02
真っ暗の空、夏の気配など少しも感じられない気温。
ひんやりした路上を小走りしながら、スカイとルイ、そして美麗ノアは通っていた。
「訊きたいことがいっぱいある」
スカイは少女のことは、まだ名前しか知らなかった。ノアは足の歩調を遅めることもなく、淡々と喋り出した。
「その前に、君達の名前を教えてくれる?話づらいから」
2人は、名を名乗った。そして、2人は疑問を一刻も早く解消しようと、質問攻めを始める。
「まず、君は一体何なんだ?」
「……ノアよ。これ以上教えることはない」
ノアはそっけなく言う。歩調が速まっている気がした。
「さっきの怪物は何だったんだ?」
「あれはサイバーラインが製造した抹殺機だと思う。もう誰かに壊されてたけど。君達は暴走した機械に巻き込まれちゃったってわけね」
「ちょっと待てよ。何でサイバーラインがそんな危険なもの作るんだよ!抹殺機なんて……!」
「……それについては話が長くなりそう。今は急いでいるし、そろそろ質問する暇がなくなってきたかも……」
ノアの歩調は一層速まっていた。スカイはノアのあせりを感じる。
大変そうだったし、質問も後回しにしようと思ったが、大切なことを忘れていた。
「あ!大切なことを訊かなきゃいけねえじゃん」
「……何?」
「俺達は今どこに向かってんだよ!」
「あれ、言ってなかったかな。私達は、一刻も早くセンターパークを脱出しようとしてるの」
2人して「はあっ?」と言った。
「何でセンターパークを出なきゃいけねーんだよ!ハルを置いていけるわけないだろ!」
ノアはえっ、と声を出し、足を止めて振り返った。
「他にも友達がいるの?」
「いないなんて言ってないだろ!」
「そんな……」
どうやらまったく計算外だったらしい。ノアはしばらく悩むような動きをしてから、顔を上げ、2人の方を向いた。
「そのハルって子、苗字を教えて」
「え……咲夜だけど……」
ノアはまた黙り込んだ。さっきよりも長い時間悩み続けている。
しばらく時間がたって、やっと結論が出たようだ。
「置いてきましょ」
またもや2人して「はあっ?」と言った。
「馬鹿かよっ!自分で緊急事態だとか言ってんのに、ハルを見捨てんのかよ!」
「緊急事態だからこそ、急いでるの!今更呼び戻すのは不可能よ!」
ルイも口を挟む。
「君の都合は知らないけど、いくら大変な状態でも、サクヤを見捨てることはできないね」
「待ってよ!話を聞いて。いい?もうすぐセンターパークが封鎖されちゃうの!」
「え?それってどういう……」
「君達が脱出するだけで精いっぱいなの。今ハルを連れに行ったら、全員閉じ込められちゃう!」
「なんだよそれ!聞いてないぞ!」
センターパークが封鎖される?意味がわからない。スカイは、これ以上わからないことが増えてほしくないから、ついすぐに追及してしまう。
「じゃあ、何で俺達なんだよ?センターパークには、今人が100万人以上もいるんだぞ!」
「……それは、君達が特別だから……」
スカイはますます苛立ちが暴発してきた。スカイとルイが特別扱いされる理由は何なんだ?新たな疑問が増えていくばかりだ。
すかさずルイがノアに訊いた。
「特別の意味は……今は教えてくれなさそうだね。サクヤに連絡はしていいの?」
「……やめといて。面倒なことになりそうだから」
◇ ◇ ◇
スカイもルイも、自然とノアに抵抗しなくなっていた。わからないことは増える一方だが、なんだか信用してもいい。そんな気がしていた。
そして気がついたらセンターパークと隣町との境界に来ていた。
ノアは、2人を置いて走り出した。境界線のあたりに駆け込み、手を広げる。そして、がくっ、と跪いた。2人はノアの方に駆け寄る。
「どうしたんだ?」
「……間に合わなかった」
「どういう意味なの?」
「もう、センターパークは封鎖されてる……」
封鎖された、とはどういうことだろう。目の前には、普通に道路が広がっている。何も仕切りはない。ルイも同じことを思ったらしく、
