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3回目

 私はパチッと目を開く。


 ああ、またここだ。年越しパーティーのきらびやかな光の下。大時計は23時50分を示し、私の目の前にはニヤついたマルセルと露出狂一歩手前のドレス姿のシャロンがいる。


「アマリリス・オルブライト伯爵令嬢。お前との婚約は破棄させてもらう!」


 また戻ってしまった。いや、生きているのはありがたいんだけど。

 というか私が一体何をしたというのだ。

 これまでの人生、決して悪いことはしてない。マルセルのアホに耐え、勉強漬けの日々を送り、ようやく解放されるという時に死んでしまうなんて。


 しかも、2回目はマルセルのせいだ。

 わざとではないにしろ、私を突き落として殺した。すごく痛かったのだ。

 絶対に許せない。


「おいおい、もしかしてショックで理解できないのかぁ? 婚・約・破・棄だって言ってるんだよっ!」


 マルセルは呆けた私に向かって酒臭い顔を近付け、ねちっこく区切りながら再度婚約破棄を告げた。


 気持ち悪い。ムカつく。なんで私がこんな目に。


「おいってば」


 マルセルの手が伸び、私に触れようとした瞬間、思わずその手を払っていた。


「私に触るな」


 そして返す手の拳を握り、マルセルの頬に向かい、思いっきり振り下ろす。

 バキッという音がして、拳にじぃんと痛みが遅れてやってきた。

 マルセルはカエルを叩きつけたような声を出して床にひっくり返っている。


「……クリーンヒット」


 煌びやかなパーティー会場が静まり返り、どこかの誰かが発した感心したような声が私の耳に届く。


「お、お前……俺を殴った、のか……」

「は? 何が? 貴方、私をこんな人前で愚弄しておいて、殴られないとでも思っていたの? 実におめでたい頭をしていること」


 私は床に尻餅をついたマルセルを見下ろした。頬を腫らし、情けなく口を開けているマルセルは、クシャッと顔を歪めた。


「お、俺を誰だと──」

「うるさい」


 イライラは頂点を迎えていた私はマルセルを蹴飛ばす。マルセルはヒイッと小さく声を上げ、背中を丸めた。


「ま、待って」

「黙れ」

「アマリ──」

「豚が口を開くな」


 マルセルが口を開こうとするたびに蹴飛ばしてやった。誰も私を止めようとしない。シャロンも震え上がって立ちすくんでいる。


「私に婚約破棄を告げてどうなると思っていたわけ? まさかやり返されないとでも? やり返されることすら考えられない無能は大人しくしていなさいよ。下半身にばかり血が巡ってるの? その空っぽの頭にも血を巡らせて、少しくらい使ってやったらどうなの!」


 キックするたびに私の口角が上がっていく。まさか私にこんな乱暴な一面があったなんて、思いもよらなかった。


 息がすっかり上がった頃、私はマルセルを蹴る足を止めた。


「いいこと? 婚約破棄は喜んでしてあげるわ。でも私やオルブライト家を舐めたことは絶対に許さな──」

「も、申し訳ありませぇんっ! アマリリス様ぁ!」

「……は?」


 マルセルは床に這いつくばったまま、私の靴に擦り寄って頬擦りをした。マルセルの瞳はうっとりと潤み、頬が紅潮している。

 思わず私の全身に鳥肌が立った。


「アマリリス様がこれほどのおみ足を隠されていたなんて……鞭なしでこんなにも気持ちよくなれるなんて初めてですぅ。もっと、もっとこの豚めを蹴飛ばしてくださいましぃ!」

「うわっ! 放して!」


 靴に口付けされそうになり、慌ててマルセルを蹴飛ばすと、マルセルは「ンブヒィッ!」と歓喜の声を上げた。

 まさかこいつ、ドMってこと!?

 気持ち悪さに頬が引き攣り、全身の血の気が引いていく。


「婚約破棄なんてしませぇん! 他の女とも全員関係を切りますぅ。全てアマリリス様の言う通りにいたしますからぁ、もっともっと蹴ってくださいませぇ」

「……キッショ」


 心の底からの言葉が出た。だというのにマルセルは侮蔑の視線ですら気持ちよくなって床でのたうち回っている。


「ちょ、ちょっと! アタシはどうなるのよっ!」


 すっかり蚊帳の外になっていたシャロンがマルセルに掴み掛かる。


「アタシの鞭が一番気持ちいいって言っていたじゃない! アタシを侯爵夫人にしてくれるって約束は!?」

「あー……お前はもういいや。アマリリス様の蹴りこそ至高だから。ああアマリリス様さいこぉ……」


 すっかり冷めた様子のマルセルにシャロンはギャアギャアと喚いている。

 もう付き合ってられない。馬鹿らしい。さっさと帰ろう。

 まもなく新年だ。今度こそ死なないようにしなければ。


 正面の大階段では二度も死んだ。気をつけてもダメだったから、別の出口から出よう。

 確か、広間の奥側に給仕が通る階段があったはずだ。あそこは大理石ではなくカーペット敷きの階段だから足を滑らせることもない。

 私はそう考え、そちらの方向に足を踏み出した。


「危ないっ!」


 誰かがそう叫んだ瞬間、私の背中にドンッという衝撃が走った。


「か、はっ……」

「アンタがいけないのよ! アンタさえいなければ……っ!」


 刺されたのだと腰の上部に走る痛みと火傷したような熱さから察した。

 体が動かず、その場に膝をつく。

 首だけを捻って背後を見ると、手を私の血で真っ赤に染め、琥珀色の瞳をギラギラさせながら薄笑いを浮かべるシャロンと目が合った。 


 そのまま私は倒れた。白い大理石の床に真っ赤な血がどんどん広がっていく。

 また、ダメみたい。


「しっかりしろ! すぐに医者がくるから!」


 誰かが私に寄り添い、励ますような声と、新年を迎え、大時計が奏でる音を聞きながら、私の意識は闇に飲み込まれた。


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