夜、オニオンスープに思いを馳せて
深夜のコンビニは、とても静かだ。
昼間のような慌ただしさもなく、
夕方のような少しの喧騒もない。
ただ、冷蔵ケースのモーター音と、
棚を照らす白い光だけが淡々と続いている。
私はスープの棚の前で立ち止まる。
なんとなく今日は、オニオンスープの気分だった。
理由は特にない。
ただ、寒い夜にはあの匂いが少しだけ安心する気がしたからだ。
棚を一段ずつ目で追う。
コーンスープ。
クラムチャウダー。
ミネストローネ。
オニオンスープは無かった。
売り切れなのか、そもそも置いていないのかは分からない。
けれど、その事実は妙にあっさりしていた。
ああ、無いのか。
それだけのことだ。
大きな出来事でもない。
店員さんに聞くほどでもないし、
別の店を探すほどの理由もない。
私は少しだけ棚の前に立ってから、
結局なにも取らずにその場を離れる。
今日の悲しみは、
オニオンスープがコンビニに無かったこと。
それだけだ。
店を出て歩きながら、ふと考える。
じゃあ今日の幸せは何だっただろう。
少しだけ考えてみる。
歩きながら、頭の中で一日を遡る。
朝起きて、仕事をして、帰ってきて、コンビニに寄った。
特に思い浮かばない。
今日の幸せは、特に無かった。
別にひどい一日だったわけじゃない。
怒られたわけでもないし、何かを失ったわけでもない。
ただ、何も無かった。
なのに、オニオンスープが無かったことだけは妙に記憶に残っている。
私はふと、変な考えに辿り着く。
もしかして、人は毎日ほんの少しの絶望を積み重ねて生きているんじゃないか。
大きな絶望じゃない。
そんなものは滅多に来ない。
代わりに、小さなものがある。
欲しかったものが売り切れていたとか。
楽しみにしていた動画が更新されていなかったとか。
ちょっとした言葉が引っかかったままだとか。
そういうものが、毎日ほんの少しずつ積み上がっていく。
けれど、同時に思う。
本当は逆なのかもしれない。
幸せより、絶望の方が心に残るだけなのかもしれない。
例えば今日だって、何も悪いことは起きていない。
寒い夜に外を歩いて、ちゃんと帰る場所があって、財布にはまだ少しお金が入っている。
それでも私は、
オニオンスープが無かったことを覚えている。
人間の記憶は、少しだけ意地が悪い。
良かったことより、足りなかったことを覚えている。
そんなことを考えながら歩いていると、
少しだけ可笑しくなる。
こんな風に考えたところで、幸せが増えるわけじゃない。
哲学みたいなことを思いついたところで、
明日コンビニにオニオンスープが並ぶ保証はどこにもない。
結局、人は同じような日々を過ごす。
小さな期待をして、
小さく外れて、
それでもまた次の日を始める。
家のドアの前で、私はポケットから鍵を取り出す。
もしかしたら明日は、オニオンスープがあるかもしれない。
そんな程度のことを、ほんの少しだけ考えながら。




