2/ 引き金
( ゜∀゜)うはっ☆
「ここは…」
気が付くと俺はぼんやりとした不思議な場所に立っていた。どこを向いてもぼんやりとしていて、背筋に冷たい汗が流れる。
すると、目の前から歩いてくる人影に気が付いた。
「脩斗…? …脩斗! 大丈夫か!? ここはいったい…。それに美由佳…は……」
脩斗は寂しげな表情で俺を見つめていた。
少しの不安が胸を締め付け、一度閉じた口を再び開こうとした。だが、問い掛けをしようとした俺の喉からは小さな悲鳴が漏れた。
脩斗は俺に向けて不気味に黒く光る銃を持ち、それを俺に向けていた。
「な、何で…。何でだよ脩…」
俺は脩斗の名前を呼ぼうとしたが、脩斗の持つ銃から放たれた重く冷たい意志を宿した弾丸が俺の左胸を貫いた。
薄れる意識の中で脩斗は寂しげな表情で小さく何かを呟いた。
「…聞こえねぇ……聞こえねぇよ脩斗…。いつも通りバカみたいに叫んでくれよ…」
消え行く意識に追い討ちを掛けるかのように鮮血が俺の視界を遮った。
「……なぁ、」
「脩斗…」
俺はそう呟き目を覚ました。
目からは一筋の涙が流れていた。額からは汗が流れており、恐らく今の悪夢に魘されていたのだろう。
涙を拭い周りを見渡すとさっきとは違いぼやけてなどおらず、意識も景色もはっきりとしていた。だがここは……。
「学校じゃない…」
学校ではないどこか。どこかの住宅街。俺以外誰もいない。
そこまで理解すると頭がズキズキと痛んだ。どれくらい眠っていたのだろうか。それにデスゲームって……。
「……デスゲーム…か。…信じられないな」
恐らくこう思っているのは俺だけではないはずだ。
いつも通り登校して、いつも通り自分の席に座らせられ、突然「デスゲームを始めます」と言われても誰もピンと来ないだろう。冗談も良い所だ、と思う。
だが、俺たちは目の前で見せられた。クラスメイトが先生の持つ拳銃で撃たれたところを。
その生徒もグルで俺たちを騙している言うこともありえる。だが、あの時の鼓膜を突き破るような轟音と共に放たれた火花、硝煙、そして弾丸。その弾丸が生徒の腹部を抉り飛び散った赤黒い血。
それだけで信じることはできないが、こんなパニックに陥れるようなことをする必要も無いだろうし、あの場では全員がパニックに陥った。皆信じたくなくても信じてしまうだろ。この『ゲーム』を。
「このデスゲームは……リアル…」
俺の言葉を聞いていたかのようにタイミング良く制服のポケットに入っている携帯が音を立てて震えた。
俺はポケットに手を突っ込んで携帯を取り出す。だが、それは俺の携帯ではなかった。画面に表示されている名前は『ディーラー』。トランプゲームなどでよく使われる言葉だ。
震える指でボタンを押して、耳に宛がう。聞こえてきたのは、「しばらくお待ちください」のアナウンスの声。ボタンを押した瞬間から電話の向こうの相手との会話が始まると思っていた俺は、少し拍子抜けした。
だが、それもすぐに終わった。ブッ、と言う音と共に静寂が訪れた。
しばらくすると、変声機を使っているのであろう低い機械音のような声が耳に届く。
「ようこそ全国の高校生諸君。突然ではあるが、たった今からデスゲームを始めてもらう」
俺はマイクに向かって叫んだ。
「ふざけるな!俺たちをどうするつもりだ!」
だがその声は説明を続ける。質問に答える気が無いのか、聞こえていないのか、もしくは録音した音声なのか、それは分からないが俺たちに質問の権限は無いらしい。
「ルールは簡単だ。ランダムで選ばれた生徒を時間内に殺す、それだけの事だ」
淡々としたその口調は続く。
「ただ選ばれた生徒を殺す、と言うだけでは効率が悪い。その為、もし、時間内にランダムで選ばれた標的を排除出来なければ、もう一度ランダムで選ばれた5万の人には死んでもらいます」
────効率…?
俺は最初その言葉に疑問を覚えた。
「そしてまた、その5万人の生徒にただ死んでもらうのも面白くない。ハンター約5千人から同じく時間内に逃げ切れば生き残る。捕まれば、じっくりと甚振られてから死んでもらう公開処刑。殺され方は…様々だ」
公開処刑。恐らくそれはさっきから上空に浮かんでいるモニターから流されるのだろう。
「標的として選ばれた生徒たちは誰でも殺せる権利を与える。残りは連携を組んでも構わないが、標的以外を殺してはならない。ミッション失敗により選ばれた5万人はハンター以外殺してはならない。選ばれなかった残りはさっきと同じだ。逃げる時間は前者は二十時間後者は四時間だ」
その時間は逃げる側には長く、追う側には短く感じられるだろう。形式的に並べられたような台詞は、混乱している俺たちの頭にこびりつく。
二十時間以内に標的を殺す。もし殺せなければ5万人の人間が残りの四時間、ハンターに狙われる。
追われる側は誰を殺しても良いが、追う側は標的以外の殺害を許されない。簡潔に言ってしまえばこう言うことだろう。
不意に傍にある電柱の足元に教室で見た二つのケースともう一つ違うケースが置かれていた。
近くまで寄ると、銃が入っていたのと同じような黒ケースの表面に《Multifunction Goggles》と表記されていることに気が付いた。
「…多機能…ゴーグル……?」
俺はケースのロックに手を伸ばし、上げる。カチッ、カチッ、と音がしてロックを解除し蓋を開けると、そこにはスポーツ用サングラスにイヤホンとマイクが付いたような形状のゴーグルが入っていた。
機械音の低い声は、また俺が開けるのを見計らったかのようなタイミングで口を開いた。
「三つ目のケースに入っているのは特殊なゴーグルだ。半径三キロ以内にいる人間の位置を特定できる優れ物。レンズにも加工がされてあって、この携帯にコードを繋げればレンズにマップやなどの表示も出来る他、自分を狙うハンターを識別できる」
俺はその言葉を半ば聞き流しながら装着する。
サングラスの形状を保ちながら、走っている時にずれないようにする為の配慮かヘッドフォンのように頭に被せる部分も付いている。だが、小型のイヤホンは片耳のみでマイクまで付いている。これは何の為かと思うと、やはり携帯からの声が説明に入る。
「走っているときは携帯が使えないだろうと思ってイヤホンとマイクも付けさせてもらった。粋な計らいだろう?」
これで仲間、友人と通話をしろと言うわけか…。俺はそこまで考えると、教室で開けたように残りの二つも開ける。あの時と同じ火薬の臭い。だが気にすることなくホルスターを腰に巻き、一丁の拳銃とマガジンと弾丸を詰め込む。
そして拳銃と共に入っている細長い筒に目を向ける。これはパソコンで幾らか見たことがある。確か減音機とか言うやつだ。それを手際良く銃に付ける。ホルスターに関しても減音機の装着に関しても、自分の手際の良さに寒気を感じる。
すると突然頭に流れてくる声、そして情報。しばらく戸惑ったが、このゴーグルの機能の一つだと悟った。その説明も携帯端末から流れている。
既に標的が選ばれているらしい。選ばれた者は選ばれた瞬間と三十分に一度の索敵、加え索敵継続時間十分の四十分が計四十八回表示されるらしい。
ここから近くは三キロ先。俺はしばらくその赤く点滅する点を睨んでいると、突然点滅は止まり赤色から灰色へと変化した。