「何もないじゃないですか…」
といって、躊躇いなく境界の先に足を踏み込んだ。
すると、一瞬で、黄緑色の光が幕のようになびき、ルイの足を包む。ルイは声をあげて足を引き戻した。みるみるうちに光は消えていった。
「い、今のは……?」
「センターパークの境界上にある仕切りよ。光は包むとその人を動けなくする。正確には、いくら前に進んでも、同じ地点に戻される状態にする、かな」
「それが、センターパーク全域の境界にあるのか?」
「おそらく、ね……」
なんてことだ。スカイとルイだけでなく、センターパーク内にいるすべての人が、この街に閉じ込められてしまったのだ。
その時、そびえる大きなビルにつるされているパネルに、何かが映った。
大きな椅子に足を組んで座っている、男だ。スカイは、一度ニュースで見たことがある。
その姿は、誰もが知っているであろうサイバーラインの社長、桧田ユウスケだった。
町中の、スピーカー、テレビなどいたる所から桧田ユウスケの声が聞こえた。
『やあ、センターパーク内の諸君。突然にすまない』
ざわめきが聞こえた。どうやら、桧田は、センターパークの人中に放送を始めたらしい。
『私は、サイバーライン社長、桧田ユウスケだ。今日はセンターパーク内のすべての人に、話したいことがある』
淡々と、桧田は喋り始めた。
『私たちサイバーラインは今までこの国のコンピュータネットワークを管理してきた。そして、このセンターパークのアトラクションを運営してきた。しかし、それらはすべて、今日から始まるサイバーラインの大事業のための布石だったのだ』
ざわめきが強まる。みんな戸惑いの表れた顔をしている。スカイ自身も、桧田は一体何を言いたいのだろう、と思っていた。
『勝手ながら、先ほど、このセンターパーク全域を封鎖させてもらった。住人の者たちには不便ないだろうが、遠征で来た者たちには、申し訳ない。これも、その事業を成し遂げるためには必要なことなのだ』
多くの人が、町から出ようとしていた。だが、封鎖された町から、誰も逃れられなかった。そして、ここから出せ、助けて、などの叫び声が聞こえ始めた。
『今は慌てる者もいるかもしれない。だが安心してくれ。われわれは、君たちに一切害を与えるつもりはない。ただ、事業の邪魔者、才能を持つ者達すべてを抹殺する。それが終わったら、諸君らを解放しよう』
(才能を持つ者達?なんのことだ?それに抹殺って……)
パネルに映っていた桧田の画面は消えた。多くの人は、「抹殺」という言葉に恐怖を覚え、パニック状態に陥っている。
ノアは周りの状況とは関係なく落ち着いていた。スカイとルイも、この事実を先に知っていたからか、精神状態は安定している。
「こういうこと。わかった?さっきの怪物も、才能を持つ者を抹殺するための機械」
「おい、待てよ……じゃあ、俺達が怪物に襲われた理由って……」
「いや、あの時は故障していて暴走していただけだと思うわ。でも、あなたたちは正真正銘の才能を持つ者だわ」
2人はまたまた合わせて声を上げた。どういう意味だろう。それに、才能を持つ者ってなんなんだ?疑問がまた頭に浮かんできた。
「今はまだすべては話さない。次の目的地があるから。あと、ハルって子も携帯で呼んでおいて。あと言っておくけど、携帯電話等での連絡は、センターパーク内でしかできないから。じゃあ、待ち合わせ場所は、第3地区の中華街でね。あと!ハルには、何も言わないでおいて」
それだけ言うと、ノアは走り去った。スカイとルイは目的があるにもかかわらずただ茫然としていた。
何が何だかわからないことが多すぎる。3人はただ、純粋に、懐かしい思い出をよみがえらせながら楽しみたかっただけなのだ。それなのに、怪物に襲われたり、町に閉じ込められたり、散々な思いばかり。
スカイは町中の人々のように恐怖に陥る気も、家に戻れない悲しさに泣く気すら起きず、携帯電話に手をかけた。