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リンスター公爵令嬢

公爵夫人への未来2

作者: 森智

※「公爵令嬢の未来は一つじゃない!」として連載を作りました。

……生まれた時から、私の頭の中にはおかしな文字列がある。





 父は私と同じ年齢の子息や令嬢の父親に比べて若いと思う。


 実際の年齢を聞いたことはないが、行ってても三十歳前半だ。三十歳になっていないと言われた方が納得できる。


 と、いうことは、私はかなり若い時の子供のはずだ。


 母は私が生まれた時に亡くなった。二十五歳だった。


 もしかして、私の両親は母の方が年上だったに違いない。だって生きていれば母は今年三十三歳だ。


 で、父は何歳なのだろう。


 先日めでたく父は養子縁組の手続きを終わらせた。


 私には義弟ができた。


 このことに私は何も言うことはない。望んでいた通りだからだ。


 でも、不思議に思うことはいろいろある。


 父は再婚するつもりがないのだろうか、とか、まだまだ私の弟や妹を作れるんじゃないか、とか、次期リンスター公爵が義弟になったにもかかわらず、私の頭の中の筆頭は公爵夫人のままであることこととか。


 ちゃんと考えれば、義弟と結婚して次期リンスター公爵夫人になるなんて、倫理的に無理だよね。


 父が権力で強引に何とかするって考えてみたけども、やっぱり現実的ではない。


 なのに私の頭の中には公爵夫人が居座り続けている。


 そういえば、この間「女公爵」が一時的に復活した時でも、「公爵夫人」は不動の一位だった。


 私は誰の公爵夫人になる予定なの?


 それよりも父が再婚して、知らない誰かがリンスター公爵夫人になる方が先かもしれないけど。







「はい、お父様」


 僅かに首をかしげながら、上目遣いで見上げて返事をすると、父は話そうとしていた言葉を呑みこんで、口を固く閉じる。そして、青灰色の瞳を揺らめかせ、訴えるような眼差しで私を見る。


 この間叱られてから、私の中にあった遠慮の壁が綺麗に瓦解してしまったようで、父を直接じっくり見ることが平気になってしまった。


 すると、今まで見えていなかったものがはっきりと分かるようになった。


 父が思っていたより若いことや、実はとても整った顔立ちをしていることや、気難しい人ではないことなど。私が知っていた父は、子供が父親とはこうだという固定概念の元に作り上げていた男性だった訳で……。それって、すごく恥ずかしいことだと思う。


