百物語のその後に
夏のジメジメとした暑さが少し弱まっている草木も眠る丑三つ時。
街の外れの一軒の廃屋(庭付き)。
外から見ていてもぼんやりした明かりが見え、屋内に誰かがいるらしい事が伺える。
そんな屋内の一室にいたのは三人の高校生。
「準備はいいな」
「なぁ逢魔、やっぱりやめないか?」
その中の一人御伽 巡(霊感有り・苦労人)がウキウキしている親友に声をかける。
「何言ってるんだ! 妖怪が見られるかもしれないんだぞ、やめる訳ないだろ!」
「逢魔がやめる気ないんだから、何言ったって無駄だよ。諦めよう、巡」
金髪をオールバックにした眼鏡の男、鳥山 逢魔(霊感無し・オカルトマニア)が興奮したように持参した蝋燭を並べながら巡の提案を拒否してくる。
それに伴いオブラートに包んで言えばぽっちゃり、包まなければデブ、な最後の三人目稲生 五郎(霊感無し・デブ)がのほほんと慰めの言葉を投げかけてくれる。
「でもなぁ……」
「怖気づいたか巡!」
それでも否定的な巡に少し期限を悪くした逢魔が言う。
「百物語がそんなに不満か!!」
「不満というか……」
そう、今日ここで三人がやろうとしているのは百物語である。
簡単に言えば夏らしく怖い怪談話を百種類話そうとしているのだ。
最近では百物語自体認知度が低くなりつつあるため知っている若者などあまりいないだろう。
百物語で必ず守らなければならないルールは一つ。
九十九番目の怪談で終わらせる。という決まりだ。
なぜなら百物語という行為は一種の降霊術と言われていて、話をしていくたびに浮遊霊が集まってくるという説もあるくらいだ。
その上で最後の百番目の物語をしてしまうと、本物の妖怪がやって来てしまうと言われている。
「百物語の百番目の話を終わらせた時、その場の空気に誘われて妖怪が現れるという。 ならやるしかないではないか!!」
パパーンと効果音が聞こえてきそうなポーズを決めながら逢魔がのたまう。
この男、本物の妖怪が見たいがために親友二人を巻き込んで深夜の廃屋で百物語をしようとしているのだ。
「はぁ……」
巡(苦労人)の口から、思わずため息が出る。
さすがに眠りにつきかけていた所に電話で「巡―、怪談しようぜー」などと「野球しようぜー」的なノリで起こされ呼び出された上に内容が心底くだらないとなれば溜息の一つもつきたくなる。
「まぁまぁ、百物語すれば逢魔も満足して解散になるだろうし、早めに終わらせて帰って寝なおそうよ」
溜息を吐く巡を五郎がなだめる。
「そうじゃなくてなぁ……」
巡が乗り気でないのは夜中に百物語なんて青春の欠片もないオカルトイベントが嫌だからではない。
友人がオカルトマニアだという事は分かりきっている事なのだから今更そんなことで否定的になる訳がない。
ならば、何故否定的なのかというと……。
『何よ、まだ始めないの?』
巡の隣に腰掛けている四人目。
友人二人の目には映っていない古風な格好の少女。
逢魔の言葉を信じれば、百物語を最後までやり切った時に現れる妖怪。
その妖怪らしきモノがすでにフライングして来ちゃっているからだ。
「(もう来てるのに呼ぶも何もないだろう……)」
友人たちと違い、霊感のある巡は、自分の隣に座りこんでワクワクとした表情の百物語の妖怪と思われる少女に視線を向け、深くため息をついた。
「いつまでたっても止まない動物の唸り声のような音だったんだけどね……。夜食にラーメンつくって食べたら止まったんだよ……。」
「痩せろ」
「痩せろデブ」
『あわわわわわわわぁ』
なんやかんやで押し切られて始めた百物語も三十を過ぎた頃。
オカルトマニアな逢魔はともかく、そうでない二人の怪談ネタもさすがにストックを使い尽くして来ていた。
『もういやー お家帰るー!』
そして、百物語の妖怪らしいのに怪談噺を聞くたびにブルブル震えて涙目になる少女。
「……なぁ」
『えぐえぐ……ふぇ?』
先ほどから怪談を離す度にキャーキャー煩かったこともあり、友人に気付かれないようにこっそりと話しかけてみる巡。
少女は自分の姿が認識されているとは思っていなかったのか、キョトンとした顔で見つめてくる。
「さっきからお前なんなの?」
『なぁ!?』
まさか見られていたとは思っていなかったのか、怪談にビビりまくっていた自分の痴態を思い出した少女が顔を真っ赤に染めて驚愕の声を出す。
『ままままさか、私の事見えてるの?』
「うん、ばっちり。見えてるし声も聞こえてる」
両手で顔を隠して突っ伏した。
話を聞くと、彼女は思った通り百物語を司る妖怪で、名を青行燈と言うらしい。
百話まで物語が語られると実体化するのだとか。
大妖怪なんだぞーとほざいていたので鼻で笑ってやったら涙目になっていた。
最近は百物語をする人もいなくなっていて、久しぶりだったから怪談にちょっとびっくりしたといっていたが、恐らく嘘だろう。
