Only(僕)
冷たい。
足先から、四肢を冷やす冷酷な道路。
背中におぶさる淡い雪。
鼻をひくつかせ、匂いをたどる。
呼吸が荒くなる。
でも、でも向かう。
あの子のもとへ。
僕だけのあの子のもとへ。
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ずっと虐げられて来た。
不思議と苦しまなかった。
あぁ、またか。
諦めと、蔑みとほんのちょっぴりの強がり。
目元だけを潤わせて、無視して歩いた。
学校になんかは行ったことがない。
ずっと遠く、山の中から眺めただけ。
こんな所へ出て来たのだって、数年前。
不確かだけど。
ある日人間が多く出入りしていた綺羅びやかな建物に入ってみた。
耳を切り裂く爆発的な音。
クラクラするような強烈な光。
派手で権力を象徴するような演出の反面、
人間たちは無表情。
時折悲しみ、時折喜ぶ。
最後にため息だけ残して去っていく。
異常...なのかは分からない。普通なのかもしれない。
目と耳を攻撃され、立ちすくんでいると比較的若い人間が長い棒を持ってきた。
なんて言っていたかは分からない。
気怠げに僕に向かって棒を突いた。
動物を追い払うように...。
僕は思わず背を向け、走り出していた。
ここでも僕は受け入れられないのか。
ある日学校という場所へ行ってみた。
所々錆びた鈍色の門をくぐった。
そこに居た人間達は、珍しく叫ばず騒がず、じっと見つめてきた。
軽蔑、よりかは興味だろう。
分かり合えるかも。
僕はそう思った。
でも、大きな人間がまた僕を棒で突いた。
抵抗しようか、と考えたけれど
その前に顔を突かれ、転んでしまった。
ここでも受け入れられなかった。
しかし、山にいた頃よりはマシだった。
山では、異種族として噛みつかれ引っかき回され痣だらけだった。
誰にも受け入れられない。
誰の「普通」にも馴染めないままトボトボ歩いていた。
ふと、公園に立ち寄った。
普段から寝たり、ご飯を食べたりする所だ。
いつもの場所へ行くと、小さな少女が倒れていた。
ツヤツヤの毛。小さな口。
フッと心の枷が外れた気がした。
思わず声が漏れ出た。
人間達とは違った、恍惚のため息だった。
少し顔の辺りをつついて起こそうとした。
一回では起きず、何回もすると起きた。
眠たげな眼を擦っていた。
目を開いたと思ったら、飛び跳ね驚いた表情を見せた。
丸い可愛らしい目をしていた。
オドオドとしていて、落ち着きがなかった。
一つ一つの彼女の仕草が、僕の心を軽くし、沼にはめていった。
ただ惚けていると、彼女が頭を下げ僕に背を向けた。
急いで彼女の背中を追った。
公園の出口の直ぐ側で、僕は彼女に話しかけた。
「君。なぜ。ここ」
霞がかった脳を必死に稼働させた。
彼女はまた驚いて、考えあぐねたあとこう言った。
「私。空腹。倒れた。ここ。ごめんなさい。帰る」
理解するのに少し時間はかかった。
けれど言いたいことはわかった。
言葉じゃなく、心だと思う。
ただにこやかにしていたら、彼女がまた背を向けてしまった。
「僕。一人。ここ。君。住む。ここ。どう?」
急いで話したから間違っているかもしれない。
幸い彼女の耳に届いたみたいで振り返ってくれた。
「本当。私。ここ。住む。ありがとう」
彼女は僕の言葉を受け取って返してくれた。
それだけで満ち足りた。
「僕。く、く、クロノ。君。なに」
「私。ない」
彼女は悲しそうに言った。
彼女には名前がないらしい。
「僕。君。名前。教える...あげる」
無ければ作ってしまえばいい。
悲しむ必要なんてない。
「本当。ありがとう。私。君。◯※△」
彼女の言葉は僕には少しむずかしいみたいだ。
「まって。僕。君。名前。かんがえる」
必死に名前を考えた。
僕がクロノ。彼女は...。
「し、し、シエル。僕。クロノ。君。シエル」
「シェル?」
「シ・エ・ル」
「シエル。私。シエル」
どうだろう。
気に入ってくれたみたいだ。
