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第六話 不良少女とスポ根少女

「痛ってえな。どこに目をつけて歩いてんだよ!」

 茶色に染めたぼさぼさの髪に、だらしなく制服を着こなし、殺伐とした顔つきをした少女だった。どう見ても不良少女だった。バッチを見ると、一年生のようだった。


(これも強制イベントなんだろうな。だったら、こっちも好き放題やらせてもらうか)

 理不尽に発生した事からこれを強制イベントだと踏んだケイトは、不適な笑みを浮かべた。


「ぶつかって来たのはお前の方だろ。文句を言われる筋合いはないな」

「ケ、ケイ君……」

 相手を挑発する発言に、そばにいた沙羅は心配そうに声をかける。

 目の前の少女は沙羅には目をくれず、ケイトだけを睨みつけていた。


「てめえ、ケンカ売ってるのか? 舐めた口叩いてんじゃねえよ!」

 少女はいきなりケイトを殴り飛ばした。ふいを受けたケイトは為す術もなく地面に倒れる。殴られた頬が、ほんの少しだけ痛かった。


(本当はもっと痛いんだろうな。でも、いきなり殴る事はないだろ)

 ケイトは何事もなかったかのように立ち上がると、少女に詰め寄った。

「暴力に訴えるのはよくないんじゃないか? 土下座して謝りな」

「謝れだと? 上等じゃねえか!」

 再び少女は殴りかかってきた。顔面に一発、胸元に二発、とどめに蹴りが腹部に突き刺さった。

 それらのものを受けてケイトは後ろによろめくが、倒れる事はなかった。重そうな打撃を受けていながらも、痛みの方はほとんどなかった。


(それにしても、このイベントの結果はどうなるんだろうな)

 ケイトは冷静に考えていた。強制イベントである以上、決められた結果を覆す事は出来ない。


 負けると決まっていればどんなに戦っても負けるし、勝つと決まっていればどんなにやられていても最後には理不尽な手段で勝利する。

 誰かが止めに入るなら、それまでの流れがどうであろうとそこでイベントは終了する。それが投げ縄のイベントから学習した結果だった。


 とその時、ケイトの腕のコントローラーからブザーが鳴った。若林からの呼び出しである。

 ケイトはゲームを中断し、回線を開いた。

「圭人くんどうして防御しないんですか!  このままじゃKOされてしまいますよ!」

 慌てたような若林の声が聞こえてくる。ケイトは首をかしげた。


「KOって?」

「ゲームオーバーって事ですよ!」

「は? なんで倒されたらゲームオーバーになるんだ? これは強制イベントとは違うのか?」

「そうですけど、これは特殊イベントでもあるんです。特殊イベントは、失敗すると即ゲームオーバーにつながります。今の場合では、あの少女に負けてはいけないんです」

「格闘ゲームかよっ!」

 思わずケイトはツッコミを入れた。


「いえ、これは一つのミニゲームです。やっぱりミニゲームは付きものじゃないですか」

「いるかそんなもの! 付けるにしても、即ゲームオーバーにつながるような恐ろしい設定にするな! 恋愛シミュレーションゲームだろこれは!」

 ゲームの趣旨がまるで理解出来なかった。

「そうですか……いろいろな要素が絡み合って面白いと思ったのですが……」

「どういう感性をしてるんだよあんたらは……」

 ケイトは頭を抱えたい思いだった。


「……とりあえず、今はあの少女に負けないようにして下さい。主人公の体力は高めに設定してあるので簡単には負けませんが、それでも限度があります。戦って勝ってもいいですし、時間切れの引き分けに持ち込んでも構いません。一定の時間がたてば、沙羅が先生を連れて戻ってきますから」

 言われて周囲を見渡すと、いつの間にか沙羅の姿が消えていた。いるのは遠巻きに見ている見知らぬ生徒たちと、不良少女だけである。ゲームの時間は止まっているので、その少女は無防備だった。


(今のうちにぼこぼこにしちゃってもいいんじゃないか?)

 ふとケイトにそんな考えがよぎった。

「ま、なんとかやってみるよ」

 姑息な考えは断ち切り、ケイトはゲームを再開させた。

「さて、それじゃ遠慮なくやらせてもらおうかな」

 ケイトはサディスティックな笑みを浮かべると、不良少女に近づき思い切り殴り飛ばした。


「きゃあっ!」

 所詮は少女である。華奢な身体は、大きく吹っ飛ばされていった。

「て、てめえ、やる気か?」

 少女は少し逃げ腰になりながらも、ケイトを睨みつける。


「悪いけど、おれは格闘ゲームが得意なんだ。本気でやらせてもらうぞ」

「ケンカだったらアタシも負けねえ! これでもくらいやがれ!」

 少女は手のひらを前に突き出すと、そこから光の玉を発した。

「なにっ!?」

 予想外の攻撃をされたケイトは、慌ててガードを固めた。腕に当たったその光の玉は、わずかな衝撃を残して霧散した。


(おいおい、これじゃ本物の格闘ゲームじゃねえか)

