謎の暗号
まだ小学生だった頃のあの日、僕は大切なものを失った。
幼い頃から、当たり前のようにあった存在。
その存在が大きすぎて、誰も失ったときの絶望感を想像したことはないだろう。
当たり前だと思うほど、人は有り難みに気づかない。
僕は"色"を失った。
今まで見てた鮮やかな景色は、黒と灰色だけ。
まるで昔のテレビのように、僕の目に映っている。
どれだけ色を探しても、目に映るのは暗い色。
明るい色はどこにもないし、僕の記憶からも消えていく。
もう見ることはできないと思っていた。
あの日、偶然が重なって、僕の人生を変えてくれる君に会うまでは。
これは失った色を取り戻す僕と、ある悩みを抱えた少女が出会い、人生を変える長い長い物語。
◇◇◇
色を失っても、時間は止まらない。
いつものように学校へ行く。
色を失った小学生の頃から数年が経ち、僕は中学生になった。
文字は見えるし、景色はぼやけないから不便なことはあまりないけど、僕の好きな鮮やかな色や景色はどこにもない。
暗い色しかわからなくなった僕の性格も、色と同じになった。
クラスで孤立した地味な僕。
いつものように窓際の席に座っていると、同じクラスの子が話しかけてきた。
「ねえねえ赤坂、赤坂って今ヒマでしょ? このお花、花瓶に入れておいて」
赤坂友也。
なんの特徴もない、この普通の名前が僕の名前。
「……この花ダリア?」
「そうだよ、先生がくれたの」
「へぇ」
花に被さるように出ている、#fbdoldというコード名。
「きれいな"赤"だね」
「うん、じゃあ、よろしくね」
渡された赤いダリアを見ながら、頭の中に赤い色のついたダリアを想像した。
◇◇◇
あの日、大好きな色を失った日から、僕は部屋に閉じこもって泣いていた。
なぜ色を失ったのかわからないと繰り返す医者。
ごめんねと何度も謝る母親。
このままではダメだと部屋を叩く父親の声を無視して、泣き続けた。
目に映るのは暗い色と、涙でぼやけた世界だけ。
これからずっと、この景色で生きたくないと、自分の頭が怒鳴リ続けた。
苦しくて辛くて覚悟を決めたとき、自分の書いた絵の上に文字が見えた。
今まで、そこには何もなかったはずなのに暗号のような灰色の文字が、色を失ってから僕の目に映るようになった。
暗号のような文字の下には、僕が幼い頃に描いた車の絵。
記憶を辿って、あの絵のことを思い出してみた。
幼い男の子なら誰もが憧れる車。
もちろん僕もお父さんの車に乗るたびに、大はしゃぎした。
そのときに描いた、不格好な車の絵。
その絵のメインとなる車の上に、浮かび上がる謎の暗号。
暗号の下の色は確か、青色だったはず。
なぜこの場面で色を思い出したのかは不思議だったが、とりあえずその暗号を調べることにした。