6回目は勘弁してください!
はい、目を開くと何も変わらず、年越しパーティーの会場にいた私です。
24時になる前でも死に戻ることは変わらないらしい。
はあ、正直かなりしんどい。
こんな立て続けじゃ病みますよ、もう。
私は5回も死んだ。でも5回目の死に際、誰かに手を握ってもらえて、泣いてもらえた。だからもう死にたくない。だってあの人は、また私が死ねば泣くのかもしれないから。
なんというか、不思議なくらいスッキリしている。まるで憑き物が落ちたみたいだ。
本末転倒かもしれないけれど、死に戻りはするのだから諦めずに死なない方法を探し続けよう。
私は目の前のマルセルを睨む。
もしやこいつが元凶ではあるまいな。だとしたらボコボコ程度では済まさない。
「なっ、なんだよ。い、今から何を言われるかわかってるってことかぁ? その生意気な顔をぐしゃぐしゃにしてやろうか!」
マルセルはそうすごんでくるが、これまでの死に戻りでマルセルより私の方が強いのを知っているので、何も怖くはなかった。横にいるシャロンは下手に刺激すると刺してくるから、彼女の方がよっぽど怖い。
「……まあいい。アマリリス・オルブライト伯爵令嬢。お前との婚約は破棄させてもらう!」
さて、何と答えようか。
相手にしてもしなくてもいい。
けれど、私は最悪な作戦を思いついてしまった。どうせ死ぬなら、マルセルも道連れにしてやろう、と。
そのためにはまず、時間を稼ぐ必要がある。
私は頭をフル回転させながら、儚げな表情を作って俯いた。
「……そんな。どうしてなの、マルセル様……」
私の紺色の髪は暗いとマルセルには不評だったが、真っ直ぐで癖がなく、俯いた拍子にいい感じにサラサラと揺れる。儚さ二割り増しだ。
「私が何かしてしまったでしょうか……。私はマルセル様に嫁ぐため、ずっと勉強をしてまいりましたのに」
肩を窄めて震わせる。私はシャロンのように肉感的ではないが、その分痩せている。こうすればそれなりに華奢で弱々しく見えるはずだ。
「ふん、今更殊勝な態度を取っても意味はないからな!」
マルセルは私に向けて鼻を鳴らす。
だが私の演技はマルセルに向けてではない。周囲に大勢いる貴族たちへのアピールだった。
「なんか……可哀想じゃない? 何もこんなところで婚約破棄なんて、見せしめみたい」
「そうだよな。婚約なんて本人の一存じゃどうにもならないのにさ」
「しかも愛人連れでやるとか正気か? 普通、婚約破棄されるのは男の方だろ」
そんな声がヒソヒソと聞こえてくる。
この婚約破棄を見せ物のように楽しんでいた彼らであっても、王家主催の年越しパーティーで私的なことで騒ぎを起こすマルセルが非常識なのはわかりきっている。
変な男が奇行をしたくらいでは大した娯楽にならない。
では何が娯楽になるのかといえば、私がマルセルに言い返したり引っ叩いたりと、派手にやり返す部分を楽しみにしていたわけである。
なので、ここでなんの非もない女性がさめざめと泣いてしまうと、見ている側も肩すかしになって面白くない。むしろ娯楽にしようとしていたのがバツが悪くなり、それを誤魔化すようにマルセルへの怒りがわいてくるというわけ。
これまでこういう態度を取らなかったのは私のプライドというか、自分が惨めに感じるからだったが、思っていた以上に周囲は同情してくれている。
けれど、私の目的はこういうことではない。
私は、よよよ、と涙を拭い、悲しみのあまりふらついたように数歩移動する。変な動きをしていると思われないよう少しずつ、シャンデリアの真下の範囲外に出た。
「マルセル様、私に非があるのなら、ここではっきりとおっしゃってくださいませ」
「それはお前が平凡でつまらないからだ。おまけに見た目は地味、さらに生意気で俺の言うことを聞かず──」
「え? よく聞こえませんでした」
ショックでよたついたふりで少しマルセルから離れ、聞こえないふりをすると、マルセルとシャロンは焦れたように私の方に数歩足を進める。
「だから、シャロンを見習えって言ってるんだ! このバカ女!」
「まあ、バカだなんてひどいです……」
よし、ここだ。
さっきまで自分が立っていた位置までマルセルたちを誘導し、足を止めた。
私は何度も死んだ際の痛みや恐怖を一生懸命思い出す。するとじわりと涙が盛り上がって、頬を伝った。
後はもうただの時間稼ぎだけ。
時計の針はカチカチと順調に時を刻んでいる。24時になると、マルセルとシャロンめがけて、あの巨大シャンデリアが落ちてくるのだ。
非常識な二人から言いがかりのような婚約破棄をされた可哀想な女性の目の前で、マルセルたちがシャンデリアに圧殺される。きっと周囲の人たちは天罰だと思ってくれるだろう。
これまでの運のなさからすれば、私も道連れになる可能性もあるけれど、その時はその時。また戻って死なないように立ち回ればいい。
私は唇に笑みが浮かびそうになり、手で顔を覆って泣いているふりで誤魔化した。
マルセルとシャロンは私を延々と責め立てながら、気持ちよく喋っている。周囲の観客もうんざり顔だ。
そして大時計はカチリと音を立てて、とうとう24時を迎えたのだった。
新年を迎え、大時計は賑やかなメロディを奏でる。誰も気付いていないが、シャンデリアがユラッと不自然な揺れをしていた。
シャンデリアが落ちて、マルセルたちは死ぬ。
別に私がこの手で殺すわけじゃない。誘導はしたけど、あそこに立ったのはマルセルたちの意思だし、せいぜい見殺しになる程度。シャンデリアが落ちることを知っているのは私一人だし、私の罪は誰も知らずに終わる。
けれど不意に、私は死に際に看取ってくれた優しい人の手の温もりを思い出していた。
あの人はこの近くにいるはず。マルセルやシャロンが死んでも、あの人は悲しむのかもしれない。
あとは、マルセルのご両親も悲しむだろう。マルセルの親とは思えないくらいまともな人たちだ。あれを甘やかしてしまったところは問題だけど。
シャロンのことは何も知らないけれど、彼女にも家族や友達がいて、シャロンが死んだら悲しむのかもしれない。
「っ……」
私は唇を噛み締める。
これは、罪悪感だ。
マルセルが言う通り、私は平凡でつまらない女だ。人前で見せしめのような婚約破棄なんてできないし、他人を躊躇なく刺すのも無理。
そして、嫌いな相手を見殺しにすることすらできない、愚かな女だった。
「モタモタしてるんじゃないわよっ! このバカどもがッ!」
私はシャンデリアが落ちてくることなど夢にも思っていないマルセルたちに駆け寄ると、渾身の力で二人に向かって回し蹴りをする。
バキャッといい音がして、マルセルとシャロンは吹っ飛び、シャンデリアが落下する範囲外に出た。
「……あーあ、やっちゃった」
シャンデリアを吊るしている金具が嫌な音を立てている。
急いで逃げればギリギリ間に合うだろうか。けれど、さっきの回し蹴りでヒールが折れていて、走るのは無理そうだ。
一際大きく、バツンと金具の千切れる音が聞こえた。
やっぱり今回もダメか。
諦めようとしたその瞬間。
「手を伸ばすんだ!」
そんな声に、私は反射的に手を伸ばしていた。




