「白雪姫は蘇る」
二つ目の記録は、ある「不死」の物語について。
心臓を奪われ、身体を壊されても、彼女は美しく蘇り続けます。
少しホラー色の強い一編となりますが、お付き合いください。
何をやっても蘇る。それは、彼女にとっての呪いかはたまた福音か。
昔々、白雪姫という姫がいた。
雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪。
嫉妬深い王妃は、魔法の鏡に尋ねた。
「鏡よ、鏡よ。この世で最も美しいのは誰か」
「白雪姫です」
王妃は狩人に命じた。
「姫を森へ連れて行き、心臓を持ち帰れ」
森の奥、狩人が短剣を抜く。
「すまない」
刃が胸を貫いた。
血は流れない。ただ、白磁を叩き割るような音がした。
狩人は肉を裂き、乾いた塊を抉り出した。
姫は物言わぬ人形として、泥の上に倒れた。
王妃は、差し出された心臓を両手で包み込んだ。
「これで安心ね」
指先に残る脂を舐めとり、王妃は薄く笑みを浮かべた。
森の腐葉土の上。
姫がむくりと身を起こした。
姫の素肌は、白さを増した。血の色の唇が僅かにひらく。
「私は、蘇る……」
胸には、風が通り抜けるほどの空洞が口を開けている。
倒木に手をつき、一歩、踏み出す。
影に沿って足を動かし、狩人の去った道を辿った。
七人の小人が、森を歩いていた。
「誰だろう」
小人たちは姫を抱き、小屋へ連れ帰った。
白雪は、彼らのために家事をこなした。
掃除をし、料理を作り、ベッドを整える。
小人たちは、森を彷徨う不気味な老婆や物売りの噂を聞いていた。
「鍵をしっかりかけなさい。誰も家に入れてはいけないよ」
姫は静かに頷き、食器を動かす。
目は虚ろなまま。
胸の空洞には、何もない。
日は過ぎ、王妃は再び鏡に尋ねた。
「鏡よ、鏡よ。この世で最も美しいのは誰か」
「森に住む、白雪姫です」
王妃の笑みが凍りついた。
他人の手に委ねた不確実性を、激しく悔いる。
老婆の姿に身を変えて王妃は森へ行く。
美しい刺繍の施されたコルセット。
そして、一度身に着ければ、息が止まるまで締め付け続ける美しい呪い。
素敵でしょ?つけて見せて。
「はい。」
次第に白雪の体を締めていく。
はじめは首を傾げていた。
ミシミシと肋骨が潰れる音がする。
口から得体のしれない白いドロドロとした粘液が吐き出され、微細な泡とともに霧となり消えた。
最後に白雪はカッと、目を開き、王妃の顔を見ると、だらんと動かなくなった。
王妃は白雪と小人の家を後にした。
小人たちの慌てた声が聞こえる。
王妃は勝利を確信していた。
日は過ぎ、王妃は再び鏡に尋ねた。
「鏡よ、鏡よ。この世で最も美しいのは誰か」
「森に住む、白雪姫です」
王妃の笑みは再び消える。
別の老婆へ姿を変えた王妃の手には装飾の施された「櫛」がある。
素敵な櫛でしょ。髪を梳いてあげるわ。
「はい。」
櫛で梳くごとに、姫の髪の黒は輝きを増す。
この輝きが恨めしい。心揺さぶられ、魅入られていく。
櫛に仕込まれた毒を髪の方から吸い込んでいくようだった。
濁流となった川の流れのように、髪が櫛を飲み込んでゆく。
王妃は、その手にもう櫛を持っていなかった。
振り返った真っ白の姫の顔。
王妃は何か底知れに物を感じ、その場を後にした。
白雪姫の胸の中で、砕けた肋骨が集まり、再び形作る。
それは櫛だった。
王妃は地下室へ降りた。
大釜を火にかけ、毒を煮詰める。
執念を、怨嗟を、一滴残らず溶かし込む。
磨き上げた赤いリンゴを、その毒液に浸した。
半分は赤く、半分は白く。
自らの手で、確実に終わらせる。
王妃は、すべてを捧げ白雪姫を否定する。
王妃は老婆に変装し、森の小屋へ向かった。
老婆は赤いリンゴを差し出した。
「おいしいリンゴだよ、ひと口どうぞ」
姫は窓から手を伸ばし、毒の染みた果実を噛み砕いた。
すぐに倒れ込み、今度こそ息を止める。
夜、帰宅した小人たちは絶叫した。
冷たくなった姫を抱き起こし、紐を解き、髪を梳く。
水で洗っても、姫は動かない。
「ああ、愛しい姫様」
小人たちは三日三晩、泣き明かした。
土に埋めるのは忍びなく、透明なガラスの棺を作る。
金の文字で名前を刻み、山の上で見守り続けた。
森を通りかかった王子が、棺を見つけた。
「この姫を持ち帰りたい。よろしいですか」
「姫様なら、『はい。』と応えたと思います。」
小人たちは、王子に棺を託した。
不意に、棺が揺れる。
姫の口から、血の塊が吐き出された。
「けほっ」
揺れる棺の中で、姫はそっと左の胸に手を当てた。
甘美で、少し苦みを帯びた果実の感触が脈打ち、指先に伝わる。
空っぽだった胸が、満たされていた。
手足を伸ばし、胸を押しながら息を吸う。
目がぱちりと開き、ゆっくりと頭を上げた。
姫は王子の国へ嫁ぎ、幸せに暮らしたそうだ。
王妃は再び鏡に尋ねた。
「鏡よ、鏡よ。“この国で”最も美しいのは誰か」
「王妃様、あなたです」
鏡に映る王妃の口の端が僅かに上がる…
新たな生活、美しい国。共に歩む人。
王子は問いかける。
すべてあなたに捧げたい。
正午から四半時。姫は呟く。
「足りない。」
昔々、王妃となった姫がいた。
雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように黒い髪。
物理的にどれほど破壊しても「なかったこと」にされる恐怖。
彼女を満たしていたのは、王妃の執念だったのか、あるいは……。




