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其の一

「石作皇子殿は仏の石の鉢を。阿部御主人殿は唐土にいる火鼠の皮衣、東の海にある蓬莱の玉の枝を車持皇子殿、龍の首の玉を大伴大納言殿、燕の子安貝を石上麻呂殿――」

 口調は丁寧だが抑揚がなく、美しい顔には表情がない。だがそんなことはよいのだ。御簾に遮られた姫の顔は、一度として男どもにさらすことはないのだから。

 迦具夜は横一列に座る六人の貴公子を眺めて、最後の男に視線を止めた。この男にはどんな難題を突きつけてやろうと思案する。他の五人とは違って堂々と胡坐をかき、音を立てながら扇子を仰いでいる。石作の皇子たちは、およそこの世には存在しないであろう愚かしい注文の品々に長嘆を繰り返す。それは求婚に来たというのに本人の顔を一度として拝む機会も与えられないことが拍車をかけている。

 やがて姫の難題に、それでも思い当たる節があるのか決意を込めて拳をつくり、颯爽と座敷を去る者もいた。障子の開閉が数度行われ、その都度、朱に染まった葉の鮮やかなざわめきが、迦具夜の目に飛び込んできた。

 残った男から強い視線を受けているにもかかわらず、迦具夜は前方を強く見据え、決して眉一つ動かさぬ決意をする。男の視線は強くまっすぐである。御簾で遮られ、正確に迦具夜を目にすることが出来ないにもかかわらず、彼の視線の位置は正確である。

 日ごとに息を白くさせる風が最後に入ってきたとき、座敷には男がひとり中央に静かに座しているだけだった。侍従たちは襖の外でひたすらお呼びがかかるのを平身低頭で待っている。

「そなたには――」

 名さえ知らぬ、名乗らぬ男は天の帝の娘に求婚しようと座してはいるが、一度も頭を下げなかった。

「聞かぬぞ」

 手のひらでぽんと扇子閉じ、男は歯を見せて笑った。それほど大きな声ではなかったが、迦具夜は思わずはっと視線を向けるに充分な意志のこもった声だった。衣擦れの音により、迦具夜を反応させたと知った男は、声に自信を増しさらに続けた。

「持って来いと言われても、この世に存在するかしないかわからんものを探しに行く気にはならん。まあ、菓子ぐらいなら、叶えてやらんでもないが」

 迦具夜の頬にさっと朱がさす。子ども扱いされたと知り、先ほどの決意はどこへやら、眉尻がつりあがった。

「仮に見つけたとして、お前はそれで嫁に来るのか」

 男は楽しむように喉の奥でひとしきり笑い、ごろんと横になった。初めて男の視線が下になったが、迦具夜の気分が良くなることはなかった。あまつさえ自分より身分の低い男に、お前と挑発をされたのだ。

 それでも答えぬ迦具夜に、男は鼻を鳴らす。

「お前はそれほどの価値しかないのかと聞いている。ひいてはお前の父の価値を貶めているのと同じだぞ」

「なにをっ」

 声を荒げると、すかさず男は立ち上がり、無作法にも御簾をあげ高座に乗り込んできた。

 男の獰猛な気配を感じ、重い着物の袖を引きずるようにして身体をよじる。が、男の動きはそれよりも素早く、腰の後ろに腕を回され抱き寄せられた。見れば眉の太い、切れ長の目をした男である。男はまっすぐ迦具夜を見下ろし、頬に唇を寄せた。香ではないまた別の男の香りに迦具夜の心臓はこのとき初めて高鳴った。

「よい見目だ」

 くっと男が笑う。

 危険だと、迦具夜の本能が告げるが、思わず握り締めた先は男の袖であった。質素なつくりの着物ではあったが、手触りがよく滑らかな生地は、上質な絹である。

 うそぶく男の態度に迦具夜は眉をひそめる。男を押し返すことなど念頭になかった。むしろ興味を抱いた。どの貴公子を選んでも同じであろう、父・帝と見解は同じであった。しかしこの男は迦具夜の要求に応じる気配がまったくない。

 帝の娘であるというだけで、美しいと評されるだけで迦具夜に求婚する男は後をたたなかった。幼い頃はそれでも結婚という概念がわかりかねたので、自分を見定めようとする男に嫌悪を感じたぐらいである。無理難題な要求を突きつけ、たとえ叶えた男としても、なにかと理由をつけ求婚を断るうち、適齢期を過ぎようとしていた。

 もはや最後の見合いとばかりに設けた席に集まったのは六人。最後のひとりに興味を持つなど、予想ができただろうか。

「では行くぞ」

 どこへと口を開く間もなく、男は強引に迦具夜の手を取り引き寄せる。迦具夜が足をもつれさせると、すかさず男が腰に腕を添えた。

 廊下を小走りにかけ、ぞうりを履いた。なにに急かされているのか、ふたりは帝の屋敷から飛び出す。門番が不審な表情と声をかけたが、いずれも迦具夜の一言に引き下がった。今では迦具夜が男の手を引いている。

「どこへ」

 男がようやく問えば、迦具夜は男を見つめて微笑んだ。

 幾重にも重ねられた着物が霜を吸ってさらに重くなる。迦具夜はためらいなく帯を解き、数枚の着物を投げ捨てた。それはひらひらと舞うことなく、重量を感じさせる音を立てて地面に沈む。迦具夜は襦袢に近い、薄い着物一枚の姿になっていた。着物の重さ、それは重圧である。迦具夜が思わず両手を挙げて開放の喜びを表現した。

「寒くはないか」

 そんなことは、あるはずがない。応えず迦具夜は先ほど拝借してきた二頭の鹿毛の手綱を男に渡す。

「とんだじゃじゃ馬だ」

 手馴れた様子で男も馬に飛び乗った。鮮やかな馬術に迦具夜は目を細める。ふたりは馬の腹を蹴った。



関わらず→かかわらず

です。修正しました4.29

何回、同じ間違いをすればよいのか……。


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