喫茶店
「西園寺さん。話聞いてますの?」
「聞いてますよ」
そう言っているが、実際は全然聞いていない。美夏と顔を合わせれば、黒田薫の話ばかり、しかも同じ話を何度も何度も聞かされた。今回の話も、もう何回聞いた事やら・・・。
「そう言う事で放課後、西園寺さんも行くわよ」
「へ?どこにですか?」
「薫様のプライベートを見学しに!!」
「それって、スト・・・・」
話している途中で、美夏に人差し指で口を封じられた。ニコニコと笑っている美夏の頭の中では何を思っているのだろうか。気にはなるが、余計な詮索は止めよう。
午後4時にHRも終わり、部活の無い人たちは完全下校となる。私も美夏も部活に入っていない。基本的に、殆どの生徒が部活に入っているので、私たちは珍しい分類だと思う。黒田もその珍しい分類に入っている。黒田の場合は、放課後に女の子と遊ぶのが忙しいから、部活に入らないのではないかと私は勝手に思っている。
校門近くの木の陰で怪しまれない様に、友達同士で話している雰囲気を醸し出しながら黒田が校舎から出てくるのを待つ。
「あ~明日の授業、面倒臭いですわね」
美夏の言葉は、棒読みでセリフ臭い。
「もっと普通に話し合いましょう。棒読みすぎですよ」
「じゃ、じゃあ・・・」
美夏が何かを話そうとした時、美夏のスマホが鳴った。
「もしもし。・・・・はい、わかりましたわ」
誰からか分からないが、美夏の顔が曇って来た。どうやら、あまりよろしくない連絡らしい。
電話が終わると、突然頭を下げて謝って来た。
「ゴメンなさい、西園寺さん。用事が出来てしまって、その・・・西園寺さん一人で薫様の事追いかけるのお願いできる?」
えぇ!?光宗さん来ないの?だったら行く意味無いし、断ろう。
「光宗さん行かないなら、私も行くのはちょっと・・・」
そう言うと、美夏は泣きそうな顔をした。
ズルイよ。そんな顔されると断るわけには、いかないじゃん。
「分かりましたよ。今日は、黒田薫の事見張ってますよ」
一瞬にして美夏の顔がパッと笑顔に変わった。そして、私の手を握って何度もお礼を言った後、校門近くに停まった黒いリムジンに乗って帰ってしまった。
「はぁ~、面倒臭いな。こんな事している位なら勉強していたいのに」
誰にもぶつける事の出来ない愚痴を、近くにあった木にぶつけた。
スマホを弄りながら10分位待っていると、黒田が5人位の女の子を引き連れて、校舎から出てきた。こうゾロゾロと女の子を、いつも引き連れて歩いている所が私は嫌いだ。まぁ、今はそんな事は関係ない。とりあえず黒田を追いかける事にした。
始めに黒田と愉快な仲間たちは、学校の近くにある高級レストランに入った。私も一緒に入ろうかと思ったが、なるべく怪しまれたくないので、レストランとは他の場所でどこか時間を潰せる場所は無いか周りを見渡すと、隣に古い喫茶店があった。高級レストランは、よく聖麗の生徒がお茶に使っているから知っている。しかしこの喫茶店は、今まで気にもして居なかったので、始めてこんなお店がある事を知った。とりあえず、この喫茶店に入って、隣の高級レストランの入り口を見張る事にした。
店内は、悪く言うと古臭い、良く言うとアンティークな感じだった。この店のマスターと思われる白髪のお爺さんが、コーヒーカップを磨きながら優しく微笑んだ。
「いらっしゃい。学生さんがこの店に来るのは珍しいね」
「こんにちわ。そうなんですか?」
「そうだね、学生さんは来ないよ。とりあえずこの席にお座りなさい」
言われるがままに、マスターの目の前の席に座った。椅子に座るとギシギシと音が鳴った。
「さて、何を飲みますか?可愛いお譲さん」
そう言われてメニュー表を探したが、どこにも見当たらない。