 柔らかそうな栗色の髪をかき上げ、父は小さくため息をついた。


「全く。末恐ろしい子だな」


 最近しばしば、父の口から紡がれる言葉だ。


 意味を聞くと藪蛇になりそうなので、いつも流して知らない振りをしている。


「二週間留守にする」


 父の報告に、私はきょとんと首を傾げた。


 私に留守を伝えるなんて、初めてのことだ。


「危険なお仕事ですか?」


「いや、そういう訳では……」


 それなら尚更分からない。留守の間にしておかなければならないことでも事付けられるのだろうか。


 疑問を口にすると、父は私の両肩に手を置いて、じっと見つめてきた。けれど、しばらくすると、父は肩を落として目を伏せた。


「お父様? どうかなさいましたか?」


 父の前ではこの首をかしげて見上げるという体勢ばかりをしている気がする。おバカな子に見えているような気がして嫌なのに。


 見るなとでも言うように、父は片手で私を制して言葉を紡いだ。


「気にするな。ただの自己嫌悪だ。今まで家を空ける時に留守の期間など、伝えたことがなかったな。これからは気をつける。だから、君も何かあったら必ず報告しなさい」


 真剣な表情が格好良いと思った。


 私の父はなんて素敵なんだろう。と、最近は見惚れてしまうこともしばしばで、私ってどこかおかしいのではないかと悩む時がある。


 にやけそうになる頬に心の中で活を入れ、私は最高の笑顔で答えた。


「わかりました。お気をつけて、行ってらっしゃいませ、お父様」


 やっぱり困ったものでも見るような、それでいて慈しんでくれていると分かる、複雑な眼差しを私に向けながら、父は笑みを返してくれた。


 忙しい父の邪魔にならないように、早々に辞去した私は、その足で義弟の部屋の扉を叩いた。


 玄関のホールでは父の出発準備をしている気配がする。


 出発直前の早朝に伝えてきたということは、昨夜突然決まった話なのだと推察できた。


 危険なお仕事ではないようなことを言っていたけれど、本当かな。


 二週間の予定での公爵の外泊なのに、荷物も少なそうだ。


 私は父の仕事を知らない。年齢も知らない。どんな人かも先日まで知らなかった。父という存在を認識してはいたが、私の生活にはずっといなかった人だ。知るべきだとも、知ろうとも思わなかった。


 でも、築いていた壁が壊れてしまった今は、いささか興味が湧いてきた。


 嘘です。いささかなんてものではなく、凄まじく興味がある。


 出てこない義弟に痺れを切らした私は、返事を待たずに部屋へ入り込んだ。


 ベッドの端っこで丸くなって、天使が眠っている。


 彼が眠っている部分以外はシーツを取り換えなくても良さそうなほどしわが寄っていない。


 初めて見た時も不思議な寝方をすると思ったものだ。私なんて、どうやればこんな風にシーツが行方不明になるのだろうと、侍女に首を傾げられることがあるぐらい、寝ぞうの悪さに自信がある。


 彼に触りたくなったが、そこはぐっと堪えて、まずはカーテンを大きく開いて朝日を部屋に取り込んだ。


 明るい陽の光に照らされて薄い茶色の髪が金色に輝く。


 今はまだ明るい色だけれど、大きくなったら父と同じ色になるのではないだろうか。


 先程目にした父の髪を思い出しながら、柔らかいそれに触れる。


 ジェラルド家の色だ。


 私が持っていない色。


 呆けたようにそんなことを考えていると、下から舌打ちが聞こえてきた。


 私の天使は朝が特にガラが悪い。


「勘弁しろよ……」


 少し耳触りな声が唸りと共に発せられる。


 だって朝だもの。お腹空いたもの。暇なんだもの。


「だめ。起きなさい。朝食を食べに行くわよ」


 上布団をむしり取って、メイドに着替えを用意させていると、彼は慌てて私を部屋から追い出した。


「すぐ行くから、向こうで待ってろ」


 むっつりと不機嫌な様子だったが、目はしっかり覚めたらしい。それからそう時間を置かずに朝食室へ顔を出してくれた。


 彼の魔力が暴走したあの事件から、私達の間にあった壁もなし崩し的に消えていた。


 今は仲の良い友人兼義姉弟だ。義弟の私への態度はどうかと思うんだけども。


 どうやら私と二人きりの時は、彼が身に付けている大きな猫が迷子になるようだ。最近は父と三人でいる時も猫が迷子になることがあるらしく、初めて私達のやり取りを見た時の父の様子は見物だった。


 朝食室には従僕とメイドがいるので大抵は愛想が良い。


「お父様はお仕事で二週間お出かけだそうよ」


 朝一の出来事を報告して、私は不意に疑問を口にしてみる。


「お仕事って、何なのかしら」


 彼が不思議そうに私を見た。

 

 あ、猫が迷子になってる。


 お前はバカかとその顔が言っている。


 言葉を紡ごうとして、考えを変えたらしい。彼は少し開いた口へフルーツを放りこんだ。


 猫を見つけたらしい。柔らかい微笑みがその顔に浮かぶ。どうやら寝起きの機嫌も直ってきたようだ。


「王子が我が侭でも言い出したんじゃないかな」


 あれ?