 ミニゲームのレベルとは思えない本格さに、ケイトは戦慄した。だがそうだと割り切れば、手に負えないものではなかった。


「おれにケンカを売った事を後悔しな」

 VRスターでの格闘ゲームでは、選んだキャラによってパワーやスピードに差が出るものの、持っている技をどのタイミングで出すかは自由自在だった。

 つまりは常にスーパーコンボが可能になるという事である。


 少女との間合いを一気に詰めたケイトは、手始めに跳び蹴りを食らわせた。

 よろけたところにボディブローを叩き込み、アッパー、裏拳、回し蹴り、さらには相手ののどを掴み、斜めに跳躍して落下と共に少女の後頭部を地面に叩きつけた。喉輪落としのような形になる。

 激しい連続攻撃に、少女はぴくりとも動かなくなった。あっという間のKOであった。


「これがおれの実力だぜっ!」

 本物の格闘ゲームと同じように、ケイトは拳を突き上げて勝利の決めゼリフを叫んだ。完全に格闘ゲームの主人公になりきっていた。

 しばらく勝利の余韻に浸っていると、やがて少女が目を覚ました。散々なダメージを受けた割には、早すぎる回復である。


「……まさかアタシが負けるとはな。アンタ、何者だ?」

「二年C組の神山ケイトだ。文句があるならいつでも相手になってやるぞ」

 なんだかんだ言っても、ケイトはこのミニゲームにはまっていた。

「神山ケイトか。アタシは一年の前原(まえはら)香澄(かすみ)って言うんだ。なあ、アンタはアタシみたいな不良は嫌いか?」

 香澄の好感度に影響しそうな質問に、ケイトは思いっきり悪意を込めて答えた。


「ああ、大嫌いだ。お前のような奴は眼中にない。生ゴミ以下だ」

 すると香澄は悲しそうな顔を浮かべた。

「そっか……、やっぱりそうだよな。不良なんて、好きになる奴なんていないか。悪かったな、つまらない事で絡んだりして」

 香澄は立ち上がると、とぼとぼと校舎の中に消えていった。


(不良少女との恋愛か……。それもまた、マニアックな設定だな)

 嫌いじゃないと答えていれば、そういう展開に持って行けたのだろう。ケイトはしみじみとそう思った。


「ねえキミ、今のすごかったね!」

 唐突に見知らぬ少女がケイトに話しかけてきた。ショートカットでボーイッシュな雰囲気を持ったその少女は、明るい笑みを浮かべていた。


「君は?」

「ボクは二年A組の島崎(しまざき)夏樹(なつき)。テニス部なんだ。さっきのケンカ見てたんだけど、本当にすごかったよ。あれだけの運動量があるなら、将来見込みアリだね。ねえ、ボクと一緒に青春の汗を流そうよ!」

 夏樹はさわやかに笑って手を差し出してくる。ようは部活の勧誘なのだろう。しかし、この展開はあまりにも不自然だった。


「悪いけど、おれはテニスには興味はないんだ。それに君もおかしいんじゃないか? ケンカが強いからスポーツも出来そうだって、発想が飛躍しすぎている。それにさっきおれは女の子に暴力を振るったんだぞ。君は誉めてくれるけど、普通なら非難してもいいようなものだぞ」

「だって、先に手を出したのはあのコなんでしょ? そんなの自業自得だよ。キミは正当防衛をしただけなんだから。それに、ボクも不良は大っ嫌いだし」

 夏樹はてへっと笑ってみせる。


「……どこから見てたんだよ」

 やたらと詳しい夏樹にケイトはア然とした。

「ねえ、そんな事よりテニスやろうよ。あれだけの身体能力、使わないともったいないって。絶対キミなら上手くなれるから。ね、いいでしょ、ケイト君?」

「何でいきなり馴れ馴れしいんだよ。君には名乗った覚えはないぞ」

「あれだけ堂々と名乗ってれば、誰でも覚えちゃうよ。文句があるならいつでも相手になってやるってね。格好いいな。キミ、もう有名人だよ」

 夏樹に冷やかされ、ケイトは恥ずかしくなった。勢いで言ってしまったとはいえ、少し後悔した。


「ケイ君、大丈夫だった?」

 その時、先生を連れた沙羅が戻ってきた。

(そう言えば先生を呼びに行ってたんだっけな)

 ケイトは若林から言われた事を思い出した。

「全然平気だよ。もうとっくに片がついたから」

 精神的にはダメージを負っているが、口にはしなかった。

 沙羅は無傷のケイトを見て、ほっとしたように胸をなで下ろした。


「そうなんだ。それで、その人は?」

 目を向けられた夏樹は、自ら名乗った。

「ボクは島崎夏樹。今彼の事をテニス部に勧誘していたところなんだ。ねえ、キミはこの彼の彼女? キミからもお願いしてよ」

「か、彼女だなんてそんな。私たちは、そんなんじゃ……」

 沙羅はお約束のセリフを吐いて赤面した。


「違うんだ? ごめんね、勘違いして。そっかそっか」

 夏樹は誤魔化すように笑った。

 とその時、始業開始を告げるチャイムが鳴った。

「あ、教室に行かなくちゃ。じゃあボクはもう行くね。でも、キミの事はあきらめないからね」

 夏樹はウインクをすると、教室へと走っていった。

「……おれたちも行くか」

 沙羅を促し、ケイトも教室に向かった。

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