2-3 1人目
「狂人……狂人かぁ……」
ちょっとしり込みする僕だ。
そうと言うのも、この老婆が書いたリストの最初にはキール(注:狂人の類)と書かれているのだ。
僕も一時期、自分が狂人でないかと疑った時があるのだ……違ったけど。大人になる前はそういうことが不安になるものだ。僕もそうだったというだけ。
僕のそれは、少し経験があって、かつ他人に合わせる努力───つまり誰しもがするように───をすれば問題なく振る舞える程度のズレだ。ただ単純に、知識が足りなかっただけ。
本を読んでるだけじゃ、上手く回らないのだ。それを気づけたのは小学生の時だ。本当に良かった。まだ、幼いからギリギリ許された。
だからこそ狂人の類に僕は興味があったしよく調べている、と思う。
端的に言ってしまえば常軌を逸した人間のことであり、そう会いたいものではない。
「僕は僕に分からないものが嫌い……ってほどでもないけどやはり少し苦手だなぁ」
ぶつくさと独り言を言いながら、歩いていく。
「そう言うなって、僕。狂人って言ってもピエロみたいな愉快な人かもしれないだろ?理解できないって言ったっていろいろあるはずだ「ピエロ……ピエロは大分アウトだよ。いやピエロ自体が悪いわけじゃないんだけど、こう……僕は昔オズシリーズの小説が好きでね。そこに出てくる陶器のピエロって言うのがさ……」
なかなかたどり着かないうえ、少し不安が重なり、独り言も増えていく。
「全く僕は心配性だな。問題ないさ、いざとなれば僕が爆散させる「いやそういうことじゃなくない?まあいいか。全てを消してから、全てを綺麗さっぱり忘れれば、それはもう存在しないことと同じってね」
こう独り言を言い続けていると、少し安心してきた。
「おお、家の前だ」
鍵がついていないので、僕はそのまま無遠慮に開ける。
……ノックくらいはしたほうが良かったかもしれないね。
「やあ」
「誰?」
「あー、元老院から派遣されて来たスティーヴ・ヘイズだよ」
「なんの用?」
今のところは狂人に見えない。
「ええと。君強いんだろ?」
「そんなことは無い」
「ええ?この資料には最強のクルセイダーって書いてあ」
「大丈夫食事はダイニングに置いてあるよ」
その少年は顔を上げた。
僕じゃなく、隣の壁を見ている。
僕はそこでようやく今何が起こっているかに気づいた。
そうか……。僕と会話しているわけではなかったのか……そうか…。
聞かれてないのに話してしまって恥ずかしいとか思ってない。
彼が話している壁の向こうを見てみるが、誰もいないようだ。
なんというか結構直球の狂人が来たな。幻聴でも聞こえているんだろうか。
ここのリストに載っている人は攻略対象まではいかなくても、重要人物だと思っていたのだが違うのだろうか?乙女ゲームに出てくるような存在ではないというか、サスペンスの登場人物みたいな。
そもそも会話すらままならなさそうだ。
ゲームに出てくる狂人ってこう……もっと厨二っぽいって言うかそんな感じではないのか。
逆に乙女ゲームはそのあたりシビアなのだろうか。
僕にこのゲームを勧めてきた友人が好きなキャラクターはほどほどにイカれた厨二野郎だったと思うんだけどなぁ。それは乙女ゲームじゃなくて中華ゲーのRPGだったけど。上裸で徘徊してて柱ぶん投げてくるキャラらしい。何が好きなのって聞いたら筋肉って言ってた。
「もしもーし」
顔を覗き込む。
「ああ、うんそうだよ」
優しげに微笑みながら、隣の部屋に話しかけているようだ。
大丈夫だ僕。精力的な女オタの代表と呼ぶにふさわしい我が高校生時代の友人(なんせ格闘技世界3位だし。関係ない?そうだね)のおかげで文豪には明るいだろう……!そう言えばあの子今元気にしてんのかな。幼稚園の先生になりたいって言ってそういう大学に進学したことだけは知ってる。連絡取れないのがちょっと寂しい僕だ。
その関係で、いや僕が気になっただけだけど、ドグラ・マグラを始めとした狂人が主人公の作品もそれなりに読んで来たじゃないか。……久作くん可愛いよね。
読むだけじゃなんの経験にもならないってさっき考えたばっか?確かに。
心が折れそう。
「やあ、そこの少年。誰と話しているのか良ければ教えてもらえないだろうか?」
「ああ、妹だよ……」
ようやくこちらを向いた。
意外と普通だ。
「そうなんだ。その妹さんとの会話で僕が家に入ったことも気づかないくらいだ。愛してるんだね」
少年は顔を赤く染めた。
「愛してるだなんてそんな……レーナと僕はそんな関係じゃないよ」
レーナ?妹とは違う名前だろうか。
分かりかねる。
……辛い。何も分からないというのはこんなにも辛い。