「お父様のお仕事を知ってる……」


「そりゃ、誰でも知ってるよ」


 さも当然のごとく彼が言う。


 あ、ヤバい。私、もしかしても物凄く駄目な子なんじゃ……。


「あんたが残念なのは今に始まった話じゃないし」


 酷い。外見こんなに可愛いのに、悪魔のような口の悪さだなんて詐欺だわ。


「まあ、あんたとあの人の関係も良く分からないよな。抱きついたり、抱き上げたりなんてのは親子なら普通にできるもんだろうに。いつだってあんたに触るのを躊躇してるよな。たまに、上げた手をどうしたらいいか分からなくなって困ってるし。あんただって頭ぐらい撫でさせてやればいいのにさ。あの時、あんたを抱き上げて家へ戻るのに、すっげー抵抗あったみたいだし。」


 今、聞き捨てならないことを耳にした気がする。


 あの時って、彼が魔力を暴走させた時の話だろう。


「私を抱き上げた?」


 父が?


 そう思うと身体の奥が熱くなってきた。


 なんか、すごく、照れる。恥ずかしい。


 私、今、真っ赤になってる自信がある。耳とか頬とか、赤くなってなきゃ絶対におかしい。目もウルウルしてる気がする。


「その癖、連れてきた部下には指一本触れさせないんだから、あれって何なんだろうなあ」


 もう止めて―。声にならずに心の中で叫ぶ。


 恥ずかしさのあまり憤死なんて洒落にならない。


 なんてこと、なんてこと、なんてこと。


「なんてこと! お父様にそんな恥ずかしい思いをさせていたなんて!」


「ほんと、残念な子だよね」


 いつもの外行きの微笑みを浮かべたまま、憐れむような目で彼がポツリとつぶやいた。







 二週間後、父が帰ってきた。


 義弟には残念な子に認定されてしまった私だが、父からは良く思われたい。父の優秀な娘でありたい。でも、もう少し父との距離を縮めたい。


「お、おお、お父様!」


 私の意気込みに、父はとても驚いたようだ。


 目を見開いた様子が、やはり非常に若く見えた。


 本当に、何歳なのだろう。


「散歩に行きましょう! 二人で!」


 私の剣幕に押されて、タジタジとなりながらも受け入れたくれた。今日はゆっくりできるのだそうだ。


 二人で庭を歩いてベンチで一休みするまで、大した話が出来なかった。座った後が大した話になったかも謎だが。


 だって、父は私と義弟の学習のことばかり聞いて来る。


 もっと頑張らねばと気を引き締めるものの、怠け者の私としては、そんなに期待しないでほしいと訴えたくなる。 


 でも、どうしても、私はいつも父には良い所を見せたいのだ。自慢の娘と思われたいのだ。


 しばらくすると、さすがに授業のことはネタがつき、お互いに沈黙が落ちた時、私は思い切って気になっていることを尋ねることにした。


「そういえば、お母様が私を生んで亡くなったのが二十五の歳と聞いております。私も先日九歳になったことですし、実はお父様の……」


「なんだって?」


 意を決して話題を振ったのだが、途中で父に止められた。


「九歳? いつ九歳になったんだ?」


 私は父の剣幕に慌てて口を開いた。


「十日前に誕生日を迎えました。今年は家族からもお祝いしてもらえてとても幸せでした」


 そうなのだ。今年は義弟がお祝いしてくれたのだ。プレゼントまで用意してくれた。私の大好きな天使の微笑みといっしょに。


 まあ、催促したのは私なんだけども。


 目に見えて肩を落とした父の服へ、私は恐る恐る手を伸ばした。


「お父様?」


「誕生日というのは、友人を招いてお茶会でも開くものではなかったか?」


「ですから、祝ってもらいました」


 義弟が祝ってくれたと伝えたばかりである。彼は私の唯一の友人だ。


 父が沈黙した。


 何となく居心地が悪くてソワソワしてしまった私の耳へ、父の憮然とした言葉が届く。


「俺は祝っていない」


「だって、いらっしゃいませんでしたもの」


 私に聞かせるつもりのなかった呟きだったかもしれないと推測してもいたが、何も返さないのも失礼かと考えて、咄嗟に事実を述べてみた。


 私の言葉を聞いて口を噤んだ父の様子は、沈黙というより、絶句と言った感じだろうか。