「シエル。私。シエル」
彼女が...シエルが確認するように何度も言う。
ふと彼女が笑った。
それだけで一生分の宝物をもらった気がした。
それからシエルと僕は一緒に過ごした。
一緒に寝て、一緒のご飯を食べて、一緒に遊んだ。
ただ。ただ楽しかった。
シエルはいろんな言葉を知っていた。
僕はいろんな遊びをシエルに教えた。
二人で笑って。二人で怒って。
シエルは見る見る綺麗になっていった。
髪も伸び、背も高くなり、手足も長くなっていた気がした。
そのたびに、古いシエルを憂い。新しいシエルを歓迎した。
僕もどんどん体が大きくなり、力も強くなった。
だから、僕がゴミ箱からご飯を持ってくる係になった。
その間シエルは僕たちの家を守っててくれた。
ある日シエルと僕が一緒にご飯を取りに行った時があった。
いつもの路地裏には、僕達の他にも居た。
僕とシエルがご飯を食べている間、他の奴らはシエルに見惚れていた。
食べることを忘れ、近づいてくる奴さえ居た。
それだけシエルは綺麗だった。
その事は、僕の誇りでもあったし悩みでもあった。
シエルと僕は不釣り合いかも。
シエルは僕のことどう思っている?
シエルは僕が必要?
シエルは、シエルは...。
でも、そんなぐちゃぐちゃもシエルの笑み一つで解され、流された。
最高の日々。最高の時間だった。
すべてが夢だった。
そう告げられても、永遠に思い出し元気をもらえるだろう。
そう思えた。
別れというものは突然だ。
神のまにまに、というべきだろうか。
ただ、神を僕は憎めない。
シエルと出会えたことも神のまにまにだから。
シエルはある日、血を吐いた。
苦しそうな顔をしていた。
それを境に、シエルはやせ細り見る影もなくなった。
呆気なかった。
僕は今、初めて目の前のシエルを見て怒った。
悲しんだ。
そしてこれ以上ないほどに愛おしんだ。
「僕。シエル。必要」
喉の奥から掠れたそよ風のような声だった。
「本当。ありがとう。私。クロノ。好き」
あの日聞こえなかった部分だ。
あの日からシエルは変わらなかったんだ。
「僕。シエル。好き。ずっと。ずっと」
「クロノ。私。嬉しい。君、の。唯一、な、こと」
「シエル。ありがとう。だから。生きて」
僕の願いだった。僕の決意だった。
きっと今が辛そうなだけ。
いつかは治る。
いくらでも縋れた。
いくらでも独り善がりができた。
「ごめん。クロノ。できない」
否定はできなかった。
シエルの言うことだから。
シエルが言っているから。
結局何もできない。
「ごめん。シエル。僕。できなかった。なにも」
精一杯の謝罪だった。
でも今からなら。これからならできる。
もし何か変えられたなら。もし僕が人間なら。
もし、もし、もし...。
「シエル。私。嬉しかった。シエル。私の。宝物。クロノ。笑って?」
僕は名前をあげただけだ。
シエルは何十倍も返してくれた。
僕は笑った。
望まれたから。
彼女も笑った。あの日と変わらない。
あの時間、あの空と変わらない。
目を細めて、口角を思いっきり上げて。
笑った。
きっと人間たちには何も会話は聞き取れないのだろう。
今はそれが心地よかった。
おいで。シエル。
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今日のニュースです。
○○県XX市の公園で、未成年の男女の遺体が見つかりました。
服装などから、近年見る家庭から捨てられた、残余児だと思われます。
少女の方は狂犬病だったと見られ、少年を襲ったのではないかと推測されます。
しかし、遺体は抱き合うようにして見つかっており、
夫婦などの関係があったと見られます。
この残余児とは、貧困などから親に山奥などに捨てられた人間のことを指し...。
if only=あのとき〜していれば。さえすればいいのに
Only(僕)のシエル目線、Only(私)を投稿しました!
ぜひよければそちらもご覧ください!




