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ピアノとの出会い

彼は高等専門学校時代から、大学を卒業するまで、ピアノを習っていた。運動は苦手ではなかったが、体を動かすよりも、どちらかと言えば文化的な活動の方が彼は好きだった。だから、多くの男子学生が体育会系の運動部に入っても、彼だけは文化部に所属した。それが吹奏楽部だったのである。女子学生と一緒に大会に出場することは、当時は出来なかった。彼女達が大会の為に練習をしている中で、やることがないのは可哀想だからと、顧問がピアノを弾かせてくれた。彼は様々な曲を弾けるようになった。そのレパートリーの中でもお気に入りの作曲家が、ベートーベンであり、最も気に入っていた曲が、ピアノソナタ「月光」であった。この曲は何回ひいたか分からないほど、演奏していたと顧問は親に報告した、というエピソードがある。そんな彼のピアノ熱は、後々の戦場においては、部下の心を落ち着ける為に、時には上官を楽しませる余興として用いられる事になる。彼の特技として欠かす事の出来ないものが、もう一つある。それは、稀代の釣り名人であるという事だった。彼は近くに木があれば、あるいは棒状のものがあれば、何でも釣竿にしてしまう。即興の釣竿に小魚をくくりつけては、何匹もの魚を釣ったと言われている。当時はなかったであろう疑似餌(ルアーのようなもの)を作って、餌がなく何もないところでも大量の魚を釣り上げて、窮地の部隊を救ったこともある。なぜ、彼は釣りが上手かったのか。それは父である一文がよく知っているだろう。小さい頃から、呉服店の仕事が落ち着いては、まだ幼かった好太郎を連れて、東京湾の浅瀬に連れて行って、釣りの基礎をみっちり叩き込んだ。それにしても、彼の釣り上げる魚の量があまりにも多かった為、見ていた上官が「ウチの基地に冷蔵庫はないからそんなに食べきれない」と言って、余った魚を海に返したという逸話もあるから、末恐ろしいというか、大したものであろう。好太郎は、大学時代に食費(昼食費)を浮かせる為に釣りをして、その獲物を昼飯にしたこともある。彼の釣りの腕は、幼少期に身に付いた土台の上に、たくさんの釣りの経験があるからこそ、名人級の腕になれたと言える。継続は力なり。とは意味合いが違うが、彼の釣りスキルはそうやって身に付いたと言える。

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