アニメショップからの飛躍(1)
「これ見てみろよ、圭人! すっげー、可愛いと思わないか!?」
秋山一樹はゲームソフトを手に取り、興奮気味に言った。
「……そこで変な同意を求めないでもらいたいな」
隣にいた神山圭人は、深々と嘆息した。
彼らは今アニメショップのゲームコーナーにいた。その中でも美少女ゲームが多数陳列している場所で、一樹は片っ端からソフトを手にしては、興奮して圭人に見せていた。
一樹は現在高校二年生で、クラスでも有名なアニメオタクだった。特に美少女の絵が好きで、美少女ゲームも当然のように彼の守備範囲に入っていた。
一方の圭人も同じクラスメイトで一樹の友達なのだが、圭人の方はオタクと呼べるほどアニメなどにはまってるわけではなかった。
このお店には単に付き合いで来ただけであり、こんなふうに一樹に騒がれては、恥ずかしい事この上なかった。
「そんなつれない事言うなよ。お前だってこういうゲーム好きなんだろ?」
「一緒にしないでもらいたいな。おれが好きなのはゲームのストーリーだ。キャラクターが好きなわけではない」
圭人もまた美少女ゲームと呼ばれる物を好んでプレーしているのだが、価値観は一樹とは全く違っていた。
ただ単に可愛いキャラクターが出ていれば内容はどうでもいいという一樹に対して、キャラクターが可愛くなくても、ストーリーが面白くて感動的な物であればいいと言う圭人。
圭人からすれば、一樹は別次元の人間なのだ。
「相変わらず固いね〜。ストーリーだってさ、可愛いキャラクターがいてこそ光ってくるんじゃないか。この子を見てみなよ。この愛らしい顔。素敵な笑顔。こんな子が、ゲームの中では俺たちに甘えてきてくれるんだぞ? 最高じゃないか」
一樹は少女の絵が描かれたソフトを片手に目を輝かせていた。圭人はあきれた眼差しを向ける。
「所詮はCGじゃないか。そんなものに取り憑かれてばかりいると、いつまでたっても彼女なんて出来ないぞ」
「いいもん。俺にはこの子たちさえいてくれれば。ここにいる女の子たちは、俺の事を裏切らないもん。俺はこの子たちと一生過ごすんだから」
一樹はぐるりと回って周囲にある美少女ゲームを指さした。その目は本気だった。
「そこまではまると重傷だな。おれはそろそろ、お前との付き合い方を考えた方がよさそうだな」
「そんな冷たい事言わないで、お兄様」
「殴るぞ」
睨みつける圭人だが、一樹のゲームキャラの真似は止まらない。
「ご主人様、ぶっちゃやです〜。センパイ、意地悪しないで。お兄ちゃん、遊んで遊んで」
「…………」
圭人は無言のまま背を向けて歩き出した。慌てて一樹は追いかけてくる。
「待ってくれよ圭人。軽い冗談じゃないか」
「おれはそういう冗談は嫌いだ」
「ゲーム好きなくせに」
「だからおれはストーリー重視だって言ってるだろ。お前とは違う」
「もう、圭くんったら素直じゃないんだから。ぷんぷん」
ゴツッ!