「つーか怖いなら帰れよ」
『はぁー? 怖くないですー余裕ですぅー』
「いや、震えながら言われても説得力ないぞ」
『ななななぁーんのことか解らないわー』
「そうしたら、誰もいないと思っていたトイレから「入ってまーす」って声が……」
『にゃぁああああああああああああああああああ』
「帰れ」
もはや怪談でもなんでもなくなった噺に涙目の青行燈に思わずツッコミを入れる巡。
「いや、マジでうるさいから帰れよお前」
『いやー、絶対百物語やってもらって実体化するのー』
若干幼児退行している。
「なんでそんなに実体化に拘るんだ?」
『なんで? 決まってるでしょう』
涙目のままだが、ニヤリと嗤う。
その雰囲気が明らかに人とは違い、巡もごくりと喉を鳴らす。
『コンビニの期間限定スイーツ、季節のフルーツパフェを食べる為よ!』
「マジで帰れよお前」
心底くだらない、聞いて損したと言いたげに巡は吐き捨てた。
「そんなショッボイ理由かよ、なんだよ今のシリアスな空気!」
『ショッ、ショボイとかいうなー!!』
友人に聞こえないように配慮しながら、二人には見えない少女と言い争いをする巡。
もういっそのこと自分が帰ろうかとすら思っている。
『私は百物語の妖怪。百物語が語られないことには存在できないの。存在が弱いこの状態では肉体も無く、食べたくても食べられないのよ』
『百物語だっていまでは減っているの。 こんなチャンスめったにないのよ』
「そうなのか?」
彼女の言い分を半分聞き流しながらも相槌をうつ。
『でもね、実体化するためには最大の問題があるの』
「何だ?」
『怖い話めっちゃ怖い』
「もうホント帰れよお前」
なんやかんやで逢魔の話すガチ怪談。巡と五郎の話すなんちゃって怪談を続け、ついに九十九番目の物語を語り終わった。
残すところあと一話。
最後の怪談の担当は順番的に逢魔だった。
青行燈は満身創痍で『パフェーパフェ―』とブツブツ呟いている。
「大丈夫か?」
『……なんとか』
口数も少なくなりふらふらしている。
『あと一話、あと一話でパフェなの。 我慢、がま……ん』
「よーし、ラストはとっておきの噺にするぞー!」
『んもぉおおおおおおお!!』
ついに耳をふさいで噺を聞き流すことにしたらしい。
そして。
『………………終わった、かな?』
「――ふと右手を見ると」
そーっと耳元の手を離し、ぎゅっと閉じていた目をうっすらと開ける。
「死んだはずの女の顔が痣のように!!」
『ああぁああああああああああん』
そして最後のオチをうっかり聞いてしまい気絶する青行燈。
「(限界超えたか……)」
そんな彼女を、巡は残念な子を見るような目で見つめていたのだった。
「結局百話まで話したのに妖怪は出なかったな」
「あぁ、そうだな」
「残念だったね」
どうやら百物語の力で実体化したのだが、気絶しているせいで彼女の姿は友人には見えていないらしい。
「じゃあ帰るか」
「そうだね、もう夜も遅いし早く帰って寝ようよ」
百物語の為に用意していた小道具も片付け、撤収の準備をする友人たち。
「あー、俺はもう少ししてから帰るわ」
「そうか?」
「帰る時は気を付けて帰るんだよ?」
そんな友人に断りを入れ、座り込む。
そして二人の友人が帰った後、残った巡は絶賛気絶中の残念な子に視線を向け、溜息をつき……。
「……コンビニ、行くか」
そうこぼすと部屋から出て行ったのだった。
そして誰もいなくなった廃屋の中で少女が目を覚ます。
『あれ? 誰もいない…… もう終わっちゃったのかな?』
床にぺたんと座り込み、きょろきょろと辺りを見回すが、誰の気配もしない。
『あうぅぅう』
誰もいない真っ暗な廃屋にビビっていると、自分の傍らにコンビニの袋が置かれているのを発見する。
『なにこれ?』
不思議そうに袋を開けてみると。
『え!?』
袋の中から自分が食べたがっていたコンビニの限定スイーツが顔を出した。
そして、そのスイーツにテープで「ビビりへ」と書かれたコンビニのレシートが貼られていた。
『げ、げんていすいーつ』
ドキドキする胸の高鳴りを感じつつもそのスイーツを手に取る青行燈。
ご丁寧にスプーンも付けてもらっているらしい。
恐る恐るその待望のスイーツを口に運ぶ彼女の顔は嬉しさと幸せで満ち溢れていた。
『えへへ、ありがと』
名前も知らない誰かさんへの感謝の言葉をつぶやきつつ、限定スイーツを楽しむのだった。
「で、何しに来たんだ?」
百物語から数か月後、学校から帰ってきた巡の部屋に実体を持たない少女が一人、待ち構えていた。
『秋の新作コンビニスイーツが出たのよ! 栗と南瓜よ! ハロウィンプリンっていうらしいの! 食べたいからまた百物語をして頂戴!!』
きらきらとした顔を向けてくる彼女に向かい、巡はにっこりとほほ笑むと、こう言った。
「帰れ」
【怖いもの苦手な女の子】+【怪談を司る妖怪】