アニメショップからの飛躍(2)
「……本当なら、そうなるはずでした。でも、なぜか電源を落としても、友人は目覚めないままだったんです。VRスターの開発には、僕も関与してました。今回のソフトも、制作に関しては僕一人で行ったんです。機械の仕組みは、よく把握しているつもりでした。機械のトラブルにおいて考えられる事は、あらゆる限り試しました。それでも、どうにもならなかったんです」
若林はかぶりを振った。
「現実の彼の身体はどんどん衰弱しています。一刻も早く彼を連れ戻さなければなりません。そこで、君の力が必要になるんです」
若林は今までじっと黙って話を聞いていた圭人に目を向けた。
いきなり話を振られ、圭人はたじろいだ。
「えっ、おれ?」
「いろいろと調べた結果、外部からゲームを止める事は不可能だと分かりました。それならば残った手段は、内部に進入し、彼を直接連れ戻すしかありません。しかし厄介な事に、プログラムの異常により、彼の精神は完全にゲームに取り込まれてしまいました。登場人物の一人と一体になってしまったのです。そのキャラの中に、彼の意識が残っているかどうかは分かりません。だからまず、君にそのゲームをプレーしてもらい、そのキャラと接触してもらいたいんです」
「そんな、なんでおれがそんな事しなくちゃならないんだ? ゲームをプレーするだけなら、別にあんたでもいいじゃないか」
「僕じゃ駄目なんです。一度僕も試みたのですが、危うく僕まであのゲームに取り憑かれるところでした。彼が夢中になるのも分かる気がします」
「そんな事堂々と言われてもな……」
作った張本人までがゲームに魅了されるなんて、格好悪いとしか言いようがなかった。
若林は構わず続ける。
「彼が一体となってしまったキャラは隠しキャラで、登場条件はプレー開始から一定の時期がたった後に、女の子全員の好感度が低くなっている事です」
恋愛シミュレーションゲームとは、相手の喜ぶ選択肢を選ぶ事によってヒロインとの好感度を上げ、一番好感度の高いキャラとのエンディングを迎えるゲームである。
本来ならば、好感度をどんどん上げていくようにプレーする事が普通なのだ。
「……ですが、あのゲームは初心者にも楽しめるように、簡単には好感度は下がらないように出来ています。そうじゃなくてもヒロインたちの誘惑が強すぎて、普通にプレーしていれば自然に好感度を上げる行動が出来るようになっているのです。だからあのゲームをプレーするには、誘惑に負けない現実と夢との分別がしっかりと付く人じゃないと駄目なんです」
若林は一度言葉を切り、改めて圭人を見据えて頭を下げた。
「お願いします。君は美少女ゲームのキャラクターには興味ないんですよね? あくまでもストーリーを重視するんですよね? 現実との分別をつけられ、しかもゲームにも慣れている。君以外適任者は考えられないんです」
ここで圭人は若林の意図を理解した。一樹との馬鹿話から圭人に見込んだ力とは、この事だったのだ。
確かに若林の話が完全に事実なら、下手に一樹のような人間がゲームを始めては、犠牲者が増えるだけだろう。
とはいえ、人の命がかかっているという事の重大性に、圭人は安請け合いする事は出来なかった。
「人の命を救うためにゲームか……。普通にゲームをするならともかく、そんな大きな使命を背負ってのゲームなんて、おれには荷が重すぎるよ。他をあたってくれないか?」
「ゲームの結果については君は何も気にする必用はありません。君はただ、一定の条件を満たせるように普通にゲームをプレーしてくれればいいんです。それで僕の友人を救えなかったとしても、責任は全て僕が背負います。もう悠長に他の人を探してる時間はないんです。だから、お願いします」
若林は必死だった。本当なら一秒だって惜しいところを、ゲームをプレーする適任者を探すためにここで張り込みをしていたのだ。
そこでようやく見つけた適任者を、みすみす見逃すわけにはいかなかった。
若林はなんとか圭人の協力を得ようと、取引を持ち出した。
「もちろん、ただで協力してくれとは言いません。もし君が協力してくれるなら、今我が社が開発している家庭用VRスターを、完成次第ソフトもつけて君にプレゼントする事を約束します。市場には、パソコンと同じぐらいの値段で出す予定です。それでどうでしょうか?」
「いや、別にお礼とかの問題じゃないんだけど……」
「家庭用VRスターだって!? すごいじゃないか! そんな機械、本当に出るのか!?」
乗り気じゃない圭人をよそに、一樹は興奮気味に若林に尋ねた。
若林はその勢いに気圧されながらも、答えた。
「え、ええ。本当です。現場を見ている僕が言うんですから、間違いないです」
「そっかぁ! よし、圭人。この条件飲むぞ!」
「……何でお前が決めるんだよ」
圭人はあきれた眼差しを向ける。
「よく考えてみろよ。VRスターが家で出来るんだぞ? 夢のようじゃないか」
「別におれは、そこまでVRスターが好きなわけじゃないんだけど……」
「今や時代はVRスターに向いてきてるんだ。流行に乗らないでどうする? 家にVRスターがあるってなったら、一躍お前は人気者になれるんだぞ?」
「単にお前がやりたいだけだろうが……」
圭人は嘆息するばかりだった。
「そんなに嫌なのか? しょうがない、じゃあ俺が代わりにその役目を……」
「君では犠牲者が増えるだけです」
若林は即答した。
一樹は軽く咳払いをし、再び圭人に目を向けた。
「やはりここはお前しかいない。俺が出来ないのは残念だが、その見返りにVRスターが家で出来るようになるなら、この任務をお前に譲るよ」
「もともとおれが頼まれた事なんだけど。それに、仮にVRスターが手に入ったところで、お前なんか家に呼ばないぞ」
「そんな冷たい事言わないで。じゃあこうしよう。お前が家でVRスターをやらせてくれるなら、俺も条件としてお前に美少女ゲームを三本くれてやるよ。お前、前にやりたがってたソフトがあっただろ? それでどうだ?」
一樹が所持する美少女ゲームは二十本を超えていた。バイト代のほとんどをつぎ込
んでいるからこそ成せる業である。
圭人もそのうちの何本かは一樹に借りてやっていたのだが、まだまだ興味のあるゲームはたくさんあった。バイトをしていなく、好きなゲームをすぐに買えない圭人としては、これはおいしい条件ではあった。
圭人は迷った。人命救助というプレッシャーがあるが、若林に要求されている事はただゲームをプレーすることだ。それほど難しい事ではない。
それにここまで話を聞いてしまった以上は、完全に無関係というわけにもいかなかった。圭人としても、若林の友人を救ってあげたいという気持ちも芽生えていた。
「……本当に、普通にゲームをするだけでいいのか?」
念を押すように、圭人は尋ねた。
「もちろんです。何が起きても、君には絶対に迷惑をかけません」
若林は力強く頷いた。
しばし圭人は逡巡し、ようやく覚悟を固めた。
「……分かった。やるだけの事はやってみるよ。でも、成功の保証はしないからな」
圭人の答えに、若林はぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
若林は意気揚々と圭人に頭を下げた。
「では早速一緒に来てください。ゲームを始めましょう」