おしまい冒険者
ここ、ファーノース辺境領の冒険者組合には、ある冒険者が所属している。
名を、シャット。職種は運搬人…戦闘職ではない、荷物運びである。
四十を過ぎて未だ下級冒険者だが、組合上層部や依頼人からの評判は高い。
期日まで確実に荷物を欠品なく届け、依頼未達成はこれまでなしである。
しかし、冒険者は魔獣や盗賊などと戦ってこそ華!と考える者も多く、
特に血気盛んな若手は彼を軽んじる者も数多くいた。
戦闘職なら一線を退いて指揮官や新人の指導員になるような年代で、
未だ現役で地味な運搬人を黙々とこなしているシャットを指さし、
「おしまい冒険者」と小馬鹿にした渾名をつけていた。
さて、表立っては陰口をたたいてはいないものの、下には見ていた男たち。
「猛き剣」の六人は辺境から中央へ向かう商人の護衛中、危機にあった。
合計で二十人を超える盗賊団と遭遇し、思うように逃げ切れず戦闘となり、
商人達はまだ無傷ながら、六人とも浅からぬ傷を負ってしまった。
「はっ、んな少人数でオレ達に勝てるかよ。積み荷と有り金、武器を寄こしな」
おそらく頭目であろう、禿頭の大男がにやにやしながら要求してくる。
どうあっても逃げられそうにない、商人達もあきらめかけた時、
「済まんが、道を開けてくれないか。荷運びの途中なんだ」
と場の雰囲気を無視した声がかけられた。
護衛の六人は、彼に見覚えがあった。内心、下に見ていたシャットである。
この状況を見て分からないのか、危機意識は働かないのか、と呆れていたが、
それは盗賊団も同じだったようで、
「なんだてめぇ、見てわかんねぇのか。絶賛強奪中なんだよオレ達ゃ。
ちょうどいいや、てめぇが背負ってるもんもここに置いてけや。金もな。
ありがたくもらってやっからよ、間抜け」
と、言われる始末。シャットの持つ武器らしいものは作業用の短剣ひとつ。
背中には大きな背負子を背負ったままで、機敏な動きができるとも思えない。
さすがにニブすぎるだろう、このおっさんは。
「そういう訳にはいかんのだ。荷物は確実に届けないと信用に関わるんでな。
なのであんたら、降伏して憲兵に自首するんなら許してやるぞ」
シャットは言い放つ。
この期に及んで自分の圧倒的不利が分かっていないのか?
シャット以外は全員そう思っただろう。大男も思わず、
「てめぇ、本気でバカか?面倒だ、ここで死んどけや!」
と武器を構えてシャットを取り囲もうとした。
そう。『武器を構えて』。
大男は無論、取り囲もうと動いた盗賊十人余りの足が止まった。
構えていたはずの武器がいつの間にかない。
「なっ?」
「危なっかしい武器は全部、オレがしまわせてもらった」
シャットは訳が分からないことを言っている。
「何言ってやがる?武器をどうしたと?」
「だから、あんたら盗賊の武器をオレが『しまった』んだよ。
オレはしまおうと思ったものなら大抵しまえるんだ」
説明を聞いたところで、この場にいた誰も理解ができなかった。
いや、理解を拒んだ。
「訳分かんねぇ…ええぃ、野郎ども!囲んで殴り殺せ!」
武器はないが大勢で殴ればなんとかなると、大男は子分達に指示を飛ばす。
しかし。
盗賊達が一瞬で姿を消した。
ただし、野太い悲鳴はそこかしこから聞こえている。
「あんたらがいた場所の地面をしまった。馬五頭分ぐらいは深いと思うぞ」
盗賊達全員がそれぞれ、結構深い穴の底で呻いていた。打撲で動けないだろう。
それでも大男は怒鳴る元気があったようだ。
「こっ…このやろぉ!戻せ!戻しやがれ!!」
シャットは緊張感皆無でこう返す。
「人を殺すと脅しておいて、要求できる立場じゃないだろう。
ああ、あんたらの有り金はオレの懐にしまっておいたぞ」
革袋をゆすってシャリンシャリンと音を鳴らすシャット。
「ふざけやがって!ここから出たら絶対てめぇ見つけてぶっ殺す!
荷馬車と一緒にいたそいつらもだ!」
シャットの纏う空気が変わった。
「そうか…では出られないようにしよう」
それまで口を空けていた盗賊団人数分の穴が一瞬で埋まった。
土を「返した」のだ。
辺りは静まった。盗賊達の呻きも消え、商人達も護衛達も声が出なかった。
シャットは傷ついた護衛達に向かって声をかける。
「キミら、確かファーノースの冒険者だよな。見覚えがある」
『はっ…はいっ!』
六人は思わずかしこまった。
「キミらの傷は『しまっといた』から。そちらも護衛の続き、頑張ってくれ」
見れば無数の切り傷や打撲痕が全て消えている。「しまわれた」らしい。
回復魔法でもこんな事はできない。
「こちらは先を急ぐんで、『距離をしまって』近道するよ。
後日またファーノースで会おう」
そしてシャットは姿を消した。
これ以降「猛き剣」はシャットに敬意を払う。
「おしまい冒険者」の名はもはや蔑称ではなかった。




