怖いのは僕より彼女だと自分に言い聞かせて、今度は目を背けずにあかりを見た。
僕を見て安心したあかりは、空に包丁を持った手を思いっきり伸ばして、自分の心臓に突き刺した。
目に広がる黒い液体。
そこから出ている"#FF0000"という識別コードが僕に血だと教える。
膝から崩れて泣き叫ぶ彼女。
「ああああっっ、い……たい、あぁ……いたいよ、ゴホッ……ハァ……ハァ……ああぁ……」
僕は怖くて足がすくんでしまい、あかりのそばに近寄ることができなかった。
情けないと思っても、体は金縛りにでもあったかのように動けない。
テレビでしか見たことがない光景が、目の前で起こり、体が震える。
あかりは心臓に刺さった包丁を抜いて、その場に倒れてから、ピクリとも動かない。
「あかり……? ねえ、返事をしてよ」
動かない彼女を見て、死という言葉が頭を占領する。
怖くて僕はまた、うずくまってしまった。
体中が震えて呼吸が荒くなっていく。
怖くてどうしたらいいかわからない僕の震えた手に、少し冷たい手が優しく触れた。
僕が勢い良く顔をあげた先には、あかりがいた。
「あ……かり」
「ごめんね、大丈夫だよ」
そう言って笑った彼女の顔は、悲しそうだった。