 目に見えて消沈する父が何やら可愛くて、思わずくすくすと笑いを洩らしてしまう自分に自分で驚いた。


「お父様はお忙しいですもの。最近は正餐をご一緒してくださる頻度を増やしていただいておりますし、私はそれだけで幸せです」


 父が誕生日に傍にいることなど考えたこともない。それをいうなら、少し前まで父がこうして私と散歩してくれるなんてのも有り得ないことだった。


 正直に自分の気持ちを伝えると、父は益々おかしな顔をした。


「君は我ままを言わない。子供というのは我ままなもののはずなんだ」


 私は我ままだと言われる。やりたいことしかしないし、人の都合を聞かないし、面倒な人付き合いもしたくない。


 父は私のことを誤解しているのではないかと思う。


「よし、決めた。内輪で誕生日パーティをしよう。三日後だ」


 勿論、リンスター公爵の鶴の一言に逆らえる人間などいるはずもなく、急遽私の誕生会が開かれることになってしまったのだった。







 結論を言うと、誕生会はとっても楽しかった。


 初めて私の大叔母という方と出会った。そして、集まった子供達は総勢十三人の私の鳩子たちだった。上は十六歳から下は五歳まで。今日は来ていないけれど、まだちびっ子達がいるらしい。全員大叔母の孫だった。


 鬼ごっこをしたのは初めてだった。かくれんぼも、カード遊びも、なぞなぞも、全部初めてだった。


 大叔母の若い時の恋愛話も聞かせてもらった。


 ジェラルド家は情熱家が多いのだという。その大叔母も駆け落ちの末旦那様と結ばれたそうだ。旦那様は身分を持たない方だったらしい。


 閣下も情熱家だと思うんだけどねえ。一人でも想う方ができれば、今みたいにフラフラすることもないだろうに。と、こっそりと愚痴を呟いているのを聞いてしまった。


 今みたいにフラフラの意味が分からないので今度ちゃんと聞こうと心にメモしておいた。


 大叔母の言う閣下とは父のことだが、私の思う父と人物像が重ならない気がするのだ。


 人数に圧倒されながらも、義弟も楽しかったようだ。


 彼も私と一緒で同じ年齢の友人がいないし、このような肩の凝らない集まりは初めてだっただろう。


 父はというと、今まで見た中で一番寛いでいるように見えた。


 少し離れた場所に席を作らせ、のんびりと一人で果実酒を傾けている。


 私は父の元に近づいた。


「我がまま聞いてもらえますか」


 父が楽しそうに笑って答えてくれる。


「何なりと、我が姫君」


「このような楽しい日は生まれて初めてだったので、感謝をお伝えしたいのです」


 父がきょとんと私を見る。


「動かないでくださいましね」


 そう伝えると、私は父のひざの上に座ってその顔を正面に捉えた。

 

 こんなに父の近くは初めてで、とてもドキドキする。


 心臓が早鐘を打ち、うるさいぐらいに鼓動が私の頭中に響く。


 私は僅かに首をかしげた後、意を決して父の白い頬に唇を押しつけた。そして、そのまま父の首に抱きつく。果実酒の甘い香りに混じって、男らしい、さわやかな香りがした。


「ありがとうございました。お父様大好き」


 父の耳元で囁くまでが限界だった。


 もうだめ、恥ずかしくて死んでしまうわ。


 私は慌てて父の膝から飛び降り、後ろを振り返ることなく、輪の中へ走り出した。








 文字列のかなり後ろ方に「放浪者」と「商人」が追加されていることに気づいたのは誕生会から一週間後のことだった。


 え?


お父様が私のツボにハマってしまったようです。

ヘタレ大好きです。


あ、近親相姦ものじゃないですよ。

「私」が15歳ぐらいになったら勘違いが解けるんじゃないかなあ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんですかこの続きが気になる終わり方ww 放浪者ってww ぜひ続きお願いします。
[良い点] 久々にニヤニヤしながら「すんごい気になる。ブフゥ!!」と読んでました。パパりんガンバレ★
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