回転木馬
年金は老後の生活保障ではない。老後の生活『補助』である。この認識の欠如が昨今話題に上る『老後破産』や『払い損・得』の問題を生み出している。生涯現役。これこそが全うすべき姿勢である。65歳を迎えても、わたしたちに優雅な『セカンドライフ』など待っていない。
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ケース① 資産運用
25日。とものりは振り込まれた給料を全額引き下ろす。銀行の名前が印字された茶封筒は、手つかずの粘土のように綺麗な長方形をしている。総支給額25万円。とものりが二度と過ごすことの出来ない時間を差し出し手に入れた対価である。
深く息を吸い、長い時間をかけてゆっくりと吐き出す。アクリル版越しに、顔馴染みの受付嬢と目が合う。とものりは茶封筒を懐から取り出しながら近づいていく。
「いらっしゃいませ。本日は?」
「第4レース。単勝、2番。テイカイフォールに、コレ、全部を」
「第4レース。単勝、2番。テイカイフォール、25万円」
受付嬢はとものりがこの1月、どれだけの我慢を強いられてきたか知らない。25万円は、彼女にとって客の提示した購入額に過ぎず、彼女の仕事上、単なる数字としてしか取り扱われない。
「換金は馬券との交換になりますので、失くされないようお願いします。では、幸運を」
「ありがとう」
25万円が、1枚の馬券に変わりとものりのもとへ戻ってくる。受け取ったその瞬間、とものりから25万円の重みが消える。
(第4レース、単勝、2番。テイカイフォール―)
とものりは心の中でそう繰り返す。握り締められた馬券が熱を帯び始める。光射す入場口が、とものりを包み込む。膨大な量の声音が一つの巨大な音波となってとものりの身体を殴りつける。
(勝つんだ、これで、これで……!)
「うっ、うぉぉおおおお!!!!」
感化されたとものりの咆哮が、テイカイフォールと共に緑の上を駆けていく。振り上げた拳の中で、馬券はもうグチャグチャになっていた。
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国の抱える借金は1人当り700万以上。これは生まれてきたばかりの赤ん坊も勘定に入れた数字である。現役世代だけで分担しようとすれば数千万円に跳ね上がる。
わたしたちのスタートラインはハンデつき。ゴールまでの距離も伸び続けている。休む暇はない。滑車の中を走り続けるハムスターのように―
ケース② 「嫁入り道具」へ続く