「じゃあな」
圭人はすたすたと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待て。本当に殴る事はないだろ」
一樹は頭を押さえながらなおも圭人に追いすがる。
「殴るって警告したはずだぞ」
「俺はただ、この場を盛り上げようとしただけじゃないか」
「相手を選べ、そういう事は。おれがそんなんで喜ぶと思ってるのか?」
「うん」
「…………」
「だからすぐ帰ろうとするなって」
歩こうとする圭人の腕を、一樹はすぐさま掴んだ。
とそこに、
「……あの、すみません。ちょっといいですか?」
ふいに、圭人たちに一人の青年が声をかけてきた。
背が高く、やせ細った身体に眼鏡をかけており、どことなく知的な雰囲気を漂わせた青年だった。
「おれたちに何か?」
怪訝に思いながらも、圭人は聞き返した。
「はじめまして。僕は若林達也と言います。先程から、君たちの会話を聞いていました。僕は君のような人を探していたのです。ぜひ君に、お願いしたい事があるんです」
若林の目は圭人に向けられていた。
「おれたちの会話を聞いてた……?」
圭人は一樹と目を見合わせ、ますます怪訝な面持ちを浮かべた。
圭人たちは単に、馬鹿話をしていただけだ。その会話を聞いて、一体圭人に何を見込んだというのか。理解が出来なかった。
「とりあえず、話だけは聞いてあげるよ」
すると若林はほっとしたように話し出した
「ありがとうございます。まず最初に聞きたいのですが、君は、VRスターというゲーム機を知っていますか?」
VRスターとは、ゲームの中に入り込み、実体験が出来るというゲーム機である。家庭用としては発売されていなく、全国各地のゲームセンターに配置され、子供から大人まで、幅広い年齢層で楽しまれていた。
「それぐらい知ってるけど、それが何か?」
「実は僕、そのゲーム機を開発したフューチャーライブの社長の息子なんです」
「ええーっ!?」
驚愕の声を漏らしたのは一樹だった。
「……何で驚くんだよ?」
圭人は冷めた目で一樹を睨みつけた。
「だってあの会社の社長の息子だぞ? あそこの社長の息子って言ったら、小学生の頃からいくつかのゲームを作り上げ、今では作るのが困難と言われるVRスターのソフトをも手がけるって言う、天才プログラマーだぞ? その天才が、こんなアニメオタクが集まるマニアックな店に来るなんて」
「何に驚いてるんだよ……」
圭人はますますあきれるばかりだった。
「って言うより、ずいぶんと詳しいじゃないか? ゲームの事なら美少女ゲーム以外興味ないと思ってたのに」
「失礼だな。俺だって普通のゲームもやるよ。VRスターだって、何度もゲーセンでプレーしてるんだ。最高だぜ、あの機械は。まるで現実世界にいるような感じでヒーロー気分を味わえるんだからな。あれだけリアルに感じるなら、あの機械を使って恋愛シミュレーションが出来たら、もっと最高だろうぜ」
「結局そこに結びつけるのか!」
圭人は改めて一樹のおたくぶりを実感した。
「……恋愛シミュレーションなんて、いいものじゃないですよ」
唐突に、若林は重々しく口を開いた。
「初めは、そういうゲームもいいと思っていました。愛に飢えた男たちに、ひとときの安らぎを与えられる素晴らしいゲームだって。でも、それは居心地が良すぎたために、現実に帰る事が出来なくなってしまうという恐ろしさを秘めていたんです」
「ちょっと待ってくれよ。やってもいないのにそういう風に決めつけるのはないんじゃないの? だいたい、VRスターには恋愛シミュレーションゲームがないんだからな」
現在発表されているVRスターのソフトは、アクション、格闘ゲーム、シューティング、スポーツの四ジャンルのみであり、RPGやシミュレーション等は存在していなかった。開発が困難だという事が、その理由であった。
「確かに、公の場では恋愛シミュレーションゲームは存在していません。だからこそ、VRスターに新たな旋風を巻き起こすべく、開発を試みたんです」
「って事は、これからそういうゲームが出てくるって事なのか?」
一樹は期待を込めて尋ねる。
若林は苦々しく答えた。
「残念ながら、それはありません。重大な欠点が見つかってしまった以上、公に出すわけにはいきませんから」
「重大な欠点?」
「先程も言いましたが、そういうゲームは現実に帰ってこれないという欠点があったんです。僕は友人のアイデアを借り、そのゲームを完成させました。最終チェックのため、その友人に完成品をプレーしてもらいました。初めは順調でした。でも切りのいいところでゲームを中断しようとした時、友人が元の世界に帰ってくる事を拒否したんです。その結果、彼はもう一週間もゲームの世界に入ったままなんです」
「なんでそうなるんだ? 拒否されたって、強制終了かければ済む話じゃないか。電源さえ切っちゃえば、嫌でも現実に戻らざる得ないんだろ?」
VRスターは脳にゲームの映像を送り込む事により、幻覚を見せる物である。プレイヤーはその間仮眠状態となり、言わば作られた夢を無理矢理見せているようなものなのだ。
その結果、ゲーム機からの映像が途切れれば元の状態に戻るわけであり、必然的に現実の世界に戻るというわけである。