「あぁ、うちは常連さんばかりだからメニュー表が無いんだよ。そうだね、お譲さんが好みそうなものは・・・クリームソーダとかどうだい?」
クリームソーダは小さい時にはよく飲んだが、最近は飲んでない。久しぶりに飲んでみるのも良いかもしれない。
「じゃあ、クリームソーダでお願いします」
そう言うとマスターはニッコリと笑い、クリームソーダを作リ始めた。作ると言ってもソーダにアイスを入れるだけなので、直ぐに目の前に出てきた。
「どうぞ。で、お譲さんはどこの学校の生徒かな?」
「ここの近くにある聖麗学園という学校です」
私はマスターの質問に答えてから、クリームソーダを飲んだ。久しぶりに飲んだクリームソーダは、アイスの濃厚な味とソーダが混ざってとても美味しかった。
「あぁ、聖麗学園の生徒か。あそこの生徒って頭良いんでしょ?」
「巷では頭が良いと言われてますね」
「へぇ~僕は高校も行かずに、この喫茶店を始めたから色々と高校の事を教えてよ」
「私、高校生じゃなくて中学生です」
「え、中学生なの?大人っぽいから高校生かと思ったよ。じゃあ、中学生活の事色々教えてよ」
「中学1年なので、ちょっとまだ話せるほどの話は無いですね。小学校の話なら良いですよ」
「あら、お譲さんは中学1年だったか。今回はことごとく外れるな。じゃあ、小学校生活の事話してよ」
私はマスターに小学校生活の事を色々と話した。私と仲のいい先生の事や友人関係、成績など、初対面の人には絶対に話さないようなことも話した。マスターは初対面だけど微笑みながら頷いてくれて、話しやすいため、つい乗せられてしまい、絶対に話さないような事も話してしまった。しかし、様々な事を話す事が出来て楽しく、充実した時間だった。
スマホの時計を見ると既に6時を表していた。
「あ、もうこんな時間!帰らないと」
「そうかい。またおいで」
「クリームソーダっていくらですか?」
「あぁ、良いよ。色々と楽しいお話を聞けたしね」
「そんな、お代はちゃんと払わないと」
お金を払う意味というのはお母様から教えられた。そのサービスや物に自分が価値があると思ったものにお金を払いなさいと。
だから私は、このお店のクリームソーダとマスターの会話にも価値を感じたからこそ、お金を払いたい。
「じゃあまた今度来てくれることを約束してくれるかい?」
「え?」
「お嬢さんのお話はすごく楽しいからさ。また来てお話をしてくれる約束をしよう。その時はしっかりとお代を払ってくれれば良いから」
なんて優しい人だ。皆マスターみたいな人なら争い事も生まれないだろう。
「ありがとうございます。また来ます」
私は深くお辞儀をしてお店を出た。辺りは既に薄暗くなっていた。
早く帰らないと!お母様に怒られちゃう。
私は一番重要な事に気が付かずに家に帰ってしまった。家に帰ってお風呂に入っている時に、その事を思い出したが、時すでに遅し。私は次の日が憂鬱になりながらベットに入った。
次の日。
「薫様の放課後はどうでした!!」
朝、私と顔を合わせた直後に、美夏は鼻息荒くして興奮しながら、昨日の事を聞いてきた。しかし、私は全く薫の尾行を出来ていないので、何も言う事はない。その代わりに昨日の事を正直に話した。
「尾行一つ出来ないとは、失格ですわ」
美夏は怒った感じを出したかったのか、頬を膨らました。
「まぁ、失敗はしょうがない。ところでそんな良い所がありますの?」
「あったんですよ。私も初めて見つけました」
「今度、私も連れて行って欲しいわ」
美夏はモジモジとしながらそう言った。
「良いですよ。一緒に行きましょう」
「本当!!ありがとう」
美夏は笑顔でスキップしながら自分の席に戻っていった。
いちいち反応が可愛いな。本当にこれで悪役なのだろうかと思ってしまう。しかし、あんまり怒られなくて良かった。
余計なことで怒らせないように気を付けよう。