02
スカイが軽い足取りでやってきたのは、町のはずれにある小さい山だ。
その山自体は大して有名ではないが、そこにはこの国の者なら誰でも知っている、有名な観光名所がある。それがふもとにある洞窟、<アイド遺跡>。目当ての場所だ。
スカイは遺跡に直行しなかった。横の登山道を少しだけ登り、途中で道を外れて草木の生い茂る部分を歩く。
ここに来るのは久しぶりだ。でも、足跡がまだ残っている。草木をかき分けて進んだ。
やがて洞窟が見えた。アイド遺跡の裏側だ。スカイは落ち葉がぎっしり詰まった坂を駆け下り、岩肌の下の方にある、小さな穴を確認した。ここが入口だ。
裏口から入ったアイド遺跡は、表の観光用の道とは比べ物にならないほどきれいだった。むき出しになった岩はなく、平らな壁、床、天井。誰にも手出しされないまま、何年も、この美しさを保ってきていたのだ。スカイはよく、どうしてこの遺跡は誰にも見つからないのだろう、と不思議に思った。
通路は延々と続く。スカイは何度も来ているから、気にすることはない。それに、通路を歩きながらいたるところに描かれている壁画を眺めることは好きだった。壁画に描かれた人達は、みんな<アイド>だ。
アイドというのは異世界に住む、といわれている亜民族だ。
アイドは昔から、「人間の敵」として、言い伝えられてきた。アイドははるか昔、人間に対して最低で非道な行動を起こした。
異世界を知らない人間は、アイドのことがわからない。推論の裏付けになるものはなかった。ある学者は何の根拠もなくアイドについてこう推測した。
アイドの世界には、すべてを終焉へと導く邪悪な力が宿っている。それを止めるためには、異世界の者の命を注ぎ込む必要がある。
アイドは人間界に移動する何らかの手段を見つけ、人間界の者を捕まえた。そして異世界に連れ去り、生贄として捧げたのだ。
アイドはその後も3回、この世界に訪れたそうだ。
最初は学者の突拍子もない推測を信じる者はいなかったが、アイドがこの世界に来るたびに何人もの人間が連れ去られたのはまぎれもない事実だ。やがて人々は、この推測しか信じられなくなった。
3回目のアイド襲来は、有名な<人類服従>という事件が起きた。
アイドは、戦力で人間を上回り、連れ去り生贄にするだけでなく、人間界をも支配しようと考えたのだ。アイドは、とんでもないスピードで、支配を進めていった。そして、このアイド遺跡ができた。アイド遺跡は、人間がアイドを祀って建てられた宮殿なのだ。
人間はただ黙っているわけではなかった。人間は必死の反抗によって、アイドを退散させたのだ。それ以来アイドは人間界に戻ってくることはなかったという。
今では、アイドは教育の中で頭に入れられ、非道な種族だと学習させられる。
しかし、アイドの謎は、多くの学者が解明しようとしたが、無理だった。やがて時間の経過につれて、アイドについて語るものはいなくなった。忘れられた存在になろうとしている、といっても過言ではない。
スカイは、行き止まりに到着した。そこに描かれていたのは、巨大なアイドの1人、きっと支配者だろう。
(ここは、変わらないな……心が落ち着く)
スカイは、普通の人間とは言いがたい過去があった。幼いころに、両親に捨てられたスカイは、なぜかアイドに6歳まで育てられたのだ。
何も覚えていない。覚えていることは、スカイという名前は育てられる前からあったということと、アイドと別れる時のことだけだ。それ以外はすべて謎のままだった。
アイドがここに来る理由は、育ててくれたアイドへの感謝の気持ち、そして、いつか謎を解き明かしたい……という願望があるからだ。
スカイは、ここに来たら、別に何をするというわけではない。ただ心を落ち着かせ、記憶回路をたどろうとするのだ。ここに来たら何か思い出せそうな気がする。そう信じ続けて、5年はたった。収穫は、ない。
今日も何か思い出そうとする。内心はあきらめていた。その時、声がした。
「……へぇ、こんなところがあったんだ」
聞き覚えのある声。さっき別れたばかりのルイだ。
(なんでルイがここにいんだよ!?)
「お前!あとをつけてきてたのか!」
「ご、ごめん。好奇心だよ」
自分の好奇心に動かされてあとをつけてきたのか。ルイがそんなことをするなんて、初めてだ。
「君、いつも山の方に行くからさ、気になってたんだ。何か秘密があるんじゃないかって……」
「ここに来ることを知ってたのか?」
「いや、まさか洞窟に行くとは思わなかったよ」
「……」
スカイは、言葉が出なかった。信用していたルイに尾行されるなんて。それ以上に、自分の秘密の場所が、知られてしまったのだ。沈黙が続く。やがてルイは、やさしい目つきになって聞いた。
「……何か、悩みがあるんじゃないか」
「……別に」
「……そう」
再び沈黙。少し時間がたつと、ルイは回れ右し、尾行して申し訳ない、と言った後、重い足取りで去って行った。
(待てよ。ルイに言いふらされたら……)
急に不安がよぎった。急いで走ってルイのもとに追いつく。
「ルイ!」
ルイは近くまで寄っても気づかなかったようだ。
「……何だい」
「ここのこと……誰にも言いふらすなよ!」
ルイは驚いたような表情を見せた。そしてスカイに静かに言った。
「僕が、君のことをみんなに言いふらすと思ったの?」
「……え?」
「僕は、今まで君の秘密を言いふらしたことがあった?君との約束を破ったことがあったかい?」
「……それは」
一回もなかった。ルイは口が堅いし、親友のスカイを大切にしている。スカイを裏切るようなことは一回もしていない。スカイは、尾行のことで、苛立っていたのだ。
「何があろうと、僕は君の秘密を言いふらすようなまねはしない。僕は、君と遊ばなくなってから、君に信頼されなくなったの?」
スカイは急に、涙がこみ上げてきた。
(気づかなかった……)
ルイは、スカイとの絆を決して忘れていなかった。今でも信頼し、気にかけてくれていた。尾行だって、スカイが何か隠していて、何か抱え込んでいるのではないか、と気づかってくれたからだ。それなのにスカイは、1人で秘密をもつばかりで、知られたら、信頼していなかったのか、と怒る。本当に信頼していなかったのは自分だ、ということに気づかずに。
もう秘密を持ち続けるのはよそう。ルイが自分のことを嫌おうと、もう抱え込むのはいやだ。
スカイは自分の過去をすべて打ち明けた。ルイは黙ってすべて聞いてくれた。
「……」
「以上が俺の生い立ち。最低の過去だよ……」
「申し訳ない」
「え?」
「今まで、君にそんなことがあったなんて知らなかった。親友として、君のことをもっと知るべきだった」
ルイはここでもスカイを気づかってくれた。ルイは全部を受け止めてくれたのだ。涙は止められなかった。ぼろぼろと床に落ちる。
「ありがと……ありがとう」
ルイはスカイの肩をポン、と叩いた。
「さ、明日3人で思いっきり遊んで、いやなこと全部忘れちゃお。僕は塾があるから帰るよ」
「……ああ」
お互いの友情を再確認させられたスカイだった。